人魚の村
さてどうしたものか。人魚の兵士にあらぬ疑いをかけられ、水中で戦う事を余儀なくされた尊だが、その表情に焦りの色はない。どりらかというと楽しそうな表情をしている。
少し位の高そうな兵士の後ろで、イールが不安そうな、悲しそうな顔をしている。それもそのはず、自分のせいで目の前の男は殺されるかもしれないのだ。
「やれ!」
人魚にだけ聞こえる声で攻撃の合図を出す。すると、かなりの速度で兵が槍を突き出し、尊を仕留めようと向かってきた。まるで、水の抵抗を受けてないかの如く鋭い突きだったが、全て危なげなく避けると、空歩の要領で水を蹴り、一瞬で兵士の背後に回り込み、首に手刀を打ちこみ、気絶させる。
目の前から一瞬で敵が消えたことに驚いている兵士。そんな簡単に隙をみせては長生きできないぞと考えながら、あっという間に5人の意識を刈り取ってしまった。
それを見て憎々し気に尊を睨み、槍を構える兵の上官。しかし、その前に両手を広げ尊をかばうように立ちはだかるイール。何か言い争っている様子だが、尊には会話の内容がきこえないので、困ったように頬を搔く。また口の中が塩辛いし、なんとなく地に足ついてない事から落ち着かないのだ。
少し待っていると、水除の結界が張られた。深く深呼吸し、呼吸を整え、イールと兵士を見る。
「ごめんなさいミコト。こんな事するつもりじゃなかったの。」
「いーよ気にしなくて、俺も楽しかったし。」
実際は少し物足りない戦闘だったが、人魚相手に戦えた事から良い旅の思い出になると、前向きに考えることにした。
「その、私からも謝る。まさか君が鬼族だったとは・・・・・・失礼した。」
「いえいえ、気にしてないよ。俺こそ少し手荒い真似してゴメンよ。」
素直に謝罪を受け入れる尊。まぁ実際気にしてないのだから当然といえば当然なのだが。
「寛大な対応感謝する。イールもすまなかった」
きっとすごく真面目な人なんだろうな。という印象を受ける兵隊さんだった。
「それはいいけど、海賊って?海の底にいる君たちが関わり合いになるとは思えないんだけど。」
「それが・・・お恥ずかしい話なのだが、同族からも海賊に堕ちた奴がいるのだ。そのせいで見た目のいい人魚は商品として誘拐される事件が多発してな。」
悔しそうに眉間にシワを寄せて話す兵士。それを聞いた尊の反応は早かった。
「そうなんだ。そいつら俺が捕まえてあげようか?」
笑顔でそんなお人よしな事を言う尊の思惑はわかりやすいものだった。(おもしろそう)これに尽きる。
「なに!?・・・・・・しかし、いくら鬼とて海中では分が悪いだろ」
「い~や、僕はただの鬼じゃないんだよね。とにかく詳しい話を聞かせてよ。」
自信満々の表情で言い切る彼に少し戸惑ったように顔を見合わせる兵士とイールだった。
その後、とりあえず尊の申し出は保留とされ村長に会ってもらいたいとの事だった。とりあえず警戒されているが、完全に敵対されてしまった訳じゃなさそうだ。イールと鬼の血のおかげだろうか。ん?何で人魚が鬼の事知ってるのかな。と疑問に思って聞いてみると、鬼を名乗る者に昔助けてもらったんだそうだ。しかし、鬼は陸上の生き物、水中でも恐ろしく強かったなんていう話を聞いて、(その鬼、父さんだったりして)と少し顔が綻ぶ尊だった。
その後、水中でも呼吸ができるようにと、ハーモニカのような見た目の赤い植物を渡される。グフの実らしい。魔力を吸わせることで穴から空気がでてくるそうだ。日光が当たらない、深い水の底にあるらしい。淡水のグフは緑色らしい。便利だが、人間の魔力では10分が限界らしい。尊の場合は、未知数だったりする。師匠は馬鹿みたいに多いと言っていたので、グフの実の限界まではいけるだろ。
そんなこんなで10分ほど泳いだところ海の底の方に明かりが見えてきて、小さな人魚の村が現れた。道中人魚も驚愕の速度で泳いだ尊の評価はかなり高まった。
村の家々は白いレンガのような石でできていた。その中でも少し大きな家が村長の家だった。村の明かりは火ではなく、白く発光する石が使われていた。音もなく幻想的な場所だ。
村長の家に水除の結界を張ってもらった。隊長、イールの後に続いて入った。村長は真っ白な髭を蓄えた小さな老人だった。
「お主が村の兵隊を圧倒した鬼の子か」
「兵隊ね~、俺には隊長さん以外素人に見えたんだけどね。」
「さすが戦闘民族じゃな・・・・・・兵を指揮してくれているのは、マーメルという人魚の国での兵士での。この村へ王が派遣してくださったんじゃ。」
「なるほどね。海賊のせい?」
「うむ・・・・・・人魚が海賊なんぞに身を落とすとは、嘆かわしい。」
隊長さんと同じことを言っている老人だったが、隊長とは違い悲しい顔をしていた。かつての知り合いでのいるのだろうか。
「さて、海賊ってのはどこに出るんだ?」
「それが分ればくろうせん・・・・・が、恐らく近いうちにワシらの村を襲いに来るじゃろうな。」
「ほー、なんでまた海賊に狙われてるの」
「・・・・・・人魚の少女は高値で売れるそうじゃ。奴隷狩りじゃよ。」
「イールか」
この話で一気に空気が重苦しくなった。空気を読まない尊でも感じ取れるほどに。イールは尊の目から見ても美しい女性だ。きっと高く売れるのだろう。ふとイールに目をやると目を伏せて悔しそうな顔をしていた。
「この水除の結界、どれくらいもつ?」
「長くはもたん。1時間ってところかの」
「海賊ってくらいだ、船に乗ってくるんだろ?」
「その通りじゃ。村の頭上近くまで船で来て、人魚数名が潜ってくるんじゃ。」
「ん?ここは水中だよね?なんで村の正確な位置が分かるの?」
尊の質問に、村長がピクりと動いた。表情からして、あまり話したい内容でもないらしい。恐らく人魚どうしで村の位置が分かる何かしらがある。その何かしらを海賊が持っているのだろう。恐らくこの村の人魚から海賊になった奴がその“何かしら”を持ち去ったのだろ。動機は金欲しさだろうな。
そんな微妙に気の利いた推理をする尊だが、それを披露したところで良い事が無い事も勿論気づいていた。というか面倒だったりするのだった。
「分かった。なんとかしてやるよ!」
「いくらお主とて・・・・」
村長がそこまで言ったところで尊が立ち上がった。
「どこへ行くんじゃ?」
「陸地だ。いろいろ心配しないでいいよ、ここの村の事は他言しないって約束するよ。鬼は約束を守るんだ。」
そう言って尊は手をヒラヒラさせながら村長の家を後にする。水除結界の外に出ると水の中だ。海面へ向けて全力で泳ぐ。空歩の水中バージョンを使いグングンスピードを上げ、海面から飛び出し、空中へと跳ね上がる。そして両足に気を集中し、音もなく水面に着地する。そして水面に胡坐をかき座った。
遠くから見たらかなり奇怪な光景だ。これは空歩の修行で水面にできるだけ長く座禅を組み集中する練習だ。尊はぶっつけ本番でできてしまったのだが。
「さーーて!俺が水面に落っこちる前に来てくれよ~、海賊!」
凄くシンプルな待ち伏せ作戦だ。もっと上手くやれそうな所が実に尊らしいものだった。海賊との戦闘を想像し、鋭い目つきで水平線を見据える尊の口元は笑っていた。
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