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虫取り

 新たに加入したニフティへの自己紹介。

 まずは『踏破するトラヴァース』のリーダーであるシャルから。


「リーダーのシャルディム。シャルでいいよ、ニフティ」

「はあ……」


 疑問が拭えないといった表情を浮かべていた。場の仕切りをユクアリアに任せているから当然だろうと思う。


「あくまで名目上の、です。実際は――」

「ちっげーよ、バカ。名実ともに、僕がリーダーだ!」


 レギナの嘘に納得しかけるニフティ。怒りに尻尾を直立し、声を荒げてそれを阻止した。


「メルティナ、と申します。よろしくお願い致しますわ」

「うっ まぶしい……」

「はい?」


 優艶な微笑みを湛えて胸に手を当て、物腰柔らかく手を差し出す。晴れやかな笑顔と優雅な仕草に対し、眩しそうに手で顔を庇う。それを不思議そうに首を傾げるメルティナ。


「そういう卑屈は要らないですから。さっさと握手してください」


 重いですよ。その言葉に肩をびくりと震わせ、気落ちしながら握手を交わす。


「クロアです。あ、私に惚れないで下さいね。面倒ですから」

「???」


 頭に大量の疑問符を浮かべて首をひねるニフティ。気持ちは分かる。シャルは首肯した。


「パレンシアよ。フフッ 楽しくなりそうね♪」

「はあ………?」


 小指を唇に宛てがい妖艶に微笑む赤竜の魔女。真意を測りかねる様子の少女は、ただ困惑を浮かべることしかできない。


「それと、この子たちにもね♪」

「……………っ」


 撫でてあげて。二頭の赤竜が鎌首を伸ばして額を差し出し、ニフティがそれを恐る恐る指先で撫でる。


「ありがと。フフ♪」


 満足そうに喜色を深めると、赤竜を所定の位置まで引っ込めた。


「ネフィリアーシャリアーシャだ。今度試しに、バラさせてもらっても?」

「ヒィ……っ」


 純粋な興味から来るであろう悪辣な発言に、ニフティは青ざめて体を震わせる。

 そうして全員と握手を交わし合う。コラキ以外の全員と。


「あれ? さっきまでいた、あの暗殺者アサシンは?」

「ああ、『虫取り』に行ったのよ。あの根暗」

「童心に帰った人のことは無視して構いませんよ」


 リグナスが怪訝に目を細め辺りを見回す。そんな彼女に何でもない、と声をかけるのはレギナとパレンシア。

 ちなみに『虫取り』は隠語。この状況、誰がどこで聞き耳を立てているか分からないからこそ、予防措置として。


「よし。人数も揃ったことだし、屋敷に戻るとしよう」


 リザヴェルクでの逗留先にシャルたちが選んだのは、侍女が住み込みで働くちょっとした邸宅。値は少し張るが、家事全般の雑事に囚われず冒険や任務クエストに専心できるのはありがたい。


「その前に、お風呂よお風呂♪ やっぱりハダカの付き合いでしょ、ここは♪」


 淫魔族がそれを口にすると、性的な意味に聞こえるから質が悪い。


「それじゃあ、わたくしは仕事―――」

「まあまあまあまあ♪」

「えっと……っ」


 妖艶に笑うパレンシアがメルティナの背中を押し、嬉々として言葉を遮る。


「遠慮するなメルティナ。お前も我らの仲間なんだから」

「そうです。ここは付き合いの良さを見せるべきです」


 行くなら、全員で。ユクアリアの誘いにレギナが両拳を握ってフンスと鼻息を荒げて同意した。もっとも、


「コラキは居ないけどね」

「黙りなさい、クソガキ」

「放っておけばいいんですよ」


 シャルの発言はあえなく一蹴。

 女尊男卑。どうしてこう、女は群がると気を大きくしてしまうのか。

 内心ため息を吐きながら、仮面の下で奮闘しているであろう斥候役に同情した。



 リグナスとシェルフィア。『クリュサオル』の生き残りを監視する軽装鎧に身を包んでいた汎人のアルヴァロは舌打ちした。

『踏破するトラヴァース』に合流した二人を屋根越しに上から監視。彼女らに目立った動きはない。そこまでは良かった。


「クソッ やられた……っ」


 気付くのが遅れた――――!

 剣帯に差した双剣を抜き放った男は、舌打ちしながら全速力でその場から離れようとする。


「ちょっと、何? どういうこと?」


 長弓を背負ったハーフエルフの女性、ベネットは振り向いて困惑の色を浮かべた。

 問答に取られる時間がもどかしい。忌々しく顔をしかめる。


「気付かれたんだ、バレたんだっ 俺たちが監視してるってことに!」


 慎重に慎重を期して、十分に距離を取ったつもりだった。その筈なのに。

 ウソでしょ? 愕然としながら軒下の彼女たちを見返す射手を尻目に、アルヴァロは脱兎のごとく逃げ出した。

 彼女らが手にしたのは鬼札。最凶で、尚且つ最悪の。


(冗談じゃない、冗談じゃ―――)


 屋根を飛び跳ねた先に見たのは、見失ったはずの漆黒の仮面。

 速い、そして早過ぎる。足に魔力を込めて脚力を限界まで強化して、それでも尚、悠然と待ち構えられた。

 圧倒的過ぎる実力差に戦慄が脳髄に駆け上がり背筋が凍る。吐く息が白いのは、きっと初冬だからだけではないだろう。


「君らもしかして、『深緑の賢者グリーンワイズ』のメンバーなん?」


 目の前の暗殺者アサシンは疑問に腕を組み、顎に手を当て首を傾げる。

もしかすると、いけるかもしれない。閃いた妙案に一縷の望みを賭ける。


「我々は組合ギルドから二人の監視を命じられている。妄言を吐き、冒険者間に不和や疑心暗鬼を生じさせ混乱が起きるのを防ぐために」


 そう、犯行は周到で完璧だった。だからこそ、誰もが二人の発言を虚妄と見なし取り合わなかった。そこを衝く。


「下手くそやなぁ、嘘が。だったら一々抜剣せんでええやん。後ろ暗いことでもあるん?」

「しまっ―――」


 愕然として手元に視線を落とす。そして悟った。この動揺こそが狙いなのだ、と―――。


「確定やね。ほんなら、るしかないなあ」


 言葉に抑揚がない。これから行うことをただの作業と見なしている何よりの証拠。

 後ろの死角で長弓を引き絞る音が聞こえた。相手が油断している今なら。

 探索者シーカーの健脚術、『ゲイルステップ』。疾風の如く一瞬で間合いを詰める。

 抜刀はさせない。一気に――、


「がっ―――」


 延髄蹴り。一瞬の翻身で死角から蹴りを叩き込み頚椎破壊。

 死にゆく男が最期に見た光景。

 それは、一矢を放った射手が瞬間的に間合いを潰され、弓を蹴落とされ山刀ククリを抜刀する前に手刀で首を刎ね飛ばされた姿。



 堀の深い髭面を忍び装束の下に隠したグワシンは『隠形ステルス』で息を殺し、気配ごと身を隠しながら路地裏を駆け巡る。

 アルヴァロとベネットはいわば囮。最悪、本命である自分が生き残るための。


 万が一に備えた二重の監視網。二人が稼いだ時間を使い、一目散でアジトへと向かう。

 まずは本隊との合流が最優先。根城が近付いて来ても警戒を緩めず、油断なく神経を張り詰め慌てず急いだ。


(よし―――て。ア、レ――?)


 足に地面の感覚がない。気が付けば空が眼に飛び込んで来た。


「ぐはっ!」


 背中が地面に激突してからようやく気付く。投げ飛ばされた。


「行かさへんよ。君はここで行き止まりや」


 視線の先には漆黒の仮面が立ちふさがる。


「確か、『深緑の賢者グリーンワイズ』の紋章エンブレムって、杖と常盤色の帽子で当っとるやんな?」


 そう。それを掲げた屋敷が通りを隔てた向こうにある。確認のために質す相手の手先から漂う血の匂い。それで二人の絶命を悟った。だが、まだ望みはある。

 マスクをはぎ取り口笛を吹く。響き渡ったその瞬間、臓物を抉るような鋭い痛みが鳩尾を貫く。

 そのまま拳一つで身体を持ち上げられ、漆黒の仮面が降り立った屋根の上で抱えられながら救援に来た仲間たちを見下ろす。


 屋敷から出て来て自分の名前を口々に呼ぶ彼らは、気配を殺した屋上の暗殺者アサシンに気付かない。

 やられた。この光景こそ、相手が見たかったもの。自分は、ただ泳がされていただけ。

最早、言い逃れはできない―――。

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