古びた剣
聖女の座を剥奪された私は、がたごとと馬車に揺られていた。
新たに聖女に選ばれた、アイラという少女のスペアになるのかと思っていたが、『稀代の聖女』にしては力が弱すぎると判断された私は、スペアにする価値もないと判断されたようだった。
――お払い箱になったのね。
ぼんやりと、外の景色を眺める。
私が生まれ育った、神殿の外に出たことは、あまりない。
私は、今後はただの平民として生きていかなければならないらしかった。
……神殿の外は、こんなに広いのね。
もちろん、神殿もそれなりの大きさを誇るのだけれど。
でもそれ以上に、外の世界は、広大で、どこまでも果てがない。その広さに、自由よりも恐怖を覚えた自分に苦笑する。
私は――……。
限られた世界でずっと生きていくのだと思っていた。でも、そうではなくなった。私は、自分の力で、自身を養っていかなければならない。そんなこと、できるのかしら?
手を見る。白魚のようなその指は、つまり、何もできないことの証左だった。
聖女として育てられた私の手は、水仕事も畑仕事も、針仕事さえ、知らない。
まぁ、でも。……なるようになるわ。
修行のおかげで、体力だけは自信があるもの。
がたごとと揺れる馬車は心地よく、眠りを誘う。私は、ゆっくりと眠りに落ちていった。
◇◇◇
『ティカ、ティカ知っている?』
『どうしたのですか、マーカス殿下』
かなり古びた絵本を抱えて、幼いマーカス殿下が笑っている。
『聖剣の対になる、魔剣があるんだって』
聖剣。かつてのこの国の王が、勇者として戦った時に振るった、というそれ。
『……では、勇者様は二人いらっしゃるということですか?』
『ううん、それが違うんだ。魔剣はね――』
◇◇◇
「ん……」
馬車が止まり、微睡から目を覚ます。懐かしい、夢を見ていた。
「……殿下」
好きだった。大好きだった。私に恋というものを教えてくれた人。でも。
『ティカリア』
あの侮蔑の籠った視線は、何度思い返しても、ずきりと胸が痛む。
マーカス殿下は、あの婚約破棄を言い出す直前まで私に優しかった。私は、確かに『稀代の聖女』として力不足だった。でも、いつもマーカス殿下は、君が努力しているのを知っている、君の民衆のための努力こそ、稀代の聖女に相応しい、と言ってくれていたのに。
一体、私は、いつから見限られていたのだろう。
それに気づかないほど、愚かだったなんて。
苦笑していると御者が馬車の扉を開けた。外に出ると、そこは――。
「……?」
ここ、どこかしら。
一面見渡すばかり、黒い木々しかない。
私は、平民として、王都外れの街で、暮らすはずだった。こんな森で暮らすとは、一言も聞いていない。
「ねぇ――……!?」
御者に話しかけようとした時だった。勢いよくばたん、と扉を閉めた後、御者は馬を走らせて、去っていった。
「ちょっと、待って。まだ、中に荷物が――」
急いで走って追いかける。それでも、馬の速度に人が追いつけるはずもなく――木の根に躓いて、転んでしまう。
「い、た……」
派手に擦りむいたわね……。
丁度、転んだ近くの木に取っ手のようなものがあったので、それを掴んで立ち上がる。
「……んん?」
癒しの力で傷を癒そう、とすると、その取っ手がするっと、外れた。
ガラン、と鈍い音を立てて転がったそれは。
「……剣?」
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