魔剣と魔王
――それは、剣だった。刃の部分が黒く塗られ、柄にはルビーのような装飾もある。
古ぼけてはいるけれど、剣に教養がない私でもわかるほど、美しい剣だった。
「……足を治すのは明日にしよう」
私が一日に癒せる数は、ひとりだけ。正確には、一つだけ。
そう、私の癒しの力は今まで試したすべてに、有効だった。だから、この剣も、きっと。
そして、転がった剣を、ぎゅっと握った時だった。
「!?」
私は、まだ何もしていない。癒しの力を使っていないはずなのに、剣が光った。
あまりにもまばゆい光に目を閉じる。そして……。
再び目を開けた時、そこにいたのは、剣ではなかった。
黒く、長い髪を下の方で一つに結び、ルビーのような赤い瞳をしている人が、立っていた。
「……綺麗」
その顔の美しさに、思わず息をのむ。マーカス殿下も美しさで有名だったけれど、それ以上だった。
その人は、私をじっと頭からつま先まで値踏みするような目で見つめた後、満足そうに頷いた。そして。恭しく腰を折った。
「身に余るお言葉を賜り恐悦至極に存じます、魔王様」
マ・オウ?
「違うわ。私の名前は、ティカリアよ」
そして、さっきの剣はどこにいったんだろう。
「はい、いいえ。俺の魔王様、あなたは愛らしい名をお持ちでいらっしゃるんですね。けれどあなたは、俺の――魔王だ」
「ええと……」
何を言っているのかしら、この人は・
「ああ、申し遅れました。俺は、魔剣ニルヴァーナ。ニルでもなんでも好きにお呼びください。今日から俺は、あなたのもの。魔王たるあなたを補佐し、魔国を共に導くのが、俺の役目です」
……魔剣。魔の、剣。
そして、魔国ときたら。幼いマーカス殿下の声が蘇る。
『聖剣は、僕たち人間のものでしょう? でも、魔剣は、魔物のものだ。魔剣を持つものが、次の魔国の王になるんだって。ほら、僕のご先祖様から代々伝わる、聖剣と、同じシステムだよ』
「でっでも、聖剣は人になったりしないわ。ええと、あなたはさっきの剣なのよね?」
私がうっかり大きな木から抜いてしまった、剣。
「はい、いいえ、俺の魔王様。聖剣は今は眠りについているのでしょうね」
正しき主に巡り合う日まで、そう付け加えられた言葉に驚く。
「正しき、主――」
今の王家は、正しくないの? でも、その疑問はニルヴァーナにかき消される。
「はい、俺の魔王様。まぁ、でも、それは些事です」
それよりも、俺の魔王様、俺の姿はどうですか? とニルヴァーナは私を見た。
「女の性は聖剣に取られてしまったので、対である俺は、男の姿しか取れませんが。あなたのお気に召すと良いのですが……」
「ええとあの……」
姿とかはどうでもいいというか、そもそも。
「私は、魔王じゃないわ」
そう、それが言いたかった。
「はい、いいえ、俺の魔王様。この木――選定の木から、俺を抜いたのは、あなたです。だから、あなたは今日から俺の魔王様です」
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