闖入者
飲み終わった茶器を片付け、最後の一つをパレンシアが頬張っていると、
「言い忘れていましたが。今回の任務に当たっては、共同戦線として同伴して頂くパーティーが一つ……」
そのパーティーは竜級の率いる一党で、他の面子は全員魔獣級。
「育成枠、というわけか」
ユクアリアの言葉に首肯するメルティナ。育成枠とは言わば組合の予備軍で幹部候補生。将来の組合職員。
高い教養と実力を有する冒険者を組合が雇い、彼らは並みの冒険者では対処できない難事や軍との共同戦線を張る際に重用される。
そして今回、彼ら彼女らは変異種への人身御供。目の前で説明する彼女は一体、どこまで知っているのだろうか?
正義感の強い彼女が育成枠を撒き餌に変異種をおびき出す作戦だと知れば、即座に中止や作戦の変更を進言しそうなものだが。
(まさか、気づいてないんじゃないだろうな………?)
赤鬼の半面の下で訝しむ。だが、それならば普段通りの生真面目な態度も理解できる。
もしそうなら、迂闊な発言は面倒事を引き起こすだけから避けたい。
シャルは黙して彼女の真意を図るべく、観察を続けた。
「……それで、何か気になった点は何かありますでしょうか?」
ソファに腰を掛けると身を乗り出し、真剣な眼差しで尋ねるメルティナ。
正義感が強く生真面目な彼女の事だ。一刻も早く事件が解決して欲しいに違いない。
「共同戦線の際、他に被害が出たのは、同じく森竜の討伐を生業にしていた『クリュサオル』にも出たというのは本当か?」
「そう、ですが……?」
「全滅したとあるが、彼らは他の襲撃傾向と合致しない。何か別の思惑を感じる」
疑問に眉根を寄せて訝しむメルティナ。
『クリュサオル』。『深緑の賢者』との共同戦線で壊滅した総勢十五名からなる零細血盟。
総勢六十名以上の冒険者からなる『深緑の賢者』と競合する彼らは、全員が飛竜級以上の冒険者だけで構成されている。
規模も所属する冒険者の質も、二つの血盟は対照的だった。
これまで『紫紺の猛読竜』が襲っているのは、魔獣級を中心としたパーティー。抵抗の跡が殆ど見受けられない辺り、瞬殺できる相手だけを狙っている。それ故、死傷者が全員飛竜級というのは明らかにおかしい。
「それも当然よ」
ノックもせずに入って来たのは、柿色の忍び装束に身を包んだ女性。
黒髪から覗く白い差し毛の入った黒色の丸い獣耳と大きな尻尾が特徴的だった。
「あたしら『クリュサオル』は殺されたのよ。『深緑の賢者』の連中に」
怒りに顔を歪ませユクアリアを睨みつけるくノ一は剣呑な雰囲気を纏っていた。
すると、彼女は資料にあった生き残り、リグナスという名の忍者だろうか。シャルはそんなことを考えながら彼女を観察した。
「ちょっと、リグナスちゃん。いきなりそんな不躾な……」
困惑を浮かべ慌てた様子で入って来たのは、淡い蒼銀の髪をなびかせた女性。水色の結晶を中心に嵌める氷の結晶を模した装飾を施した杖を抱え、身に纏う白地に寒色の法衣の裾が揺れる。尖った耳は半森人の証。
くノ一がリグナスなら、魔術師然とした彼女は妖術師のシェルフィア。
「では、この錯乱していて供述は要領を得ないというのは――」
「捏造に決まってるじゃないっ だって、組合もグルなんだから!」
「なっ―――」
ユクアリアの質問に声を荒げるリグナス。明かされた衝撃の事実にメルティナは絶句する。
それから語り始めた。血盟壊滅の経緯を。
二週間前、『深緑の賢者』から仲間の死の究明と弔い合戦のために共同戦線を持ち掛けられ、『クリュサオル』はそれを快諾した。
普段は森竜の討伐で競合する好敵手だが、そこは同業者のよしみ。一度に多くの仲間の死を経験した彼らに『クリュサオル』は同情的だった。
そして、そこを付け込まれた。
他の血盟にも協力を仰いだ彼らは案内役として四人パーティーをそれぞれに分派した。襲撃するにしても、数で劣る彼らは分が悪い。そう思い完全に油断していた。
襲撃があったのは深夜。彼らは自ら振舞った夕食に睡眠薬を仕込み、犯行に及んだ。
忍者や暗殺者は訓練の過程で毒に耐性を付ける。それで効きが悪く、異変に気付いた彼女はシェルフィアを連れ脱兎のごとく逃げ出した。
そして遭遇した。『紫紺の猛毒竜』と。
絶体絶命の中、妖術師の氷結術式で足止めし、隠形で身を潜めて立ち去るまで必死に息を殺してやり過ごした。
そして皮肉にも、それによって変異種の存在が明らかとなり、事態を重く見た組合が腰を上げて今回の大規模討伐を指揮するに至った。
しかし、
「それだけでは組合がグル、という確証に乏しいのではないか?」
「襲撃の夜、奴らは言ったわ。このことは、組合にも了承済みだって」
「そんな筈ありませんわっ」
メルティナが頭を振り乱し、悲鳴のような声を上げる。優艶な微笑みを湛えていた顔も今は苦悶を浮かべ、伏せられた紺碧の双眸は儚く揺れていた。
「組合は、冒険者に対しては公平が絶対です。そんな、不正なんて――」
痛みに耐えるように胸元を押さえながら振り絞る訴えを、憤怒の形相で肩をつかんだリグナスが遮る。
「だったら。なんで、原因究明をしないのよ? アイツらを尋問したなんて、一度だって聞いてないっ!」
「ちゃんとやってまいすわっ そんなことより、痛っ――」
爪を立てて無理矢理言葉を切らせると力任せにソファごと引き倒す。メルティナ胸襟を力の限り締め上げながら、
「いいわよね、アンタは。この中でぬくぬくと仕事してれば、仲間が死ぬことなんてないんだもの。本当に、ふざ――」
そこまで言いかけて止まる。メルティナが悲しみに顔を歪ませ目尻に涙を一杯に溜めていた。
不意を突かれ言葉に詰まり、反射的に握り込んだ拳が緩まる。
「……っ わたくし、だって……っ」
震える喉から嗚咽を零すと決壊した涙が頬を流れた。
そう。彼女もまた、仲間の喪失を知っている。シャルたちと同じように。
「いい加減にしろ二人とも。これ以上、私を怒らせるな」
ソファに鎮座するユクアリアから、殺気を孕んだ魔力が周囲に迸る。その一部が黒い稲妻となって周囲を襲う。
シャルたち『踏破する者』の面々は咄嗟に魔力を展開したり飛び退いたり、赤竜で壁を作ったりで回避。無警戒だった三人は直撃を受け、その場にうずくまった。
「まったく。それで、用件は復讐の助力か? 報酬を弾んでもらうのは勿論のこと、変異種討伐で優位性が稼げないなら、受けるメリットは無いと思うが?」
胸を反らして傲然とリグナスを見下ろし、凍える視線で冷たく射貫く。
「も、もちろん。…報酬は、弾む……っ それと、……」
痺れの残る身体でリグナスは懸命に言葉を絞り出す。それからシェルフィアに呼びかけると、淡い蒼銀の髪の妖術師はぎこちない動きで懐に手を伸ばし、そこから取り出した物を震える手でテーブルに置いた。
それは、紫紺の鋼殻。『紫紺の猛毒竜』の物に違いなかった。
「ほう。提出した以外にも隠し持っていたか」
大したしたたかさだ。ユクアリアは感心しながら手に取り、クルクルと転回させながらつぶさに観察する。
「で、どうする?」
シャルの意向を尋ねる。『踏破する者』のリーダーはあくまでもシャルだから、その意思が尊重される。
「ま、いいんじゃない? 受けても」
金払いが良いなら特に問題はない。
しかし、メルティナがそれに待ったをかけた。