In search of Sound ーミチコ姫と七人の男やもめー
−発端−
わずかな光が見えていた、二歳の時。
パパが、ボーダーコリーを連れてきた。
名前は「ジョン」
パパの好きな歌手だって。
居候の猫たちも、興味津々。
ジョンは猫たちとも、仲良しこよし。
目から光が奪われた、12歳のとき。
ジョンに彼女ができた。
「また仲間が増えたね」
パパは当然のように、「ヨーコ」と命名。
ある日、大型スーパーの駐車場。
ひとり車内で待つわたしを、たくさんの手が掴んだ。
さらわれる!?
そう思った。
−拉致−
「目が見えないんだね可哀想に」
そう言って手の戒めをほどかれた。
たぶん二階建て。上からドンドン音がする。
陽の当たる畳の部屋。
話してるのはお婆さんのよう。
開いている窓からタバコの臭い。外にも人がいるみたい。
話し声。男性のようででも、みんなお爺さんみたい。
砂利を踏む音。
木の軋む音。
ベンチがあるみたい。
「あんたは心配しなくていいよ。あたしら悪い人間じゃないから」
またお婆さんの声。
優しい声。
でも拐っといて悪くないって?
「奥さんは家に着いたのかな?」
もうひとりそばにいた、お爺さんの声。
わたしはポケットのお守りを、握りしめた。
−トトトツーツーツートトト−
「さて、そろそろ行こうかね」
立ち上がる気配。
続いてドアの音。
わたしはしばらく気配を伺い、お守りを出す。
短く三回。
伸ばして三回。
また短く三回。
犬笛を吹く。
「トトト・ツーツーツー・トトト」
S・O・Sのモールス信号。
「ほんとに人間の耳には、聴こえないんだな」
驚いた。お爺さんが居た。
「ほんとだね。これで犬が来るんだね?」
お婆さんも居た。
気配を消していた、この人たちって。
何者?
−企み−
わたしが犬を呼ぶことを、望んでるような口ぶり。
「一回では聞き逃してんじゃないかい?」
お婆さんの声。
「お腹空いたね。お嬢ちゃんも空いたろ?」
お爺さんの声。
「カレーが良いな。ミチコ姫が作るカレーは最高なんだ」
もうひとりのお爺さんが、わたしに向かって話しかけている。
「そんなことより、いったいいつまで誘拐犯でいるんだい?俺たち」
またまた別なお爺さんの声。
「この子の親御さんを、結果的には警察が守ってる形になってるからな」
また出た、何人目のお爺さんだ?
「とにかくそのワンちゃんが、キーマン・・・いや、キードッグなのさ」
もういや、また出た。新お爺さん出た。
「桜井さんが犬を呼ばせるために、この子を疑似誘拐したんだろ?」
わたしは微妙な声が、聞き分けられる。
「犬が来るまで待機だな」
七人目のお爺さん。
「カレーを作るかね?葵ちゃんは甘口かい?」
ミチコ姫と呼ばれたお婆さんの、優しい声。
カレーを作ることになり、盛り上がるお爺さんたち。
部屋の温度が上がる。
名前を知られている。
悪い人たちではなさそうだけど、ジョンとヨーコに何の用なのかしら?
それに聴こえる範囲に、いるのかな?
−夢−
いつの間にか眠っていた。
夢を見ていた。
ひとりでさ迷う、寂しくて怖い夢。
目が見えないわたしの、想像で創られた世界。
目が覚める。
意識が覚めると言うことだけど。
ひと部屋となりくらいの距離で、トントン音がする。
きっと朝食の準備。
お味噌汁の香り。
お爺さんたちはまだいない。
その気配はない。
と思ったら、
「おはよう」
「おはよう」
ドヤドヤ部屋に入ってくる、足音たち。
「静かにしなっ!葵ちゃんはまだ、お眠だよ!」
ミチコ姫の叱責。
黙りこむお爺さんたち。
朝の優しい時間。ほんわか。
その時、砂利を踏む音。
荒い呼吸。
「ジョンとヨーコだ」
わたしは飛び起きた。
−急襲−
犬笛のSOS。
届いた願い。
きっと一晩中、走り続けたに違いない。
「ジョンっ!ヨーコっ!」
砂利を踏む音の間隔が拡がる。
二匹が駆ける姿が見えるようだ。
開け放たれた窓から飛び込んでくるっ!
畳を引っ掻く音。
急ブレーキそして、威嚇するっ!
みんなが右往左往しているのがわかる。
「は、早く捕まえないかっ!」
ミチコ姫の悲鳴。
ヨーコはわたしに寄り添い、ジョンが低く唸る。
「待って。ジョン、ヨーコ」
わたしが声を掛けると、途端に鎮まるジョン&ヨーコ。
わたしは二匹から舐められる。
元気をもらう。
−逃亡−
携帯電話の鳴る音。
美智子姫の出る声。
「牛鬼蛇神組だって?」
「ぎゅうきだしんぐみ?」
初めて聞く名前。建設会社?
「表向きは建設会社。でも裏は暴力団さ」
お爺さんの説明。
「こっちに向かってるらしい。犬を追いかけてきたようだ」
美智子姫の言葉が終わらぬうちに、バイクの音が遠ざかる。
ジョンとヨーコを抱き締めるわたしに、
「その子達は悪くないさ」とミチコ姫。
「さてやつらが来る前に、逃げようかね」
お爺さんたちが頷く気配が、伝わってきた。
−爆破−
お爺さんたちが出ていく気配がした。
鉄の階段を上がる音。
各部屋のドアが開けられる音。
やがてみんなまた、部屋に戻ってきた。
「全部屋、完了」
お爺さんの声。
「ここも」
声のあと、シューっという音。
「それじゃあ逃げようかね」
ミチコ姫の落ち着いた声。
それっという掛け声。目の前に風が当たる。
畳のほのかな匂い。
「地下に降りる階段だよ。爺さんの肩につかまりなさい」
言われた通り前のお爺さんの肩に手を置く。
カビ臭い風が下から上がってくる。
一歩一歩ゆっくり下る。
後ろからお爺さんたちも来る気配。
鉄の扉が閉まる音。
「そろそろかね?」
ミチコ姫が言い終わらぬうちに、ドーンッ!と巨大な音。
揺れる地下道。
傍らにいたジョンとヨーコも、思わずわたしに身を寄せ、弱々しく鼻を鳴らす。
「さて出口だよ」
しばらく歩いて、ミチコ姫が言った。
階段はなくて、緩やかなスロープみたい。
森の匂いがした。
−真実−
遠くでけたたましいサイレンが聴こえる。
わたしはミチコ姫と手を繋いで歩く。
左にヨーコ。
前後を警戒するように、行ったり来たりのジョン。
「おっ、別荘についたぞ」
お爺さんの声。
「使われてない時期だけ、あたしらが使ってんだけどね」
ミチコ姫の笑い声。
花の匂いもする。
「あの・・・」
わたしは思いきって尋ねる。
「なんだい?」
お爺さんの優しい声。
「今の状況のことだろ?」
「わしらは桜井さんに頼まれたんだよ」
「葵ちゃんが巻き込まれないように、誘拐を装った」
「誘拐することで、桜井さんチにも警察が来て」
「結果、守られてる」
「犬たちを呼んだのは?」
わたしの疑問に、
「それも桜井さんの計画」とお爺さん。
「首輪につけられたUSBメモリー」
「そこに牛鬼蛇神組と」
「ある政治家の秘密が隠されている」
「お父さんが友達のフリーライターから、預かったんだ」
−追撃−
空気が冷えてくる。
「アキラは呼んだかい?」
ミチコ姫の声。
「一時間ほど前に呼んだよ」
ひとりのお爺さんの声。
アキラって?
冷えた空気。静寂。
夜が来た。
「もうつく頃だけど」
お爺さんが喋り終わる前に、ドーンッと衝撃音!
「牛鬼蛇神組のやつらだっ」
別なお爺さん。
「ダンプで突っ込んできやがったっ」
それで地震みたいに揺れたのか。
埃っぽい冷たい空気が、流れ込んでくる。
その時、
「アキラが来たゾッ」
「それっ!葵ちゃんを逃がすんだっ!」
わたしは身体を抱きかかえられ、鞍馬を跨ぐ感覚でおろされた。
「いいっ!足はステップ、ボクをしっかりつかんで。無駄に動かないことっ!」
「は、はいっ」
思わず返事を返すわたし。
ジョンとヨーコの声。
駆ける足音が、遠ざかる。
−Chicken Race−
「追っ手だっ」
アキラさんが舌打ちする。
「飛ばすよっ」
わたしはしがみつく。
きっとジョンとヨーコを追ってきた、オートバイ。
地面スレスレを滑空してるみたい。
潮の香りがしてきた。
海?
「行くよっ」
アキラさんが言うと同時に加速!
そして急ブレーキ!
すぐ横を一陣の風が行き過ぎる。
そして、ドボンッ!と派手な水の音。
「大丈夫?」
「はい」
「追っ手は海に沈んだわ」
髪の匂い。
アキラさんて女性なんだ。
ミチコ姫たちは大丈夫かしら?
「犬たちを探しに戻るよ」
アキラさんの声。
−執拗−
潮の薫りからだいぶ離れて、新緑の風のなか、背中に当たるお日様も、温度が上がり始めた。
暖かさとオートバイの心地よい揺れで、ともすれば眠くなるのをこらえ、犬笛をふく。
来るときは逃げていたから、気がつかなかったけれど、山道はうねうねとアップダウンが激しい。
ゆっくりと走行していたオートバイが、止まった。
ハァハァと、ジョンとヨーコの声が近づいてきた。
わたしは思わず手を伸ばす。
「奴らも来たわ」
アキラさんが舌打ちする。
−別離−
音が響いた。
トンネルの中だとわかる。
出るとすぐにオートバイが止まる。
わたしはすぐに、抱きかかえられて下ろされた足元には、枯れ葉の音。
すぐにジョンとヨーコの荒い息がそばに来た。
「ガソリンがないの。ふたりとも捕まるわけにはいかない。葵ちゃんはここに隠れていて」
アキラさんの覚悟の言葉。
「あいつらを巻いて必ず迎えに来るから」
「はい」
遠ざかるオートバイ。
響くエキゾーストサウンド。
トンネルのなかでブレーキ音。
叫び声。
スキール音。
静まる騒音。
やがて小鳥のさえずりが、始まった。
−回想−
ジョンになめられて目が覚めた。
眠っていた。ジョンとヨーコに挟まれて。だから寒くなかった。
パパとママはどうしてるだろ?
まだ目の見えるうちにと、いろんな映画や音楽や絵本も見た。
旅行にもあちこち連れていってもらった。
だから今、目が見えなくても、想像できる。
友達のフリーライターから、パパが預かったUSBメモリー。
その中には政治家と表向き建設業、裏では暴力団
「牛鬼蛇神組」
その裏取引の証拠。
わたしが誘拐されて、家には警察が来て、暴力団も手が出せずにいる。
わたしは、ミチコ姫たちに守られている。
はずだったけれど・・・。
メモリーを警察に渡せばいいのに、なぜこんな回りくどいことしてるのかしら?
「それはあたしらが『牛鬼蛇神組』を恐喝してるからさ」
心底驚いた!
ミチコ姫、いつの間にっ!
−駆け引き−
目が見えない分、耳と気配を察することが人並み以上に敏感だと思ってたのに、ミチコ姫以下七人のお爺さんは、まるで猫みたい。気がつけばそこにいる。
「葵ちゃんには、まだわからないだろうけど、何でもかんでも、警察に頼っていてはダメなんだよ」
優しい諭し。
「ああいう輩は同等の力を持つ相手と均衡を保とうとするのさ。だからこちらも強気でいかなきゃ」
よくはわからないけど、
「はい」そう答えた。
「じゃあ、アキラを取り戻しに行くよ」
「捕まったの?」
「アキラから聞いたかい?アキラの父ちゃんと葵ちゃんのお父さんは同級生で友達で、それでUSBメモリーがきたって訳だ」
「そうだったんですね」
「悪かったって謝ってたよ。でも許してあげてな。その父ちゃんはもう、この世にはいない」
−暁の作戦−
ガタゴト揺れる乗り物。
みんなの話だと、リヤカーって言うらしい。
「前薗ジィ、代わってくれ」
前の方からお爺さんの声。
「何言ってる!まだ百メートルも行っとらん」
前薗さんの素気ない返事。
荷台と呼ばれる板の上にわたしとミチコ姫と・・・。
「ジョンとヨーコは歩けよな」と引き手のお爺さん。
「お犬様だな」
そう言って笑い出すみんな。
「金のなる木だからね。あんたらより偉いのさ」
ミチコ姫の笑い声。
みんなが一斉にうなづく気配。
「さあ着いたよ」
「作戦開始だな」
わたしはリヤカーで聞かされた、作戦を実行する。
少し緊張。ジョンとヨーコを抱き締める。
「大丈夫。葵ちゃんを傷つけさせやしないよ」
心強いミチコ姫の声。
「はい」
朝のひんやりした空気が、身を引き締める。
−反撃−
ビニールハウスのなかは、朝のひんやりした空気を遮断していて、温かい。
ハウスの中央で、牛鬼蛇神組を待つ。
両脇にはジョンとヨーコ。
「周りにいるから心配ないよ」
そう言うと、ミチコ姫以下七人のお爺さんたちの気配が消える。
ジョンとヨーコが唸るのと、車が止まる音が同時。
ドアの開け閉めの音。
「一人二人、三人・・・」
立ち上がるジョンとヨーコ。
「桜井葵だね?」
低い空気を震わす男の声。
「はい」
震えてる。
「助けに来たよ」
無理に作った猫なで声。
「お前が帰らないと、邪魔物が消えないんだよ」
若い男の声。
「余計なこと喋んじゃねぇ!」
叱責の荒声。
「す、スンマヘン」
わたしが帰ると警察がいなくなり、家捜しがしやすくなる。
そう言うことだわ。
その時、
「一揆ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
お爺さんたちの、怒声。
ドタバタと取っ組み合いの暴れる空気。
「縛れっ、縛れっ!」
やがて鎮まると、
「さぁて、話し合いをしようじゃないか」
ミチコ姫の勝ち誇った、声音。
−新たな敵−
「拳銃を持ってる俺たちが、まさか鍬や鎌のジジイたちにヤられるとはな」
牛鬼蛇神組組長の、ため息混じりの声。
「まるで百姓一揆だ」
「一億円とメモリーの交換の約束だった。なのにあんたらは彼女を誘拐した。なにを企んでんだい?」
「オートバイのむすめだろ?あれは俺たちじゃない。唐獅子組だ」
「ほんとかい?」
「俺たちと唐獅子組は、田代の口利きで工事を請け負ってるんだ。だからあっちにもメモリー奪還を頼んだんだろ」
田代って人が政治家の?
わたしとジョンとヨーコは、ただ黙って成り行きを見守っていた。
そのとき!
下から突き上げるように、地面が揺れた。
「地震だっ」
やがて、横揺れになる。
−昔かたぎ−
数秒で揺れは収まった。
組長が、話し始める。
「この町では大きな会社だと言っても、小さな建築屋にしか過ぎない。うちや唐獅子組の傘下には、小さな工務店もたくさんいる。
そいつらの生活も面倒も見なきゃならん。談合は必要悪なんだよ」
「なるほどね。昔かたぎなんだね」
「やくざってのは本来、そういう人種よぉ」
「仕方ないね。アキラとメモリーと交換だよ。あんたの口利きで、唐獅子組と田代に取り引きを持ちかけてくれないかい?」
「そりゃ構わんが・・・」
「なんだい?」
「あの田代って議員には気を付けなよ」
「あぁ。今回あんたの命をとらないのは大きな貸しだからね」
「わかってる。義理と人情には厚いつもりだ」
−第三の刺客−
電話の声。
「今から唐獅子組の組長に会える。田代とは連絡がつかんそうだ」
「アキラは唐獅子組だね。そっちから始めようか」
立ち上がる音。
わたしが不安そうな顔をしていたのか、
「葵ちゃんはここで待ってなさいね。三人の爺さんを残しとくから。それよりも、ジョンとヨーコがいるから安心か」
そう言って笑う。
「神薗、中薗、楠薗は命にかえても葵ちゃんを守るんだよ」
「へいっ!」
三人三様の返事。
しばらくして、車の音が遠ざかる。
暖かくて眠りかけたとき、ジョンとヨーコが低く唸った。
「車だな」
たぶん神薗さんの声。
「ヤバめが来たぞ」
楠薗さんかな?
「拳銃持ってるゾッ!」
中薗さんの喋りが終わらぬうちに、乾いた音が響いた。
初めて聞く、拳銃の音だった。
−ジョン−
一斉に上がった花火のあとの匂いがする。
ジョンが興奮しているのがわかる。
「拳銃持ちはひとり。あとの三人は金属バット」
わたしの周りに人が集まる。
神薗さんの声。
「俺がひきつけるから、ふたりで拳銃持ちをやってくれ」
無言で頷く気配。
「あれあれ~。牛鬼蛇神組のやつら、肝心な女の子、おいてってるぜ」
チャラい男の声。
そうか牛鬼蛇神組をつけてきたのか。
「じゃあ行くぞ」
神薗さんが動き出すその前に、
「あっ、ジョンっ!」
中薗さんの声。
唸るジョン。
男の悲鳴。
「ざけんなよっ!」
乾いた音。
ジョンの甲高い悲鳴。
「どうしたのっ?ジョン!ジョンっ!」
わたしはお爺さんを掴む。
「ジョンが、撃たれた」
−鉄砲玉−
続けざまに三発。
倒れてのたうつ呻き声。
「やめてっ、やめてっ!もう撃たないでっ!!」
わたしは慟哭する。
「うるせぇ!こっちの二人を殺っといて」
裏返る声。
悲鳴に近い。
わたしは、二人に両脇を抱えられる。
「お爺さんは大丈夫?ジョン!ヨーコっ!」
足に何か当たりつまずき、倒れるわたし。
両脇の二人も思わず手を離す。
つまずいたそれは、
「ジョンっ」
お腹を触る。
濡れる。
血の匂い。
ヨーコの悲しい声。
次の瞬間、有無を言えないほど乱暴に捕まれ、車に放り投げられた。
走り出す。
ヨーコの吠える声が、遠ざかる。
−裏切り−
知らずに涙が溢れた。
ジョンが、お爺さんたちが・・・。
車が止まった。
人が近づく足音。
窓の下りるモーター音。
「よぉ鉄砲玉の諸君、ご苦労さん。んっ?ふたりか?」
馴れ馴れしい声。
「はい。二人は殺られました。スゲェ爺さんたちで」
「実はな、話が変わってきてよ」
話している間に車の周りを、五人の足音が囲む。
「もうメモリー返ってきたんだ。それでお前たち要らなくなった」
「それって?」
言葉が終わらぬうちに、一斉にドアが開けられ、運転席と、わたしの隣の人がいなくなった。
ひんやりした空気が流れ込む。
森の腐葉土の匂い。山の中?
怖いのと寒いのとで、身を縮める。
「今ふたりにシャブ中になってもらってる」
嬉しそうな声。
怖いセリフ。
わたしはどうなるの?
助けて、パパママ。
−お守り−
「つまりシャブ中毒が二人で、女の子を拉致して乱暴しようと山に入ったはいいが、ラリっていたために運転を過って、崖から転落って寸法さ」
もう声もでなかった。
「お嬢ちゃんの死体が見つかれば、誘拐事件は最悪の結末で終わり。その後、桜井夫婦は失意の中で心中自殺で
こっちとしては一件落着。もちろんそう見せかけて、殺してしまうんだがね。
冥土の土産に教えてやろう。今回の筋書きは、あんたの街の田代議員てやつだ。権力者ほど怖いやつらはいないってことさ」
話終わったのかそれとも、わたしの目が見えないからか、しばらく車中にひとりにされた。
わたしは犬笛を吹く。
パパがわたしにくれた、お守りを。
−気配−
数台の車が近づく。
数十人の足音が枯れ葉を踏む。
「組長」
さっきの男の声。
「牛鬼蛇神組組長も・・・」
呆気にとられてるようだ。
「話が変わった。桜井の娘は連れて帰る。桜井の方も万事口止め済みだ」
ビニールハウスのときの声。
「で、代わりにこいつを置いていく」
ドサッという音。
暴れるような、枯れ葉を掻き乱す音。
「田代・・・」
呻き声。
気配から、縛られているみたい。
くぐもった声。ガムテープ?
「こいつが勝手に鉄砲玉雇って、とんでもない相手に手を出しちまった」
「こいつを差し出さないと、俺たちのタマ(命)をとられる」
少し若い組長の声。
「その鉄砲玉の二人は俺たちでばらす。連れていけ」
引きずる音。
閉まるドア。
一台が走り去る。
「さあ桜井葵ちゃんは、おじさんたちと行こう。おうちに帰るんだよ」
わたしは思いきって尋ねた。
「あの、お爺さんたちは大丈夫ですか?アキラさんは?ジョンは?」
「爺さんもワンコも、オートバイの姉ちゃんも無事だよ。ミチコって婆さんの、知り合いの闇医者に連れてかれた」
わたしは少しホッとした。
「車にヨーコってワンコもいるよ」
思わず笑顔になる。
車に、手を引かれて乗り込む瞬間。
後ろで今まで感じなかった気配が、ポツポツと、蝋燭を灯すように現れた。
それは全部で五人。
ゆっくりと田代に、近づいていく。
おわり