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任務依頼

 扉からノックが響くと、聞き心地のよい玲瓏な声音が入って来た。


「お待たせしました」


 琥珀色の長髪を結い上げた女性職員。優艶に微笑む端正な面差しと深い紺碧の瞳は忘れようがない。

 ただ、今日は清麗な純白の巫女装束ではなく、タイトスカートの制服姿。書類を束ねて抱えている様子から、事務仕事に駆り出されているのが容易に想像できた。


 それでも彼女の美貌がかげることはなく、むしろ清楚でしとやかな魅力が引き立てられている。


「やっほ~、メルティナ♪ 会いたかったわ♪」

「……はい。わたくしも、皆さんと会うのは楽しみにしていましたわ」


 嬉々としたパレンシアの挨拶にぎこちなく応じるメルティナ。

彼女は何かを察して優艶な微笑みを軋ませ、表情に暗い影を落とす。

 どうやら、薄れた血の匂いを嗅ぎ付けたようだ。

それに気付いたユクアリアが口を開く。


「ちょっと面倒なのに絡まれてな。火の粉を払ったまでの事だ」


 気にするな。肩をすくめて返し手をヒラヒラと振って、何でもないように穏やかな声音で言い聞かせた。

 釈然としない彼女は表情を翳らせながら視線をさまよわせて、


「……その、穏便には―――」

「無理です。礼節も尽くさず、諭せば悪態を付き、それをたしなめれば斬りかかってくるような、野蛮極まりない連中ですよ?」


 話し合いの余地など端から無いでしょうに。レギナが姿勢を正し決然とした態度を取ると、


「そう、ですわね………」


悲しげに目を伏せたメルティナは言葉少なに応じる。


「それよりメルティナ。似合ってるわね、その制服。さっきの子よりも着こなせてるわ♪」

「ありがとうございます。そう言ってもらえて、嬉しいですわ」


 屈託のない称賛に困惑と悲しみが滲んだ微笑みを浮かべた。


「で? 彼氏の感想は?」


 抱えたディシプルの肩越しからいたずらっぽい視線を投げかけてくるパレンシア。

殺した人間の事など欠片ほども歯牙にもかけない。


「……雰囲気が違って新鮮、かな?」


 見違えたよ。気恥ずかしさを赤鬼の半面の下に隠し、白銀の尻尾をくねらせ頬を掻きながら率直な感想を述べる。そういえば、そういう口裏の合わせ方をしていたのを思い出した。


「ありがとうございます。シャルにそう言って頂けて嬉しいですわ♪」


 口端を釣り上げるメルティナは表情の翳りが薄れ、浮かべる笑顔のぎこちなさが和らいだ。

 晴れやかな優艶な微笑みは目のやり場に困り、直視できない。


「よかったわね。彼氏冥利に尽きるってヤツじゃない?」

「五月蠅い黙れ」


 いたずらっぽく目を細め茶化してくるパレンシアに鬱陶しさを感じて反駁する。


「それで。その書類が今回の変異種イリーガル。討伐任務に関する書類かな?」


 これまで我関せず沈黙を貫いていたネフィリアーシャが組んだ脚に頬杖を突き、眼鏡の奥で好奇の色を浮かべ上目で覗き込む。


「どうして、それを……っ」


 知っているのか。知る由も無いはずの彼女の口ぶりにメルティナは驚きを隠せない。


「なぁに。簡単な話さ♪」


 上体を起こしてソファに預け、手の平を返しながら話し始めた。

 組合ギルドは特定の個人や血盟クランが不利益を被るのを防ぐ代わりに優遇もしない。つまり、今回の任務の依頼は複数に及んでいるのは想像に難くない。


 そして討伐任務の詳細を秘匿していたのは、受理を断られたくないから。

 勿体付ければそれだけ期待を膨らませ、嬉々として受けるだろうと予想しての事。

 断られたくない最大の理由、それは厄介な相手だから。


 単純な竜討伐なら、一々こんな回りくどい真似はしない。その事実一つだけで相対する敵が厄介である事が容易に想像できる。

 竜を屠る実力者をもってしても厄介な相手、それは亜竜種以上の変異種イリーガルにほかならない。


「まあ、間違っているなら訂正してくれて構わんさ」


 得意げな表情から、確信を得ているのがわかる。


「見てきたように言うんだね?」

「ありありと想像できてしまうからねぇ。ま、頭のデキがいいのさ♪」


 シャルの素直な称賛に気を良くして首を反らし声をあげて笑う。


「ネフィリアーシャリアーシャの言う通りですわ。敵は森竜フォレストドラゴン変異種イリーガル…」


 メルティナは身を屈めるとテーブルに資料を広げ始めた。


「お茶を淹れてきますわね」


 メルティナが席を外すと、ディシプルと戯れているパレンシアを除く全員がテーブルを囲んで資料を手に取り目を通していく。

 変異種イリーガル。通常個体より外れた個性を持ち、他と一線を画す実力を有し体格も頑丈精強に優れる場合が殆ど。


「『紫紺の猛毒竜ヴェノムパープル』、か……」


 外貌をスケッチした資料の一枚を見てユクアリアが呟く。

 慣習として変異種イリーガルには通常個体と区別するために固有名称が与えられる。

毒々しい紫紺の鋼殻と、通常よりも強力な毒を有する事からその名を付けられた。


 事の始まりはおよそ一カ月前。

『深緑の賢者グリーンワイズ』という血盟クラン森竜フォレストドラゴン討伐のため、シリンガ樹海に赴いた先でそれと遭遇した。

 本隊の支援を担っていた控えの部隊が襲撃にあったのが最初。


 その後、原因究明のために樹海をくまなく探索したところ、今度は第二部隊までやられた。

 弔い合戦のために複数の血盟クランと共同戦線を張って手広く捜索するも、他の血盟クランにも被害が出るだけで空振りに終わり、やむなく手を引いた。


 それが、一週間ほど前の話。

 今では神出鬼没な変異種イリーガルを警戒して誰も樹海に近づかない。

 書類に記された情報は数少ない生き残りから集めた。ただし、襲撃を受け混乱していた中での供述が大半なので、確度には少々疑問が残る。


 それでも紫紺の鋼殻に関しては皆が口を揃えているので、外見については確証がある。

窓を閉め切り、少し開いた扉の向こうから焼き菓子の芳しい香気が立ち込めてくる頃には、シャルも資料の精読を終えていた。


 メルティナの持った盆をテーブルに置くスペースを確保し、メルティナが慣れた手つきで一人一人に紅茶を淹れていく。コポコポと小気味よい水音と共に香ばしい湯気が鼻腔をくすぐる。


「どうでしょう? シャルのように淹れられた自信はないのですが……」


 頬を上気させはにかむメルティナ。優艶な微笑みを湛えた紺碧の瞳で覗き込む。

 シャルはソーサーを手にカップを口元に近づけ、まずは立ち昇る香気を堪能。

 芳醇な香りは夏摘みの茶葉。カップを軽く揺らしてみても沈殿物で水面が濁ることはなく、透明な緋色の液体が波に揺らめく。


 いよいよ取っ手を指先で摘まみ、紅茶を口の中へと流し込む。舌の中で転がすと、雑味のない優しい甘味を感じ、芳醇な香気が鼻先に抜けていく。それが味を更に引き立て瑞々しい甘さが口の中に広がった。最後に喉越しを味わうと、すっきりとした味わいが余韻に残る。


「うん。美味しいよ、メルティナの淹れたお茶」


 思わず口元がほころび歓喜に白銀の尻尾が軽く揺れた。

 その言葉にぱっと顔を輝かせて、


「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいですわ♪」


 ほんのりと頬を上気させ、優艶な笑みを浮かべた。余程嬉しかったらしい。

 続いて粗熱の残るクッキーを一口頬張る。サクサクとした歯応えが小気味よく、噛むほどに小麦の香ばしい香りが口の中で弾けた。それが砂糖の爽やかな甘味に相乗効果をもたらす。


 ホロホロと崩れたクッキーの破片を舌に浮かべながら、紅茶をそこに流し込んで口内で攪拌かくはん。異なる二つの甘味が渾然こんぜん一体となって口の中を満たした。

 香ばしさと芳しさの香りは互いを引き立てて食欲をそそった。


「うん、お菓子も美味しい。メルティナが作ったの?」

「はい。腕によりをかけて作りましたわ」


 相好を崩し嬉々として語る様子は見ていて微笑ましい。赤鬼の半面の下で目尻が下がった。


「ホント。ウマいわね、よくできてるわ♪」


 起き出したパレンシアがディシプルを脇に置き、クッキーを口に放ると頬に手を当てながら舌鼓を打つ。それから彼女は、背中から赤竜二頭を出すとクッキーを食べさせ頭を撫でる。

 それからは少しの間、ティータイムに耽った。


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