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彼と彼女の現実

「学生御一人様ですね、学生証等はお持ちでしょうか?」

「…はい」

俺は予め用意してあったそれをポッケから取り出して真っ赤な口紅のお姉さんに差し出して自分がぴちぴちの17歳である事を証明する。

「承りました、ごゆっくりどうぞ…」

歓迎の言葉とは裏腹にその表情は訝しげだった。

それもそのはず、現在平日の昼真っ盛り。

同級生達は今ごろ教科書とにらめっこしているだろう。

ならばなぜ俺がここ『戦国時代展~サムライの故郷~with TOKYO』に来ているかというと当然、サボリである。

だが世間の目など気にしない。

だいたい休日など混んでて来る気にならない。

案の定、建物内は都心とは思えない程喧騒とは無縁だった。

男女比は若干女性多めか。

一昔前からゲーム、アニメの影響で客層が変わりはじめている。

歴女というらしいが俺が歴男れきおと呼ばれる日も近いかもしれない。

「やっぱノブ×ヤスじゃない?」

「それ実在するじゃん笑」

「………」

盛り上がるのはいいがもう少しボリュームを落としてほしい。

「うっわ刀じゃん、こっわーい」

「大丈夫、俺が守っから」

向こうではカップルがショーケースの前でいちゃついていた。

何故だ。せっかく日を選んできているのに何でこんなにも肩身が狭いのか?

そうですよ、一緒に来る友達もいませんよ。自由に回れて万歳だと言い聞かせていたのに。

学校をサボった罰なのか??

ええい、気にするな。俺はこの日を心待ちにしていたじゃないか。

全力で楽しまねば損というもの。

気持ち胸高く意気揚々と次の展示スペースへと向かう俺。

ふと正面の曲がり角が目にはいる。

あの裏で死角から刺客が俺の命を狙っているかもしれない。

硬派な歴男であるところの俺は日常からイメージトレーニングを欠かさない。

敵を欺く為、回りの迷惑にならない程度に足音を殺して素早く角を曲がる。

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

まさかほんとに人がいると思わなかった!?

しかしお互い驚いて後ずさるもののその場で踏みとどまり大事には至らなかった。

「って、紅坂…?」

「え…?」

曲がり角から現れた女をまじまじと見つめる。

ここまで異性の顔を見つめたことはついぞなかっただろう。

向こうも突然の事に動揺しているのか視線は重なって離れる事はなかった。

パッチリと見開かれた大きな瞳、まばたきするごとに長い睫毛がフワフワと揺れる。

栗色の頭髪は肩口で切り揃えてあり、癖なのか毛先はクルリと外側に跳ねていた。

その面影を俺は見たことがあった。

同じ学校、それも同じクラスの同級生。紅坂 美叉その人に違いなかった。

「え…と……、ごめん、誰だっけ?」

どうやら向こうは俺の事を覚えていないらしい。

「黒沃 大和だよ…同じクラスの…」

「え!?」

紅坂は驚いて口を押さえた後、首をひねる。この期に及んでも俺の事は思い出せないらしい。

しかし別にそれでもおかしくはないのだ。

俺はまともに学校に行っていないのだから。

なので別にショックなんてうけていない。

「…ごめんね、黒沃君!今覚えたから、もう忘れない!」

気にしなくていいのに紅坂は声高々に宣言した。

悪い奴では無さそうだ。

「しょうがないよ、授業はいつもオンラインだし」

「そっか、バーチャル勢なんだ」

昨今の事情を鑑みて教育現場はVRシステムを導入、今では学校に行かなくても自宅で授業を受けることができるのだ。

ちなみに目線は机の上固定なので姿が見えないからといって女子生徒のスカートを覗いたりはできない。

「そういえば今日は一人なのか?」

普段の彼女はクラスの中心的グループの一員であり、周りには男女問わず誰かしら人がいるのが当たり前だった。

「う……」

しかし今日は一人だけのもよう。それを指摘すると彼女は餅が喉につまったじいちゃんと同じような呻き声をあげた。

そしてそれを隣で見ていたばあちゃんにように突然俺の前で手を合わせると何やら懇願してくる。

「お願い、今日の事は皆には黙ってて!」

皆、とはクラスメイトの事だろうか。まあ遠く離れてはいないだろう。

そしてここに居ることを彼女は知られてはいけない事だと思っている、と。

「戦国好きは恥ずかしい事か?」

「ちっ違っ、……だって、こんなの私だけだし……」

紅坂は言い淀んでしまう。

ちょっと意地悪だったかもしれない。

「いいよ、黙ってる」

別に言いふらす理由も自信を持てとかいう資格もない。

ただたんに関わるのが面倒なだけ。

「ほんと?」

しかしそれでも彼女はその顔を雨上がりに差す太陽のように輝かせた。

彼女の笑顔から目をそらしたのはきっと罪悪感からだろう。

「じゃあ行こっか?」

「え?」

不意に服の裾を引っ張られる。

「せっかくだし、一緒に回ろうよ」

そう言ってまた笑う。

教室での彼女はよく笑っていた気がする。まるでその表情しか知らないかのように。

クラスのムードメーカー的存在だ。

そんな立場を強制されているんじゃないかと冷めた目で見ていたが、いざ自分に向けられると妙に胸が熱くなる。

自分自信の薄っぺらさになんだか悲しくなった。

「黒沃君は誰推し?私はやっぱり信長様かなー」

ガラス越しに古文書を覗きながらそんな事を聞いてくる。

推し、とはつまり誰が好きかという事だろう。

「俺は伊達 政宗公かな。東北という天下から離れた地に産まれながら当時の覇者達に恐れられ最後には副将軍とまで呼ばれた政治センス。

戦だけじゃなく常識はずれでありながら料理や香、筆絵に能など文化人としても一流だし、スペインへの使節団派遣なんかの新しい事への熱意、行動力もすばらしい。

なんといっても生涯がドラマチック。死の病に侵され父を殺し敵に囲まれ、夢を天下人に阻まれても、それでも彼は諦めなかった。そのバイタリティーは現代人も学ぶべき所があるはずだよ。何より眼帯って、独眼龍って、かっこよすぎるでしょ!」

はっ。

一通り語り尽くした後、俺は我に返った。

そして激しい後悔に打ちのめされた。

やっちまった、こんなマシンガントーク、引かれるに決まっている。

今まで話せる人なんていなかったから溜まりに溜まったものがつい関をきってでてしまった……。

「信長様だってバイタリティーなら負けてないよー、戦自体の勝率は武田信玄とかの方が高いけどなんといっても最初の天下人なんだから、戦国の主人公だよ」

あれ?いつから俺は女神と話していたんだろう?

ここに来る前転んだときに実は死んでいたのだろうか?

「黒沃君?聞いてる?」

「え?あっああ……でも信長の前にも三好とかいたよね」

「むっ、そんなこと言ったら政宗だって眼帯してなかったじゃん」

「いいの、俺の中ではしてたの」

「はぁ、史実と創作の区別はつけないと駄目だよねー」

あ?

このくそアマ、今言ってはいけないことを言いやがったな。

「これだから女は、ロマンってのがわかってないよ」

「はあー?何それ?」

「ひっ」

ガチで睨まれた、何故女というのはこうも突然表情を殺せるのか。

「ん?」

「…どしたの?」

「いや、怒った所は初めて見たなって……」

そういうと紅坂さんはきょとんとしたあと唐突に歩きだした。

「別に…私だって怒る事ぐらいあるし…」

そのまま先に進んでいってしまう。俺も慌ててついていった。

どうやらもう怒ってはいないようだった。

女心と秋の空というが経験値が殆どない俺にはさっぱりだ。

その後も会場を回りながら『天下人の中で誰が一番すごいか』や『信長は魔王だったのか』等の話をした。

時折言い争う事もあったけど好きだからこそ譲れない部分がある。

学校をサボるだけあって紅坂の知識量は中々のものだった。

当時の食事を再現した昼食を食べた。

思っていたよりも美味しかったがさすがに毎日だとポテチが恋しくなりそう。

最後に当時の服装に着替えて記念撮影をした。

「……どう?」

「っ…!」

別室から出てきた紅坂は艶やかな着物を纏っていてまるで別人のように見えた。

「変かな?」

「いや………綺麗だよ」

「…ふーん、まあ着物が可愛いしね」

「そうだな」

「……」

「痛っ、何すんだよ」

「別に、ほら、カメラマン来たよ」

急に殴られたと思ったらカメラに向かって笑顔を見せる紅坂。

もう考えるのはよそう。

彼女の表情筋テクは天才のそれだ。

「もう少し寄ってくださーい、それじゃ撮りまーす、はいチーズっ」

「何で部長面なのよ」

出来上がった写真を見ながら紅坂が苦情を寄せる。

「侍というのは妄りに笑わないんだよ」

「ふふっ、何それ」

笑いを堪えるように口に手を当て目を細める。

本当によく笑顔を見せる人だ。

彼女がいるだけで周囲に花が咲いたように明るくなる。ムードメーカーというのも頷けた。

その横で妙なしかめ面をしているのが俺だ。我ながらアベコベな写真だと思う。

きっと二度目はない。今日だけの奇跡の共演だ。

「今さらだけど、ツーショットでよかったのか?」

「え?んー…、いいんじゃない?別に」

そーですか。まあ彼女にとってはなんて事ない一日に過ぎないのだろう。

俺は写真を無造作にポッケにしまうと残りの展示へと歩き出す。

「そういえば信長様と政宗って大名だった時期はずれてるんだよね」

「そうだな、10年早ければ天下とってたのに」

「えー、流石にそれは無理でしょ」

「わかんないだろ、農民だった秀吉だってとれたんだから、誰にでもチャンスはある」

「黒沃君でも?」

「あるね、当然ある」

「そっかー、頑張れー」

全然本気にしてなさそうだった。俺もちょっぴりやけくそだったが。

「あと一応、信長付のお坊さんだった沢彦 宗恩と兄弟の契りを交わした快川 紹喜の弟子が政宗の師匠だったりするよ」

「へー、以外な繋がり。これだから歴史は面白い」

激しく同意である。

「なんかさ、そういうのって運命感じるよね」

「そーだな」

「私達も、そういう風になれるかな?」

「……どうかな」

時に時代のうねりは運命としか思えない程の相似点を見せる。

だが快川 紹喜を信長が焼き殺したようにそれは必ずしも良いものとは限らない。

会場を後にした俺達は別々の方向へと歩き出す。

同じ趣味という一点で交わった俺達の道は再びその袂を別つ。

「黒沃君!」

不意に呼び止められた俺は見えない力に引っ張られるように振り向いた。

「また学校でね!」

夕日に染まるビルを背に紅坂が手を振っていた。

その光景はアルバムに綴じておきたくなるほどこの日見たどの展示物より美しく感じた。

俺も軽く手を振り返す。

次の日、俺は風邪で学校を休んだ。

その後もまるで展示会での事が嘘だったように、結局、代わり映えのない日常を俺は過ごすのだった。

それから2週間程、時が流れた。

いつものように俺はVRワールドへダイブする為のヘッドギアを装着してベッドに横たわる。

手探りで電源を入れ暫くするとまぶたの裏にいくつかのウィンドウが表示された。

メッセージの窓に新着の文字、スッと手を伸ばし軽く触れると新たなページが開かれた。

どうやら相手は唯一の家族である姉からの物のようだ。

『今日は遅くなります。社会科見学頑張ってください』

簡素な文を読み終えてすぐに閉じた。

姉はどこかの研究室に所属しているようで家にいる事は殆ど無いが、たまに思い出したようにこうしてメッセージを送ってくるのだ。

『了解』

確認するかは知らないが一応、返事をかいた。

お互いに短文だが長い共同生活によって育まれた、無駄のない洗練されたコミュニケーションなのだ。

再び最初の画面に戻ってくると今度は右上のウィンドウに手を伸ばす。

しかしそれに触れる寸前、俺の手は止まってしまった。

そこには姉のメッセージにもあった社会科見学の文字。

仮想世界に当時の史料を元にした風景を再現し実際に体験してみようというカリキュラムである。

前回は第一次世界大戦の塹壕戦を見に行って体調を悪くした生徒がでてちょっと問題になった。

そして今回はなんと待ちに待った戦国時代なのである。

ただ一つだけ問題があった。

この社会科見学、行動はクラスごとに決められている。

つまり普段はリアルで授業を聞いている同級生が全員VRワールドにダイブしてくるのである。

当然、お互いに顔を合わせる事になるのだ。

普段学校に行ってない俺が集団に混ざったら「誰、あいつ?」「あんなのうちのクラスに居たっけ?てか臭くない?」とか言われるに決まってる。

というか戦国時代ならシュミレーションゲームで毎日行ってるし、わざわざ学校で行かなくてもいくない?


「また学校でね!」


いつか聞いたセリフが脳内に響いた。

いや、おかしい。

女に会うために学校へ行くなんて、そんなクソリア充みたいな思考回路が俺に備わっている筈がない。

そうだ、俺は戦国時代にいきたいんだ。

政宗公の正室、愛姫様に会いたいだけなんだ。

俺は気高い志を胸にウィンドウをタップした。

一瞬のラグの後、世界は唐突に暗く閉ざされる。

やがて流星がトンネルをつくりその向こう側に白い出口が見えた。

気がつくと俺は何もない荒野に立っていた。

周囲を見ると既に何人かのクラスメイトがたむろしている。

こうしている間にも青い光が次々と生徒を運んできていた。

誰も俺には気づかない。

皆、者珍しげに辺りを見渡して大した物もないと見るや知り合いの元へとよっていく。

どうやら俺が自意識過剰だったらしい。大丈夫、黙っていれば無いのと同じだ。

たまに思いだして頭を抱えたくなるがそれも後の祭りだろう。

しかしこうも気づかれないとは。俺には忍者の素質があるのかもしれない。にんにん。

「黒沃君!」

ドキリ。

突然名前を呼ばれて心臓が跳ねる。

どこかで聞いた声が脳内で反響する。

いやどこかも何も紅坂 美叉その人の声だ。

気づかないフリをして無造作に遠くを見る。

しかし後ろから足跡、真っ直ぐにこちらを目指している。

徐々に、確実にそのボリュームをあげると、やがて俺の真後ろで立ち止まった。

「黒沃君」

もう一度呼称される。

周囲でざわめきが生まれるのを感じる。

クラスの中心の一人である彼女が俺のような空気同然の男に声を掛ければこうなるのは目に見えていた。

だが事ここに至れば最早避けようがない。

するとクイクイッと制服の裾が引っ張られた。

俺は観念して後ろを振り向く。

そこには以前見た彼女そのままの笑顔。

そして右目には一本の矢が突き立っていた。



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