とある龍のなやみ
あるところに、年老いた龍がおりました。
龍は長生きをしましたが、だんだんと体が弱っていき、ついにある日、力尽きて飛ぶことができなくなり、死んでしまいました。
しかし、龍のたましいはどこへとも消えてはゆきませんでした。死んでしまったはずの龍は、その身体が屍となっても、意識を失わずに自分の肉体が朽ちてゆくさまを目にしました。
やがて、龍の身体は海へと流れ着き、腐りはてた体は、きらきらと光る小さな塵となって、水に溶け込みました。
龍の小さく小さく砕かれた身体は、空となり、雨となり、風となり、地面へと降り注いで、そのうち世界中へと散らばりました。
龍はその小さなかけらのそれぞれで、世界中のありとあらゆるものを見て、自らの囚われていた世界がいかに狭いものだったかということを知りました。
世界のいたるところには、人間が住んでいました。その暮らしぶりを見た龍は、人間たちはみな賢く、人を愛すことを好む生き物だと考えました。
しかしある時、龍はそれが間違いであるということに気が付きました。平和に暮らしているように思えた人間たちは、いずれ必ず争いを引き起こし、殺し合いを始めるのです。
世界のすべてを見て回った龍には、それが不思議で不思議でたまりませんでした。世界のどこにいる人間たちを見ても、互いに愛を持つことが難しいことであるという風には見えなかったからです。
独りでなやみ続けていた龍に、神様が言いました。
「龍よ、おまえは世界のすべてをみてきたが、何も分かってはいないようだ。」
神様にそう言われても、やはり龍にはさっぱりわかりませんでした。
悩みに悩んだ龍は、目にも見えないほど小さくなってしまった亡骸を震わせ、大声で叫び、問いました。
なぜ争いをやめないのか、と。
しかしその嘆きは、誰の耳にも、届くことはないようでした。