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聖夜の奇跡は白が似合う

作者: 綿柾澄香

もうすぐクリスマスということで、それっぽい作品を投稿してみました。


クリスマスの雰囲気、空気感を少しでも感じていただければ幸いです。

 今日の天気は曇りのち雨。夕方ごろから雨脚は徐々に強くなってくるでしょう。と、今日の朝の天気予報で、気象予報士は告げていた。


 12月24日。

 クリスマスイブ。けれども、私の住むこの地域はあまり雪の降る地域ではない。冬のシーズンに雪は三回降るかどうか。それも、大体は一月や二月の特に冷え込んだ日にしか降らない。私の記憶にある限り、この街のクリスマスに雪が降ったことはない。


 昼も過ぎて、空を見上げると、確かに重そうな灰色の雲がぎっしりと空を埋め尽くしている。雨は今にも降り出しそうだ。


「早く済ましちゃおっと」


 と、私は街へ出る。買い物を頼まれているのだ。

 クリスマスイブなだけあって、街中の空気は、やっぱりなんだかいつもよりも少し、軽やかな気がする。小人が往来しそうな空気感に包まれた華やかな街中。けれどもその中で、一人うずくまって泣いている女の子を見つけた。隣の家に住む五歳のマナちゃんだ。私はマナちゃんの肩に手を置く。


「どうしたの、マナちゃん」


 最初は驚いたように振り返ったものの、私だとわかって安心したのか、すぐにまた泣きながら、話し始めた。


「あのね、雪がないの」

「雪?」

「うん、雪。明日、雪だるまプレゼントしてあげるって約束したのに、雪が見つからないの。クリスマスには雪が降るって、絵本には書いてたのに……」


 そう言って、彼女は下を向く。なるほど、彼女は約束を守れそうになくて、泣いているのだ。彼女にこんな思いをさせてしまっている絵本作家には、そんな無責任なことは書かないでもらいたい、と抗議したい。なんでクリスマスに雪が降る、なんて書いてしまったのか。まあ、そのイメージを描きたい気持ちはわかるけれども。


「雪かぁ……」


 と、私は両腕を組む。

 正直、この街でクリスマスに雪が降ることは期待できないだろう。さて、どうしたものか……


「よう、亜梨紗(ありさ)


 と、思案していた私の背中にかけられた声に、私は驚いてしまう。振り返ると、そこにはクラスメイトの拓真(たくま)が立っていた。


「拓真、どうしたの?」

「ん、まあちょっと買い物に。それより、どうしたの、はこっちのセリフだろ。こんなところで泣いている女の子と一緒に何してるんだよ」


 そう訊ねる彼に、一通り説明する。なるほど、と少し考える仕草を見せた後、彼はマナちゃんと目の高さをあわせる。


「よし、それじゃあ雪を探しに行こう」


 と高らかに言い放った。

 そう、彼はそういう人間なのだ。困っている人を見つけたら、助ける。それが例え自らの力の及ばない範囲だったとしてもお構いなしに。人を助けるという行動に迷いがない。そんな彼は人間的にとても魅力的で、有り体に言えば、私は彼のことが好きだった。


 彼に手を取られてマナちゃんは立ち上がる。その手を、羨ましいとは思ったものの、幼稚園児を相手に嫉妬しても仕方がないな、と溜め息を吐く。


 それからしばらく三人で歩き回ったものの、当然雪なんて見つからない。見つける当てもない。一体どうすればいいのだろう、と拓真の顔を窺ってみると、しきりに空ばかりを見ているだけ。さすがの彼もお手上げか。


 もう、疲れてしまった。肉体的にもそうだし、精神的にも。マナちゃんが泣くのは私も見ていてつらい。


 頬に冷たいモノがぶつかる。


 ああ、今朝の天気予報で言っていた雨が降りだしたのか、と私は空を見上げる。そこには、黒く、重そうな雲から落ちる、まだらの白。


……白?


「これは、雪……?」


 そう。それは、違いなく雪だった。思わぬ光景に、目尻が熱くなる。けれども、頬に落ちた雪が解けて、顎の先へと流れていく。まるで、涙のように。おかげで、なんとか本物の涙は堪えることが出来た。


「どうして?」


 どうして雪が降ったのだろう。天気予報じゃ雨だって言っていたのに。


「別に、いいんじゃない? 今日はクリスマスイブなんだし、奇跡の一つくらい起こったって」


 と、拓真は笑う。その笑顔に、胸がいっぱいになる。クリスマスイブだから、と言われてしまっては、もう何も言い返せない。私は頷く。隣に立つマナちゃんは嬉しそうに何度も飛び跳ねている。


「実は、昼過ぎの天気予報じゃ雨が雪になってたんだよ。急に寒気が流れ込んできたとかなんとかって。亜梨紗はまだこの予報を見てなかったみたいだね。この街のクリスマスイブに雪が降るのは20年ぶりだってさ」


 と、彼はマナちゃんに聞こえないように、私の耳元でそう種明かしをした。彼は知っていたのだ。雪が降るのは時間の問題だと。だから、しきりに空を気にしていた。やっぱり、拓真は拓真だった。いつだって彼は、迷うことなく行動し、最良の結果を引き寄せる。拓真は、この奇跡が起こることをわかっていた。それならせめて、私には教えてくれてもよかったのに。


「ま、でもいっか」


 終わり良ければ、というやつだ。

 雪は止め処なく降り続く。私が生まれて初めて見る、クリスマスイブの雪。それは、本当に幻想的な光景だった。


 ああ、やっぱり。

 聖夜の奇跡は白が似合う。

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