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問題の血盟の悪評

 先の戦闘で彼女たちが倒した猪を指差し、

「よろしい。それじゃ毛皮や牙を剝ぎ取って帰―――」

 不意に空気が張り詰める。林立した樹木の陰から殺気のこもった視線で射竦めて来るのは別の大猪ランドボア

 口々に動揺を漏らす少女たち。連日の戦闘を鑑みれば、今の彼女らには少々荷が重い。

「急いでこの場から離れなさい」

 進み出ながら腰に帯びた双剣を抜き放つ。魔力を解き放ち、大気と感応して風が巻き起こる。

『魔風』。魔法よりも更に原始的な魔力運用、擬魔法デミ・キャストの一種。

「え、でも―――」

「いいから早くっ」

 躊躇ためらうエルティシアに叱咤を飛ばすと、それを合図として大猪ランドボア吶喊とっかんして来た。

 咆哮で大気を震わせ、驀進ばくしんする蹄で激しく地を鳴らす。まさに猪突猛進。

 擬魔法デミ・キャスト地動震ガイアクラッシュ』。

 激しい地鳴りは直立を困難にし、迎撃態勢を取らせてくれない。故に、先手を取られたら回避を最優先。

「チッ 空気読みなさいよね、全く…」

 間の悪さに忌々しく顔をしかめて舌打ち。深紅の瞳で敵を見据える獣人の女性が構えた双剣の刀身に魔力を込めると、灼熱の炎が燃え盛った。

 陽炎揺らめく火柱めがけて鳴動の驀進が迫る。接敵の直前、脚に魔力を込めて足裏を張り付かせる微細な振動を物ともせずに跳躍。突進は空振りに終わり、同族の死体に激突。

しゃくり上げられた巨体が宙に舞い、地鳴りを轟かせて枯葉を舞い上げた。

 余勢で木の幹にぶち当たり、侘しい抹消を揺らしながらゆっくりと振り返る。

 そこへ火柱と化した双剣を交差させ、躍り掛かる刹那に斬閃を瞬かせた。

 爆炎が巻き起こり、一瞬にして黒煙が両者を包み込む。そして、大猪ランドボアが撥ね飛ばされ木の幹に激突。先程より大きな音を響かせ枯れ木からなけなしの朽ち葉をむしり取る。

 絶命した大猪ランドボアは雄々しい牙を砕かれ、顔の半分を爆炎に食われていた。

 獣臭と骨肉の焼け焦げた臭いが充満した。

「こうするのよ。分かったかしら?」

 遠巻きに見守っていた少女たちを呼び寄せ、手本とばかりに厚い胸板を張る。

 もっとも、ルヴィアの実力をもってすれば『地動震ガイアクラッシュ』。の震動など脅威の内に入らない。そのまま突っ込んで攻撃を加えることなど造作もない。

 だが、今は組合ギルドに見出された若き才能を育てて伸ばす指南役。

 彼女たちの手本となるのが仕事なのに、再現できない方策は取れない。

(もっとも、私が勝手にやってるんだけど……)

 見るべきところもない、冒険者学校の落ちこぼれ。

 そんな彼女たちが見ていられなくて、半ば強引に引率となり育成枠に仕立て上げた。

 だからこそ、しっかりと面倒を見なければ。ルヴィアは密かに燃える決意を新たにする。

 今度は油断なく接敵の気配の有無を確認。無事を確かめると、改めて剥ぎ取りの指示を出した。

 彼女たちは慣れた手つきで皮を剥ぎ、肉を割いて腑分けしていく。

手分けしてこなしそれが終わると、ようやく帰途に就く。三日ぶりの首都だった。

赤く染まる西の空には赫焉と燃え上がる夕日が地平の彼方に沈もうとしていた。

東に瞬く星々が夜の帳を連れて来て、赤らむ夕空に青紫のグラデーションを描き出す。

その道すがら、話題は今回の行軍の思い出話から十日後に控える大規模共同戦線に移行。

ルヴィアにとってその話題は悩みの種だった。

淡緑色の綿毛のような羽毛の雲鳥クラウドリッチの背に揺られながら、事前に見聞きした彼らの情報を反芻する。

『踏破するトラヴァース』。それが今回、自分たちと共同戦線を張って最も多くの時間を共に過ごす血盟クラン。それも、極悪非道の―――。

『テルテュス事件』で同業者は元より、神職者や魔術師、貴族や商人まで。見境なく多くを殺し、何百を超える人間を血の海に沈めて来た修羅。

血霧ブラッドヘイズ』のシャルディム。

怒りの雷を振りかざして数多の冒険者、血盟クランを潰し、五年前の大規模な綱紀粛正の際には『会戦』で抵抗勢力の指揮官を務め『協会』に最後まで抵抗した女傑。

黒雷くろいかづち』のユクアリア。

何人もの女をたらし込み、精鋭ぞろいのハーレムクランを作った。そして自身が竜級ドラゴンランクになり妖刀を手にすると用済みとばかりに全員を猟奇的に惨殺して自ら血盟クランを壊滅させた狂人。

銀麗ぎんれい』のクロア

敵対する者をことごとく鏖殺し、関わった者、所属した全てのパーティーを不幸の沼底に沈めた外道。

没黒ぼっこくの影』のコラキ。

 淫魔族サキュバスのかつての権能『蠱惑の香気フェロモン』をまき散らして淫蕩に耽り、背負った赤竜で血と炎にまみれた残虐を繰り返す魔女。

『火竜の魔女』パレンシア。

 合成獣キメラ製造の生体技術を使って成功例の少ない人造の魔眼を創出し、尚且つ竜を素体に生きた人形すら創造する才媛。

竜操りゅうそう』のネフィリアーシャ。

 幻獣である二羽の烏を従え、呪いを孕んだ不吉の風を巻き起こす少女。

くらき風』のレギナ。

 全員、竜級ドラゴンランク。在野最強の看板を引っ提げて様々な悪名を轟かせる冒険者の錚々(そうそう)たる顔ぶれである。

(まったく。なんだってこんな血盟クランができたのかしら……?)

 確か以前は『慈雨ラヴィングレイン』に所属していた。が、度重なる問題行動から追放を受け、その結果タガの外れた彼らは方々で更に大きな問題を起こして回っていた。

 しかし、そのいずれも短絡的で組合ギルドや『協会』への背信行為には当たらないとして見逃されてきた。

(まったく、大した処世術よね。悪徳冒険者のクセに)

 あれだけ悪逆の限りを尽くしておいて。感心とも呆れとも付かない溜息を零した。

「あの、聞いてますか先生?」

「え?」

 エルティシアに呼び止められて思考を中断すると、少女たちの視線が自分に集まっていることに気が付いた。

「ゴメンなさい、ちょっと考え事をしていて……」

 ルヴィアが決まり悪く苦笑を浮かべると、呼び止めた少女が呆れて溜息を零す。

「もう。今度の大規模作戦で合流する人たちのことですよ。確か、全員竜級ドラゴンなんですよね?」

 強いんですよね? 彼女たちの期待を込めた眼差しにルヴィアは居た堪れなくなった。

 正確には彼らに合流したメルティナが飛竜級ワイバーンランクだと説明しておいた。

「どんな人たちなんですか?」

「いやぁ、私も会ったことないから……」

 気まずくなって思わず顔を逸らす。

自分たちよりも遥かに強いのだから、さぞや立派な人たちなんだろう。そんな期待を彼女たちの輝く表情から察すると、否が応でも気が重くなった。

(くっ なんで私がこんなに気を揉まなきゃなんないのよ……っ)

 大体奴らのせい。降りかかる理不尽に怒りの炎をくすぶらせるルヴィア。

「それで。戻ったら彼らと合流するんですか?」

「ええっ! 本当にっ⁉」

 クリシスの疑問に驚きの声を上げるのはエルティシア。少女たちの期待値がグンと跳ね上がるのを肌で感じた。この流れはマズい―――!

 とにかく落ち着いて。手綱から片手を離し、期待に逸る彼女たちを身振りでなだめる。

「期待してくれてるところ悪いけど。顔合わせはまだ先よ」

『ええ~~~~?』

 それよりも、まずは自分たちの実力を引き上げる方が先決。その提案に全員が肩を落とした。

 顔合わせは作戦開始の直前。残念がるエルティシアたちを見ると胸が痛み、同時に『彼ら』への恨みが怨嗟えんさの炎となって燃え盛り胸の内を焦がす。

『踏破するトラヴァース』、マジで許すまじ。


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