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婚約破棄

「ティカ」

 私の愛称を柔らかく呼んでくれる、その声が好きだった。『聖女』なんて大層なものになってしまった私を、ただの女の子でいさせてくれる唯一の人。


「ティカ、大好きだよ」

 そう囁いて、照れて赤くした頬も。

 いつも私を映してくれた、青の瞳も。


 全部、大好きだった。


 そして、今。

「──ティカリア。君との婚約を破棄し、聖女の座を剥奪する」

◇◇◇



 私こと、ティカリアは平民の子供として産まれた。

 私の父と母がどういった人なのか、私は、知らない。

 私は産まれてすぐに、神殿に引き取られた。その年、赤髪に金の瞳の〈稀代の聖女〉が産まれるという神託がおりていたのだ。


 その年に産まれた、赤髪に金の瞳の私だけだった。


 ──そして、私は、神殿で聖女になるべく育てられた。

 

 そんな私が10歳のとき、婚約者ができた。この国の第二王子であるその人の名を、マーカスという。

 


 どんな宝石よりも美しい青の瞳が、私を映し、微笑まれるだけで私の世界は色付いた。


『ティカ。ずっと一緒にいようね。僕たちなら、きっと素敵な家族になれると思うんだ』


 家族。私が真の意味で知らない、存在。

 私は、それがどれほどのものかわからないけれど。


 マーカス殿下が、そういうのならば、きっと素敵なものに違いなかった。


 私たちの婚約は、神殿側と折り合いが悪い王宮側との架け橋になるべく結ばれたものというものではあった。けれど、私たちはそんなことを差し置いて愛し合っていた。


 ──否、愛し合っていると信じていた。


「ティカリア」


 かつて、親しみを浮かべていたその瞳は、憎悪を湛えている。

「……」

 どうして、という言葉は声にならなかった。

 今日は私が正式に『聖女』として民衆の前に立つ日──のはずだった。


 けれど、周囲にいるのは、私とマーカス殿下、神官長、そして、赤髪の少女、だけだった。


「偽りの聖女は、いらない」


 マーカス殿下の言葉に、赤髪の少女が伏せていた瞼をあげる。


「!」


 ……は、と息を呑んだ。

 彼女も金色の瞳をしていたのだ。


「彼女の名前は、アイラ。アイラは、一度に数十人……いや、百人癒せるんだ」


 聖女だけがもつ、癒しの力。

 その力を私も持っていた。でも、その数は、一度に──ひとりだけ。


 神官長を見た。聖女に、なれない。それなら今まで修行と称して、やってきた過酷な状況下での訓練の意味は、なんだったというのか。


 神官長は私から目をそらすと、細く長い息を吐き出した。

「……君のように、力の弱い聖女を、『希代の聖女』として、民衆の前に立たせるわけにはいかない。だから、ティカリア」


 その続きを言ったのは、マーカス殿下だった。

「──ティカリア。君との婚約を破棄し、聖女の座を剥奪する」

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