異世界へ
新シリーズの開始です。
楽しんで頂ければ。
追記
アドバイスを受けて編集しました。冒頭の夢部分以外の大きな変更はありません。
表現の変更、誤字脱字の修正を行いました
小さなころのある晴れた日のことだった。
俺は寂れた小さな神社の境内にいた。
ただ一人そこに立っていた。
周りを見るとうるさいくらいに鳴いている虫の声。
昔からここには近付くな、とそう言われていた。でも今日俺は誘われるようにここにきた。
いや、実際に誘われたのだ。
「この先に進めば君は皆から望まれる世界の英雄になれる。さぁ、英雄になる時だよ。名倉奏司。」
具体的に何かはわからない。これがどんな存在なのかも分からない。
でも、俺はその意味の分からない存在の言葉を鵜呑みにした。
見えない…姿のそれが発する声のままに俺は…神社の中へと導かれるように入った。
「…」
何が起きたかは思い出せない。
でも出た時には大して時間は経っていないはずなのに…虫の鳴き声は消えていた。あれだけうるさかった虫たちが一切鳴かなくなったのだった。
まるで━━全て死んでしまったかのように。
それでもそんな静かな境内を俺は後にした。
そしてそれからだった。
俺が望まれない人間になったのは。
忌み嫌われる人間になったのは。
「ようこそ。君はここで真なる闇を打ち砕き、英雄となる。さぁ力を…」
謎の声が聞こえた気がして目が覚めた。
にしても分からない言葉だな…。気のせいか?
「何処だよ…ここ」
夢の中から帰ってくると知らない部屋で寝ていた。まさか病院か?とも思ったがこんなにも年齢の低い女の子が過ごすような可愛らしい病室もないだろうと思い直す。
「夢…か?いや、何だろう」
あの時倒れたのは何だったのだろうか。夢かとも考えたが違うな。
今はそうでもないがきっとあの立っていられないほどの体調不良はうそではなかった。
それを証明するかのように俺の腕は傷ついていて下手くそだがそれを隠すかのように包帯がまかれている。
「…つぅかなんだよこれ」
周りによく分からない動物のぬいぐるみが沢山置いてあるのが気になる。
それを退かしてベットから降りる。何か武器になりそうなものを探すが…やはりというか何も無かった。ぬいぐるみでもないよりはましだろうか。
こんなにも変な部屋だがもしかしたら超極悪人の部屋かもしれない。人は見かけによらないとも言う。
先ず現状を確認しないと。ここは何処で、あの後何があったのか。周囲を警戒しつつ慎重に歩き部屋にたった一つあるドアの扉をゆっくりと押し開ける。
その先には誰もいないらしい。
廊下に出た。どうやらこの部屋は無数にあるうちの一つの部屋らしい。一応人の気配はある。
廊下を進みその人の気配を感じるひとつの扉のドアノブに手をかける。
「…」
突然の出来事に言葉が出ない。目に飛び込むのは肌色一色。
「いやぁ!」
「あ、そのごめんなさい…」
再び目覚めた時にいたのは先程の部屋だった。あれから記憶が無い。気絶したのだろう。
そして目の前で謝る女。
とりあえず現状を確認をしよう。分からないことが多すぎる。
「ここは?」
「え?」
女は間の抜けた声を上げる。
「あ、私の部屋です」
なかなかメルヘンなお部屋だ。頭の中にお花畑でもあるのだろうか。ともすればそのお花畑には白馬に跨った騎士の一人や二人いるのかもしれない。が、この人に助けられたのは紛れもない事実だろう。
「助けてくださり、ありがとうございました」
礼を言ってから立ち去る。長居は無用だろう。それに不躾な事をした手前居辛い。あまり見えなかったがあの肌色一色。入浴後か前だったと推測できる。
「え、あの、ちょっと?!その傷で何処に行くつもりですか?」
「さぁ…適当に」
「とりあえず傷が治るまでここにいて下さい。そんな傷で出て死なれたら私は何のために助けたか分かりません」
「…ありがとうございます」
流石にそうまで言われれば断れない。好意に甘えよう。俺自身は大したことはないと思うが。好意を無駄にするわけにもいかない。
「あ、私はミオンって言います。貴方は?」
突如名乗った彼女。
それを聞いて俺も短く答えることにした。
「名倉」
「ナクラ?変な名前ですね」
クスクスと笑う彼女。そんなに聞きなれない名前なのだろうか。まぁ、他に同じ名前のヤツに出会ったことないのも確かだが。
それでもそこまで珍しいとも思えなかった。
「よろしく」
そう言ってミオンと名乗った少女は俺に手を差し出してきた。
「?」
その意図を理解できない。
何なのだろうかこの手の意味は。
「握手」
「ん、あぁ。すみません。不慣れなもので」
不満そうな顔で言われてから漸く気付く。
そうだったのか。俺からも握りなおした。
「はい。これで私とナクラは友達です」
そんなことを言われて思わず眉を顰めそうになった何とか抑えたが…。
…やはり頭にお花畑でもあるのだろう。
無性にイライラする。
こんな人初めて見る…。
「助けてもらった身で言うのも失礼ですけど、貴方初めて出会った奴に不用心過ぎはしませんか?」
きっとこの憤りはそれから来るもの。何故こいつは初めて出会った人間にこう接してあまつさえ部屋に置こうとするのか。
普通ならしないことだろう。
「ナクラは悪い人なのですか?」
俺がそう口にしたのを聞いて理由を説明するわけでもなく、きょとんとした表情でそう問いかけてくる少女。
「自分ではそうは思いませんが…」
答えた通り悪いことをした記憶なんてものは無い。かといっていいことをした記憶もあまりないが
「なら大丈夫ですね」
満面の笑みでそう言われる。
「…だ、だからそういう意味じゃなくて…」
調子が狂う。
言葉を返そうとしたが通じなさそうだった…。
だから、話を変えよう。
「家に帰りたいのですけど」
そうだ。俺はただ家に帰るだけだ。さっきは聞き流していたが何故家に帰るだけで死ぬかもしれないかのように言われたのだろう。そんなに危険な場所なんてなかったはずだが。
そもそもどうして俺はここにいる?普通に考えれば倒れていた俺を助けてくれたというところだろうが…。
「ナクラの家はどこ?」
いろいろ考えていると質問された。そうだな。俺はここの詳しい住所なんてものも分からないし現場からはかなり遠い場所かもしれないし、虫のいい話だがここは協力してもらおうか。
そう思い最寄り駅を説明するも
「どこ?そこ?」
なんて答えが返ってくるなんて想像もしていなかった。
「え?」
「そんな地名この辺りにはないよ。」
不思議そうな目でこちらを見てくるミオン。訳が分からない。俺はそんな知名度のないような場所に住んでいたのか?そんな自覚なんてないが
「ここはルドルシュ王国」
「ルドルシュ?」
それこそ聞いたことも見たこともない。
というか王国ってなんだ。
「そういえば、ナクラ見たことない顔してるね。あと服装も見たことないよ。もしかして他の国の人?」
俺からしたらあんたが他の国の人に見えるんだが…
「…少し街を案内して頂いても?」
考えたが結局そうしてもらおうと思った。それが一番手っ取り早い。こんなメルヘンな部屋にいつまでも居ても埒が明かない。何にせよ外に出てみなければ。
「いいよ。着いてきて」
脳天気なミオンと名乗った少女のあとに続く。大丈夫かこの女。
そう考えながらも彼女に続いて玄関らしき扉を出る。
と、そこに広がっていたのは
「━━━」
絶句した。何だこれ
「これがルドルシュの街だよ。やっぱり見た事ない?」
こんなもの見たことも聞いたこともない。
何処の僻地だ。
「勘弁してくれ…」
これはドッキリなのか?悪いが俺みたいなやつにしてもつまらないだけだぞ。
「どう?綺麗でしょ?この街」
満面の笑みを浮かべて聞いてくるが…。悪い夢を見ているらしい。
「…すみません。現実に理解が追いつきませんね。疲れてるみたいです。少し寝てもいいですか?」
だってそうだろう。疲れているに決まっている。道行く人々は人間ではないものが混ざっていたり、手から火を出していたり、それからあれが王城か…そんなものがはるか向こうに聳え立っていた。あれらの説明がつかない。
「いいけど、夕食には起こすね」
「…ありがとうございます」
ひどい夢だ。相当疲れていたらしいな俺は。たまには休まないといけない。この幻影の少女に礼を言って眠ることにしよう。夢の中で眠るというのは不思議な話ではあるが仕方ない。
起きれば醒めるはずだ。夢なのだから。
「はい。どうぞ。お口に合うかな?」
何だこの料理は。
カエルっぽい生物が丸焼きにされているのだが。合う合わない以前にそもそも果たして食えるのだろうか。
…夕食の少し前に一度起きて街をほんの少しだが案内してもらった。だが、どうやら俺が今いるここは夢の世界なんかじゃないらしい。
「ゲェコッ」
「…」
テーブルに乗せられた丸焼きのカエルが鳴いている。気味が悪い。
「これ生きてるんですか?」
流石にこんなものを生で食うのは勘弁願いたい。
「え、死んでるよ。この子は死んでも鳴くんだよね。」
…それを死んでいると言うのかどうかはまた分からないが、それでも対面に座る少女はとても美味しそうに食べている。
作ってもらったのだ。流石に食べない、というのは失礼だろう。手を伸ばす。
…が、人間こういう時は本当に行動出来ない。初めて見るものをそう簡単に受け入れられない。
が、いつまでもそうしている訳にもいかない。意を決して自分の皿にカエルを取る。
「ゲェコッ」
「…」
俺にはなかなかハードルが高いかもしれない。それに人間一生乗り越えられない壁の一つや二つあってもいい気がするのだが。
箸でカエルを摘む。
「ゲェコッ」
カエルのような何かが暴れだした。これ…絶対生きているだろ…。
思わず箸と一緒にそれを離してしまった。
落ちる二本の箸と一匹のカエル…。奇跡的に皿の上に戻ったそれを黙って見ることしかできない。
「…」
「あー、ナクラ違う違う。そうじゃないのもっと優しく摘んであげて。じゃないと何故か知らないけど暴れちゃうのよ」
見ると彼女のカエルは黙って食べられている。
非常に気味が悪いが真似をして摘んでみる。
そうすれば今度は動かなかったし泣きもしない。
恐る恐るそれを口に運ぶ。
「…美味しい」
中々美味い。意外といける。
口の中で暴れないか少し心配だったがそういうこともなかった。
「でしょ?ルドルシュの名物だよ。」
そう言えば朝から何も食べていないのを思い出した。
何でもいい。テーブルに乗っていた物に手を伸ばす。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
ミオンという少女の料理はなかなか美味かった。
カエル以外は特に暴れたりはしなった。
「その、朝は不躾な事をして、申し訳ありません」
だからこそとりあえず謝っておこう。悪いことをした。
「いや、いいよ。ごめんね私も」
逆に謝られた。そうだ。肝心なことを聞くのを忘れていた
「そういえば私は何処に倒れていたんですか?」
俺が今よくわからない場所にいるというのは分かったが、それだけだ。
「ご飯も食べたし今から案内してあげようか?」
迷惑だろうが、もう迷惑の一つや二つの上塗りなんてもの今更だろう。
「お願いします」
少女の背中に続く。その背中は鍛えてあるのか頼もしく見える。情けない話だが。
「ここだよ」
案内されたのは一つの細い路地
「散歩してたらそこでナクラが倒れてた」
何時怪我したのかは不明だが…地面は未だ少し血で濡れている。俺がここで倒れていたという話、嘘ではないのだろう。
まだまだ理解出来ないことは多いが一先ずは
「あ、そのありがとうございます」
「どういたしまして」
少女はやはり満面の笑を浮かべた。