012【スィレット】
012【スィレット】
それは1年を通して雪に包まれる、沈黙の街だ。
街道は全て真白に染まり、昼夜を示す電灯が佇んでいるのみで人の姿は滅多に見られない。そして最大の特徴は、完全な無音であることだろう。
足音も、動物の鳴き声も、人々の笑い声も、家から漏れでる僅かな生活音すら存在しない。
全ての家、施設、屋内は完全な防音となっており、中の音が漏れでることは無いのだ。二重扉になっているのは耐寒ではなく防音のためである。
そして冷たいその土地に、声を発する動物は存在しない。人々は外を出歩かず、出歩いたとしても物音一つ立てず、くしゃみ一つしないように気を張っている。
旅人でさえも、この決まりを破ることは許されない。
破ればどうなるか。
どうやら街中には至るところに音に反応する装置が設置されているらしく、すぐさま通報され、自警団がやって来て速やかに連行される。彼らの手際の良さと、終始一貫しての無音には雪など関係なく寒気を感じる。
現在では旅人対策として、街の入口で説明がされるようになったようだが。
また、どうしても生じる足音などの小さな音は不可抗力として流石に免除されるようだ。あまりいい顔はされないが。
これほど徹底した無音を街が貫くのには、この地に根付くとある伝承が由来である。「音を食う魔物」がいたというものだ。
それはこの白い土地には異質な、全身が真黒で影のような姿をしており非常に大きな人型をした何か、だそうだ。
全身を雪に塗れさせ白く擬態することもあるという。
そしてそれは人々、動物、自然の発生させる音を「食べ」無音にしてしまい、人々を困らせた。
音を食べ大きくなったそれは、成長した自分に必要な餌が増えたのかより大きな音、声を求めるようになった。
それはやがて、子供を攫うようになった。元気がよく、泣き虫で、大きな声で騒ぐ子供ほど魔物の餌として選ばれ攫われていき、どれも帰ってこなかった。
故にこの街では、魔物を育てないために無音を貫くようになった。
「静かにしないと音を食われるよ」と親が子に言い聞かせるのはここの常套句。
子供を戒めるための昔話なんだろう。それがこの街では強い力を持っているというだけの話だ。
ちなみに防音設備がしっかりとしている室内では逆に騒ぎ放題で、室内での住人はこちらが驚くくらい明るく、なにより声が大きい。反動なのかな。
町の中心にあるホールでは年に一度「大声選手権」がある。
景品は毎年決まって、街の特産であるという「声枯らし」という酒だ。アルコール度数が高く、一瓶空ければ一発で喉が焼けて枯れるという。景品であるこれは市販の声枯らしよりも上級らしい。
大声の持ち主に対してこの仕打ち。
飲んでみたいが、この街の者と張り合えそうにはないな……。