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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜と君と、脅迫者な僕。

作者: 稲本ましろ


 僕には好きな子がいる。


 去年、入学式の次の日に下駄箱の前で僕の髪に落ちた桜の花びらを取ってくれた女の子。


『綺麗だから、わざとつけてるのかと思った』


 そんなわけがないけど、僕は何となく違うと言えず、『ありがとう』とだけ言った。その声は少し震えていて、自分でも驚いた。


『どういたしまして』


 そう言って、ふわりと笑った彼女を見た瞬間、僕は恋に落ちていた。



 それから、僕は彼女だけを見ていた。


 だから、彼女がうちの高校の数学教師と付き合っていることにも気付いてしまった。


 あの変態教師め!と、腹を立てたけど、いつしか、僕の怒りは彼女に向けられていた。


 僕がこんなに君を好きなのに、君は気付いてもくれない。あの教師のことばかり見ている。


 ・・・許せない。


 こんな風に思う僕はおかしいのだろう。それは、頭のどこかでは分かっていたことだけど、それでも、止められなかった。



「バラされたくなかったら、俺の言う通りにしろ」


 彼女と変態教師がキスしている画像を見せながら、彼女を脅した。


 彼女は青ざめながらも、目だけは真っ赤にして、『分かった』と、掠れる声で言った。


 脅しておいて、そんなにあの教師が好きなのか・・・と、思い知らされたような気がして、僕は傷ついた。そんな資格もないのに。



 次の日、僕は彼女を無理矢理ホテルに連れ込んだ。


 初めて入るくせに、慣れた風を装った。


 変態教師とは来ないのかと聞くと、彼女は真っ赤な顔をして、首を振った。それだけで僕の気持ちは高揚したけれど、続く、『いつもは先生の家に・・・』の言葉を聞いて、僕の心は呆気なく、バラバラになった。


 部屋に入ったものの、ドアの前から動こうとしない彼女に最初の命令をした。


「お前から、俺にキスしろ」


 その時の彼女のこの世の終わり・・・とでも言うような表情には、傷つくを通り越して、笑ってしまいたくなるくらいだった。


 僕は舌打ちをしてから、彼女の手を引っ張って、ベッドの側に立たせた。


「やっぱ、キスはいいから、脱げよ」


 僕は画像を保存してあるスマホを見せながら、次の命令をした。


 彼女は嗚咽を漏らしながら、屈辱に震えながら、一枚、また一枚と服を脱いでいった。


 下着姿の彼女は僕が想像していたよりも、ずっと、ずっと、綺麗で、くらくらするくらい綺麗で、僕は触れたくて堪らなくなった。いや、体はそれ以上のことを望んでいた。


 でも、彼女があんまり泣くから。


 『萎えた』とだけ言うと、僕は彼女を置き去りにして、一人、ホテルから出て行った。


 ・・・結局、僕は何がしたいのだろう?



 それから、僕は彼女を何時でも何処でも呼び付けるようになった。

 僕は顔だけはいいから、ろくに知りもしない女が寄ってくる。

 彼女には『女避け』として、『仕方なく』側に置いているだけだと言った。

 もちろん、それは表向きの理由で、本当はただ一緒にいたかっただけだ。

 変態教師と会えないようにしたかっただけだ。



 『脅す側』と『脅される側』・・・その関係が変わることなく、3ヶ月が経過していた。


 脅すと言っても、変態教師と会わせないように連れ回すだけだ。でも、彼女は毎回、毎回、本当に嫌そうな顔をする。当たり前のことだけど、彼女が僕の前で笑ったことは、一度もない。


 勝ち気なところがある彼女は目を潤ませながらも、刃向かうようなことを言ってくる。

 そんな時の彼女はいつも必ず僕の目を真っ直ぐに見る。

 気持ちがばれるんじゃないかと恐ろしくて、僕は絶対に目を合わせられない。

 だから、僕はあえて一番酷い言葉を選んで、彼女の心を痛めつけ、反抗する気すら失せるよう仕向けていた。


 でも、今日は違っていた。


 彼女が『ばらせばいい』と、言い出したのだ。


「私、今から、先生に会いに行くから。あなたに知られたって、打ち明けるから。・・・初めから、こうしていれば良かった」


 僕は焦った。彼女を繋ぎ止める理由がなくなる。


「何言ってんの?あいつ、クビになるよ?」


 彼女は『そうなったら、私、先生について行くもん』と、駄々っ子のように口を尖らせながら言った。


「馬鹿じゃねえの!何、夢みたいなことを言ってるんだよ!あいつには・・・」


「何?」


 変態教師には本命の婚約者がいるんだ。


 君は騙されてるんだ。


 でも、それを話したら、僕は彼女を失う。もう二度と一緒にはいられなくなる。


 何も言えない僕に苛立ったのか、彼女は『もういい!』と、叫ぶと、駆け出した。


 僕は彼女を追いかけた。


 彼女は変態教師のマンションへの近道を良く知っているらしく、何度か見失った。彼女は信じられないくらい、足が速い。いや、それだけ必死なのかもしれない。


 でも、僕だって、必死だった。


 ようやく彼女を捕まえたのは、変態教師のマンションの前だった。


 最近、変態教師は婚約者と結婚式場を巡っているらしい。僕は不在を祈った。


「後でいくらでも叩いていいから、今は帰るぞ!早く!頼むから!」


「離してよ!あなた、一体、何がしたいのよ!」


 彼女は力任せに暴れるから、彼女の手が僕の顔やら胸に当たる。信じられないくらい、痛い。それでも僕は彼女を連れて帰ろうとした。


 でも、運に見放されていたようだ。


 変態教師が同じ年くらいの女と腕を組みながら歩いて来ていたのだ。一目で親密な関係と分かる。


 当然、それに気付いた彼女はぴたりと動きを止めた。


 変態教師も僕たちに気付いて、明らかに顔色を変えたけど、それもほんの一瞬のことで、婚約者に笑い掛ると、『生徒だ。質問があるんじゃないかな。熱心な生徒たちだから』と、言って、婚約者を先に行かせた。


 普通、質問があるからって、休みの日にわざわざ家まで行く生徒がいるのだろうか?変態教師も馬鹿だが、婚約者も馬鹿に違いない。


 変態教師はぎこちない笑みを浮かべながら、彼女と僕のところに来た。


 彼女は震える声で、『あの女の人、誰?』と、聞いた。多分、分かっているんだろうけど。


「婚約者だよ」


 変態教師は平然としている。


「私は何だったの?」


 こんな時でも彼女は相手を真っ直ぐに見ている。


「遊びだよ、もちろん」


 変態教師はやっぱり平然としている。


 君は従順そうだから、ちょうど良かっただの、生徒になんか本気になるわけがないだろうだの、変態教師は彼女を傷つける言葉を並びていく。


 そして、変態教師は僕を見て、『君だって、彼と付き合ってるんだろう?』と、言って、嘲るように鼻で笑った。


 彼女を連れ回していたから、そんな噂が立ってしまっていた。僕は噂でも何でも嬉しかったから、否定しなかった。


「結局さ、顔が良ければ誰だっていいんだろう?君もそこらの女の子と一緒だったんだな。がっかりだよ」


 ・・・は?


 何、言ってんだ?彼女がどれだけ、お前のことを好きだったと思ってんだ?俺の脅迫に逆らわなかったのだって、お前のためなんだぞ?それくらい、お前のことを・・・。


 彼女の頬に一筋の涙が流れた。


 それを見た僕は変態教師に殴り掛かっていた。


 興奮した僕は殴りながら、『彼女がどれだけお前のことを好きだったか、分かってんのかよ!』と、口走っていた。その時は彼女にどう思われるのかなんてことは一切頭になかった。


 だから、変態教師に馬乗りになって殴り続ける僕の腕に彼女がしがみついて、『お願いだから、やめて!死んじゃうからぁっ!やめてぇ!』と、叫んだ時も、


「君のためだったら、こんな奴の一人や二人、殺せるよ!」


 僕は彼女に負けないくらいの声でそう叫んでいた。


 ・・・終わった。と、思った。



 変態教師の婚約者が通報していて、僕は警察署に連行された。・・・僕の予想に反して、婚約者は馬鹿ではなかったらしい。


 僕は何を聞かれても、『ムカついたから、殴っただけだ』としか言わなかった。もちろん、反省の言葉なんか口にしなかった。


 僕はその日の夜に家に帰ることが出来たが、校長先生に退学になるだろうと言われた。


 母親に『傷害で逮捕されてもおかしくなかったのに、先生があなたの将来を台なしにしたくないって、被害届は出さないと言ってくれたのよ?だから、家に帰れたのよ?先生に感謝しなさいね』と、涙ながらに言われた。


 馬鹿馬鹿しくて、笑いたくなったが、さすがの僕も涙する母親の前で笑うことは出来なかった。


 僕は退学になることをどこかで安堵していた。


 学校なんて、彼女に会えるから行っていただけのことだ。どうってことはない。


 何より、彼女を解放してやることが出来る。


 そして、僕も解放されるのだ。



 なのに、彼女は僕の家に来た。


 僕と顔を合わせるなり、『私のせいでごめんなさい』と、頭を下げた。


 彼女は変態教師に僕の退学処分を取り消すよう動いてくれないかと頼みに行ったそうだ。

 変態教師の伯父は文部科学省のお偉いさんだから、彼女は何とか出来ると思ったらしい。


「でも、先生が嫌だって言うから、私、先生と付き合ってたことをその伯父さんに話すって言ったの。今度は私が先生を脅したの。でも、先生・・・君と付き合ったことなんてないって、言ったの。証拠はあるの?って、言ったの」


 彼女は変態教師に言われた通りにメール等のやり取りを全て削除していたらしい。もちろん、何の画像もない。


 本当に彼女は従順だったのだ。だから、あの変態教師に選ばれたのかもしれない。


 『だから』と、彼女は顔を上げた。


「あの画像を、先生と私がキスしてた画像を見せようと思って。・・・見せに行こう」


 そんなものはない。とっくに削除している。好きな子が他の男とキスしてる画像なんか、いつまでも保存しておくわけがない。


 もちろん、そんなことを言えるわけがない。


 代わりに僕は帰れと言った。なのに、『でも、私のために』と、彼女が言うから・・・。


「自惚れるな!馬鹿じゃねえの!あんな奴に騙されるような頭の緩いお前なんかのためじゃねえよ!」


 僕は思い付く限りの言葉を使い、彼女を罵倒し続けた。


 そうすることで、僕は君なんか好きじゃないんだと思わせたかったのだ。


 でも、彼女は僕を真っ直ぐ見ている。目を潤ませながらも、けして、目を反らさない。


 そのうち、僕は何にも言えなくなって、彼女から顔を背けた。


「ねえ、私を見て」


「帰れ」


「私を見て」


「帰れったら」


「見てくれるまで、帰らない」


 彼女はそう言って、僕の手を握った。息が止まるかと思った。


「いつも車道側を歩いてくれていたよね。私がちょっと遅れたら、手を引いてくれたよね。私が人とぶつかったら、何故か、あなたが謝ってくれたよね。前に体調が悪くなった時、我慢してたのに、あなただけが気付いてくれたよね。それで、『授業中に倒れられたら迷惑だから』って、保健室に連れて行ってくれたよね。仕方なくみたいな態度だったのに、保健室の先生がいないからって、走って探しに行ってくれたよね。・・・足音で気付いちゃったよ。次の休み時間にベッドで寝てた私の髪を撫でてくれていたよね。ずっと、ずっと。・・・私、いつまで寝た振りを続けたら、いいんだろうって、困っちゃったよ。それから・・・」


 彼女はこの3ヶ月の間に僕がしたことを、彼女が好きだからこそ、してしまった行動を次から次へと挙げていく。


 恥ずかしい。あえて言われると、本当に恥ずかしい。これで自惚れるなとか良く言えたものだ。


「いつも苦しそうだったよね。私よりずっと。脅してるくせに、私よりずっと傷ついた顔をしてた。だから、あなたを悪い人だとは思えなかった。・・・ねえ、覚えてる?私があなたの髪についた桜の花びらを取った時・・・『ありがとう』って、照れながら言ってくれたよね。あの時、とっても素敵だと思ったの。だから、どうしても悪い人だとは思えなかった。・・・憎めなかった」


 彼女は覚えてくれていたのだ。


 それが僕の頑なな心を溶かした。『帰れ』と言おうしても、もう言葉にならない。僕はぼろぼろと涙をこぼしていた。


 それから、僕は馬鹿みたいに泣きながら、馬鹿みたいに『ごめん』と『好きなんだ』を繰り返した。


 彼女も泣きながら、僕を抱きしめてくれていた。


 その後、ようやく落ち着いた僕に彼女はある告白をした。


 彼女が『ばらせばいい』と言ったのは、僕が妹と街で買い物をしているところを見たことがきっかけだったそうだ。

 何と妹を恋人だと思っていたらしい。

 自分が自惚れていたと知って、恥ずかしくなり、僕に大事な人がいると知って、傷ついた。

 そして、僕に気持ちが傾いていたことにも気付いて・・・それが何よりもショックだったそうだ。


「あんなに先生を好きだったはずなのにって、恥ずかしかったし、自分に腹が立ったけど、もっと、あなたに腹を立てていたんだと思う。私を振り回すだけ振り回しておいて、彼女がいるだなんて、許せなかった。だから、もう絶対に、あなたの言いなりにならないってことをあなたに思い知らせるために、先生に会いに行くって言ったの。そのせいで、こんなことになっちゃって・・・本当にごめんなさい。私、どうしよう」


 ちなみにさっき彼女がこの家に来た時に応対したのが僕の妹で彼女はようやく勘違いをしていたことに気付いたそうだ。


 彼女はすっかりしょげ返っていたが、僕が笑っていることに気付いた。


 怪訝な顔になった彼女に『だって、嫉妬してくれたんだろう?』と、僕が嬉しそうに言うと、彼女は真っ赤になって、ぽかぽかと僕の胸を叩いた。全く痛くないけど。


「こんな時に何を喜んでいるのよ!だいたいズルいのよ!兄妹揃って、美形とか有り得ない!何だそれ!ムカつく!遺伝子どうなってんだ!」


 彼女はちょっと面白い。



 まあ、本当に腹を立てているわけではないらしく、彼女はすぐに僕を叩くのを止めると、僕の退学処分を何とか取り消しに出来ないかとそればかり言い続けた。


「いいよ。もういいんだ。そもそも、僕が君に気持ちを打ち明ける勇気がないからって、君を脅したことが悪かったんだ。自分が臆病だっただけなのに、君やあいつのせいにしていたんだ。だから、僕は罰を受けなくてはならないんだ」


「でも・・・」


「退学になっても、君がいてくれるなら、それでいい。君を脅していた僕からすれば、もったいないくらいだ」


 すると、彼女は何だか微妙な表情になって、『あの、一応、言っておきますが、まずはお友達から始めましょう・・・ね?』と、言った。


 はあ!?


 『僕を好きみたいなことを言ったよね!?なのに、お友達からって、何!?』と、詰め寄ると、彼女はキッと僕を睨むように見て、


「私を下着だけにしたこと、それだけは許してないから!」


 それから、乙女心は複雑なのだとか、何だのと言う。多分、僕にすぐ乗り換えたみたいになることに抵抗があるらしい。君と変態教師のことは僕しか知らないから、気にしなくてもいいと思うんだけど。


 結局、僕は彼女の好きにさせることにした。僕はいくらだって待てるし。でも、ちょっと悔しかったから、『君の下着姿、綺麗だった』と、にやけながら言うと、彼女は何やら叫ぶと、また僕の胸をぽかぽかと叩いた。やっぱり全く痛くなかったけど。


 すると、彼女はまたすぐに手を止めて、『これだけは言っておかないと・・・先生とはキスまでしかしてないから』と、真っ赤な顔で言った。

 教師と一線を越える勇気がなかったらしい。

 それを聞いた僕は天にも昇る心地だったけど、『ふ、服の上から、ちょっと触られたことがあるけど』と、彼女が続けたから、もっと、殴ってやれば良かったと思った。


 それにしても、あの変態教師がそれで良く我慢したものだと僕は不思議に思った。



 その理由はすぐに分かった。


 変態教師は同じ学校や他校の生徒にも手を出していたからだ。そりゃ、我慢できるはずだ。


 僕が起こした騒ぎのせいで、変態教師に婚約者がいると知ったある女子生徒が学校に変態教師との関係をばらしたからだ。


 その女子生徒は彼女とは違って、メールのやり取りはもちろん、裸の変態教師が自分の隣で寝ている姿を撮った画像を保存していた。決定的な証拠だ。


 女子生徒の強い希望もあり、表沙汰にはならなかったし、変態教師が淫行で捕まることもなかったけど、お偉いさんである変態教師の伯父が学校に来て、甥を依願退職ではなく、解雇処分にしろと迫った。甥とは違い、伯父は厳格な人らしい。


 そして、変態教師の伯父は僕を学校に呼んで、『甥が生徒と付き合っていることを知っていたのか』と、聞いた。

 聞くと言うより、確認みたいだった。勝手にそう思い込んでいるみたいだった。意味が分からない。

 そして、『ありがとう。甥の性根を正そうとしてくれたんだね』と、僕の手をしっかり握りながら言った。本当に意味が分からない。


 殴って、性根を正すなんて、何十年前の話かと思ったけど、退学したら、彼女と会う時間が減っちゃうから、嫌だなと思うようになった僕は否定しないことにした。


 結局、僕の処分は停学3日間と清掃活動への参加で落ち着いた。・・・何はともあれ、思い込みの激しい変態教師の伯父さんに感謝だ。


 変態教師は丸坊主にされ、修行と称して、どこかの山に連れて行かれたそうだが、その後のことは誰も知らない。




 そんなこんなで、脅迫者な僕にとっては『身に余る幸運』と言ってもいいような結末で、本当にいいのかなと、時々、戸惑い、時々、苦しみ、時々・・・いや、毎日、幸せを噛み締めているうちに、彼女と出会って、3回目の桜の季節がやって来た。


 去年のクリスマスに彼女から改めて、『好きです。私と付き合って下さい』と、言われた。

 嬉しさのあまり、僕はまたぼろぼろと泣いて、彼女はしょうがない人ね。と、言いながら、僕を抱きしめてくれた。


 こんな僕を好きになってくれた彼女を幸せにすること。それが僕に出来る唯一の償いだ。償いなんて言うと、彼女が怒るだろうけど。


 そして、僕を真っ直ぐに見る彼女から、顔を背けたりしないでいられる人間に、何時でもどんな時でも、誠実な人間でいようと、満開の桜の木を見上げながら、そう心に誓っていると、


「あ、ねえ、また髪に桜の花びらがついてるよ。似合うから、そのままにしようか?」


 彼女がからかうように言った。


 僕は苦笑いしてから、取ってと言うように背を屈めた。


 彼女に花びらを取ってもらうと、僕たちは手を繋ぎながら、桜の木から離れて行った。


 ご機嫌なのか最新曲を口ずさみながら歩く彼女の髪には桜の花びらが2枚、絡まるようにくっついている。


 後で鏡を見せてやろう。


 可愛いから黙っていたんだと言えば、彼女はまた真っ赤になって、怒るかな?


 それが見たいと思ってしまう僕は本当に呆れるくらい彼女が好きなんだろう。



 来年も、再来年も、これからずっと、彼女と一緒に満開の桜の木の下で過ごせますように。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 荒削りな青春の勢い [一言] 『僕』君も悔やんでいますが、脅迫をしてしまうという手段は結果オーライになったものの、場合によっては彼女の心を砕いていてしまったかも知れません。 そういうのを…
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