プロローグ
休載した長編の、設定になる長編を筆休めで書き始めました。(第一章までは完結させます(大体6万字)
「まもなく作戦空域です」
オペレーターの声が、ブリッジに響いた。
「これより、デルタ分隊は、第3次転送作戦を開始する」
凛とした艦長の声が響き、ブリッジの総員が持ち場につく。
「作戦開始まで、620秒。推進システムカット。これより、慣性航行にて目標ポイントへ移動を行う」
「現在、宙域に本艦以外の艦影、機影なし。監視領域を確保」
「誘導波受信準備、良し」
「離脱用ブースターチェック入ります。チェック完了。これより930秒後に使用可能」
薄暗い艦橋に、乗務員たちの作戦に向けた最終チェックの声だけが響いている。
静まり返る中で、館長は、隣の初老の男性に声をかけた。
「副長、どう思う?第1次、第2次は、不思議なほど邪魔が入らなかった。奴らは、こちらの真意を把握していないと思うか?」
「いえ、艦長。おそらく相手は、こちらの意図を知ったうえで行動を止めなかっただけだと思います」
館長と呼ばれた女性は同意する。相手には、煮え湯を飲まされ続けて来ていた。きっと、今日、最も重要な作戦の時を狙って行動するつもりなのだろう。
「そう思っているか……私も同じ感想だ」
「映像来ます」
オペレーターの声が、ブリッジに響き、全員のサブモニターに、今向かっている世界の映像が表示された。
その瞬間、全員が同じように息をのんだ。黒い影のような靄が、その世界を包み込もうとしている。前回見たときよりも侵攻が進んでいるように見えた。可及的速やかに対処するべきだ。そのことを共有することができる映像だった。
それは、艦長と、副長も同じだった。この作戦の重要性を再度認識し、ぐっと、艦長の表情が引き締まる。
「転送システムチーム、12の様子はどうか?」
副長は、転送用システムのチェックと、その対象者のチェックを報告するように伝達する。それに対して、即座にチームが反応した。
「パーツⅠ人格領域 異常なし」
「パーツⅡ能力領域 異常なし」
「パーツⅢ記憶領域 異常なし」
その報告を聞き、艦長はほっと息を吐いた。本人が望んでいるにしても、ここまで不安定な存在に、事態を委ねる。その事に、十分な時間議論と精査を重ねてきたつもりだった。作戦の重要性と作戦に不確定要素を導入することに対する問題。それでも天秤を傾けたのは、その熱意だった。
「まずは、無事に降ろしてあげたい」
艦長の声が、ブリッジに聞こえた。それは、全員が思っていることだった。
「作戦予定ポイント到達まで残り150秒」
その声を待っていたかのようだった。いままで、静かだった宙域にまるで波紋のようなさざ波が生じ、それはだんだんと大きくなっていく。まるで、巨大な魚が深海から上がってくるように、宙域の境界面が盛り上がっていく。
「宙域に、異常発生!」
悲鳴のような声が、ブリッジにこだまし、緊張がその場を支配した。
「やはり、来たか……イプシロンチームとシグマチームは即座に分析作業。アルファチームは第一次出撃準備を継続、ブラボーチーム以下は出撃準備に入れ」
副長は、苦々しく唇をかみながらも、的確に指示を飛ばす。艦長は、その相手の様子。いや、その意図を、じっと注視し続けた。そんな中でも、船は作戦ポイントには進み続けている。決して、焦る必要はない。
「到達まで残り30秒」
「転送準備急いで。遅れは許されないわ。火器管制は全領域を防衛システムに。転送中に攻撃がある可能性が高い、操舵主頼りにしているわ。みんなで12を護っていきましょう」
その声に、皆が一つになっていく。
その先には、すでに臨戦態勢を整えているような、赤い艦艇が待ち構えていた。おそらく、砲塔はこちらを捉えているのだろう。そう思った瞬間だった。赤い光線が、艦の側面を通り過ぎた。
「目視が可能だけど、実態弾かしら?」
「いえ、光学兵装だと思われます。高エネルギーの光線砲のようです。本艦の防衛システムで、十分に防ぐことが可能かと」
オペレーターが、冷静に分析しているが、その額に汗が浮かんでいるのを見ると、決して簡単に防げるような攻撃などではないということは明らかなことだった。
「作戦開始まで、残り10秒」
すでに後戻りできない領域に入ったことが、オペレーターの口から告げられる。
「7、6」
カウントダウンが、続いている。そして、
「1.0!」
「誘導波に転送波乗りました。パーツ1転送開始。ライン形成。相互間即応転送システム構築。転送開始」
待ち望んだ一報がブリッジに聞こえた。艦長は、即座に状況を把握する。先の攻撃の性か、僅かに出力が低下している部分がある。一時的にこちらの演算能力をダウンさせるだけの力が、相手にはある。突きつけられたのはその事実だった。
「出力を安定させるために、領域を確保する。居住区の領域は、全て、転送と火器管制に回せ。急げ」
「火器管制より連絡。現在局所型防壁を展開。観測室からの指示求」
いつもより、まどろっこしい時間が過ぎる。
そんな中、パーツⅠの転送率がサブモニターに表示される。すでに転送率は、30%を超えている。70%を超えれば、パーツⅡの転送に移ることができる。そう判断し、艦長は、転送の監視を副長に任せ、目の前の敵に対応することにした。
「対象の動きは?」
「ええ、先ほどから、攻撃は仕掛けてきていますが、妨害する気があるんでしょうか?現在のところ、至近弾もありません」
艦長も、そこは少し不思議に感じているところだった。直接攻撃を当てるより、もし妨害を考えているのならば、爆風をともなう攻撃を行うはずだ。現に、以前相対してしたときには、様々な兵装の攻撃を受けて来ていた。しかし、今のところは相手にこちらを妨害する意図はないようだ。
ただ、大出力で、質量を伴うような光線であるため、近くの宙域に波が発生することがあった。それを防衛システムで受け止めていく。
『どういうつもりなのかしら?こちらの意図が読まれていなくて、玩ばれているというの?』
ただ、現在の状況はそのおかげで順調そのものだった。
「パーツⅠ、転送率70%超えました。続いてパーツⅡ、転送開始、パーツⅢ、転送準備に入ります」
一つの山は越えた。その時だった。今まで、当てる気がなかった相手が、いきなり攻め方を変えてきた。
「対象に、高熱源反応多数!」
「……!。バリア全方位最大展開」
瞬時の判断で最大化したバリアが、敵の砲撃を受け止める。このバリアは、その主目的を対象からの攻撃を減退せることを目的に敷設してある。それを攻撃を受け止める形で使用する。反復された言葉をオペレーターが言い終わるか否かの時だった。閃光と衝撃が、艦全体を覆った。
バリア敷設部の各口が悲鳴を上げ、いくつかは内部から捲りあがり剥離。その後は、まるで出血するように内部から炎が上がる。
「バリア消耗、減退率30%。」
「左舷補器に直撃弾!ダメージコントロール、……回路断線成功しました。左舷イエロー区画以降を放棄。グリーンブロックに移行。マニュアルに従い、概念隔壁を起動します」
「居住区被弾!回復不可能、物理隔壁起動します」
たった一撃だった。それで、相手との実力差を思い知らさせられた。
ただ、それでも、みなの顔に恐怖も絶望はない。それは、このことは、これまでのことで十分にわかっていたから。
「転送システムは無事です。パーツⅠ、転送完了、パーツⅡ、50%転送、パーツⅢ、転送準備完了」
その声に、皆は、勇気づけられたように、艦の残された力を集結させる。さっきまで、当てる気がなかったような相手からの攻撃は明確にこちらを撃破する意図を持った攻撃へと変化した。光弾が防壁に阻まれて、防壁を巻き込むように消失する。光線は、防壁に吸い込まれ、構造区画の一部を巻き込みながら、それを打ち砕く。反撃することもできないまま、少しずつ、傷ついていく艦を、ただ見ていることしかできなかった。
「転送システム、パーツⅠ、転送完了、パーツⅡ、70%転送、パーツⅢ、転送開始します」
「艦の損壊率30%を超えました。バリアの消耗、減退率75%……艦長、これ以上の攻撃を受けてしまっては、ブースターを使用することができません!!」
艦長は、その声を聴きながら、ふぅっと息を吐いた。
「皆、すまない、これがこの船の最後の航宙になる。我々は、ここにいた。そして、確かに目的を達しようとしている。だが、私に、諸君らをあの場所に帰すことができない。そういう意味で、私は、皆とその同胞を裏切ってしまった」
静まり返った。艦長の次の言葉を待っている。
「だが、まだできることは残っている。私に、最期の時まで皆の力を預けてほしい。あの世界を救う為に」
皆が当然だという表情を浮かべる。
「はい、いい演説だったよ」
そんな時だった。ブリッジに拍手が響いた。その根源を探すと、それは、天井に張り付いていた。それは、赤い人型としか、表現できない者だった。いったいいつ入り込んだのか?と、訝しむ面々を見て、それは、くっと肩をすくめた。シルエットとしては、女性に似ている。
「いつの間に入った?」
「いつの間にって、けっこう、最初のころに。当てる気はなかったけど、何もしないっていうわけにいかなかったからね」
その言葉に、艦長は、ようやく、合点がいく。最初から、こうする予定だったのだ。こいつは。
「転送システム パーツⅠ 転送完了 パーツⅡ 転送完了 パーツⅢ 転送率30%」
「はい、ストップ」
そいつが、指を鳴らしたのと同時に、不意に艦を衝撃が襲った。
「何が起こった?」
「転送システムに異常発生。ビーコンよりの誘導波消失……転送波……リンク解除……システム構築不能……そんな……」
そいつは、笑ったような気がした。
「大丈夫。あなたたちの希望はきちんと、大地を踏んでいるわ。でもね……」
「き、貴様は!!」
艦長が、そいつにつかみかかろうとした。しかし、それより早く、副長が、それに殴りかかる。そいつは、それを軽くいなす。勢いもそのままに副長は、天井にたたきつけられた。
「協力してあげたのに、全く危ないな……」
「この!!」
艦長はリボルバータイプの銃を抜き、引き金を引く。しかし、弾丸は発射されなかった。撃鉄が、虚しく音を立てている。
「骨とう品使っているけど、手入れは行き届いているね。いや、感心。まあ、なんで持っている意味も、もう分からないと思うけど、」
そいつは、手を叩き、本当に感心しているような表情を浮かべているようだった。
「なぜ?」
問いても答えは返っては来ないだろう。案の定、そいつは、天井から床に降りる。全員の悪意に満ちた視線をただ受け入れていた。そいつは、その視線も、向けられている銃も気にせずに、ゆっくりと艦橋の前方へ歩いていく。
「言っておくけど、あなたたちは、目的を達したんだよ。私も目的は同じ……になったの。でもね、」
目の前に、あの紅い艦がいた。
「今は、その目的にそれは、必要ないの。私の目的のために、使わせてもらうわ。あと、いつかまた会えればいいわね」
そいつが、現れたときと同じように不意に消える。
次の瞬間だった。紅い艦から、今まで見たこともないような巨大な光が発せられて、艦を包み込んだ。
光に包まれ消えた後には、何も残っていなかった。