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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
最終話 異世界のパン屋さん
31/36


 悠馬たちの普段の食事のパンは店で売れ残ったものだ。

 売れ残り、といっても二人分三度の食事に足らない日も多い。

 ポンク通りのパン屋さんは、隣町から買い付けに来る人がいるほど美味しいと評判がいいのだ。

 そして最近目立つのが――。

「いらっしゃいませ」

 レンは明るい声で客を迎える。

 深く帽子を被り上品な襟巻きで口元まで覆った、質素だが一目見て質が良いとわかる服を着た女性が一人。どこかの貴族の侍女だろう。

 女性客は町のパン屋に不釣合いな、夜会にでも出るのか? といった足取りで木製のカウンターまで靴の踵を鳴らして歩き。

「しょくぱんを三斤頂けるかしら?」

 と、つんと顎を反らせてレンに言った。

 ふんぞり返って言うことでもないだろうにと、レンは内心呆れつつも「はい。少しお待ちください」とにっこり笑った。

 レンがそうやって接客をしていると、焼き上がったパンを悠馬が運んできた。

 湯気がたつ甘い香りにレンも女性客も自然と目が行った。

 視線に気づいた悠馬は。

「いらっしゃいませ。たしか、先週も来てくれた方ですね? ありがとうございます。味はどうでしたか?」

 と店主の顔をして言った。

「ええ。お気に召したようですわ」

「そ、うですか。ありがとうございます」

 変な言い方だ、自分は食べていないのだろうか? と思いつつまあいいやと、悠馬は蜂蜜を練りこんだパンを並べた。その内一つを取り籠に入れ。

「新しいおとくい様に。おまけです。良かったらどうぞ」と差し出した。

 焼きたての美味しそうなパンに「あら? そう。いただくわ」と、その客は表情良く悠馬に返した。



 客とのやり取りを終え、さて片づけをとカウンターを抜けようとした時、唇を尖らせたレンに名前を呼ばれて立ち止まる。

「ユーマって、女性客にはよくおまけするよね」

「うん? 気のせいじゃないかな?」

「…………」

「うん。女のお客さんのが多いから、そう思うだけじゃないかな?」

「…………」

「……残りのパン、並べてくる」

 誤魔化すように笑う悠馬の後ろ姿を、レンは何だが面白くなくて、ぷくっと頬を膨らませて見送った。

 


***



 豊穣祭が終わり一月もすると町の人達は皆、冬仕度に取り掛かる。

 さほど雪が降る地方ではないが、屋根の修理や補強をする家も多い。

 そして一番大事な食料の確保をし始める。

 野菜などは干したり塩漬けにし、牛や鶏の肉で干し肉を作る。

 悠馬も今朝からパン作りの合間に保存食の準備をしている。

 脂身の少ない牛肉と鶏肉を細長く切り分け、塩と香辛料で防腐処理した物を、虫よけの網の中に等間隔で並べて風通しの良い軒下に吊るしていく。

 あとは雨に気をつけながら半月ほどかけ、水分を飛ばし乾燥させれば干し肉の完成だ。

(明日は野菜干して、漬物して、だな)

 干し肉は今日した分だけでは少し足りないかもしれない。店用も考えて倍の数は作っておいたほうがいいだろうと思い、ふと悠馬はしみじみ。

「おれ、料理作れる人で良かった」

 と、無意識に、ケマセン語で呟いた。



 悠馬が店に戻ると朝の買い物客が増えてきた所だった。

 一人で会計をしていたレンが、悠馬を見てほっとしている。

 悠馬はぎゅっとエプロンの紐を縛ってレンの隣に立ち、二人してそれぞれ接客をしていく。

 代金を貰い、つり銭を渡し、その合間に客との会話も交わして、毎朝の日常を繰り返す。

 朝の忙しい時間帯が過ぎると、まばらになったパンをきれいに並べなおして次のパンを焼く。

 悠馬がパン焼き釜の前にいる間に、レンが会計箱の整理をする。

 自然と、いつの間にか出来た役割分担だった。

 レンはつり銭以外を小袋に入れて、悠馬がいる厨房へ向かう。

「ユーマ。はい。おつりと分けたから、ここ置いとくね。じゃあ私ドルクさん家に配達行ってくるね」

 と告げ、レンは数種類のパンを入れた籠を手にした。

「あ、まってレン」

「なに?」

「コヒの家にもおつかい、たのめる?」

 手を洗いながら悠馬は言い、肩掛け鞄をレンに指し示し「重いけど、だいじょうぶ?」と軽く首を傾いだ。

 レンは鞄を手に取り肩に斜めに掛ける。たしかに重いがこれならば平気だ。

「うん。何が入ってるの?」

「くだもので作ったお酒。あげるやくそくしてたから」

「ふうん。わかった。じゃ、行ってきます」

 元気に手を振るレンに、悠馬も微笑んで手を振り返す。

「いってらっしゃい。気をつけて」

 はいとレンは笑って顎を軽く引いた。



 小麦が焼ける小さな音に悠馬は集中する。

 焼き時間は、生地の状態、微妙な釜の温度、湿度で変わる。

 パン生地は生き物と語っていた祖父の言葉通りに、親が子に向ける気遣い全てで悠馬はパンを焼く。

 一人でパンを作り出してからも、釜からパンを取り出すときの緊張感は変わらない。

 焼きたてのパンの甘い香り、美味しそうなきつね色の焼き色に悠馬はほっとする間もなく、たんっと焼き型の底を作業台に打ち付けて、型から食パンを出して荒熱を取るために棚に並べていく。

 それが終わると釜の温度をまた調節して次のパンを焼く仕度をする。

 悠馬はふうと息をつき、作業台にもたれる。

「そうだ、寒くなる前にレンのコートとか手袋買っておかないとな」

 次の休みに買いに行こうか?少し足を伸ばして隣町に出かけるのも良いかもしれない。

 悠馬自身もそうだが、レンもこの町以外ほとんど知らないのだ。

「ユツイ市、だっけ?美味しいパン屋あるとか言ってたの」

 以前客から聞いたことを思い出し、悠馬はふむと顎に手を当てた。

 次の休みの日はそのパン屋に偵察……味の勉強に行こう。他の店のものを食べることも料理人にとっては大事な修行だ。

 レンが帰ってきたら買い物に行くか聞いてみようと、悠馬は一人頷いて、荒熱を取った食パンを店内に運んだ。


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