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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
最終話 異世界のパン屋さん
30/36

 瞼は閉じたまま。それでも意識は半ば覚醒し、朝の冷気にぶるりと体を振るわせて、レンは毛布に包まった。

 気持ちの良いまどろみに、もう一度眠りそうになり、はっと目を開く。

 窓から射す光はずいぶんと明るかった。

 今日は店が休みだからと気が抜けて寝すぎてしまったようだ。

 レンは慌てて起き上がり、あたふたと服を着替えだす。寝乱れたベッドをさっと整えてから、朝食の支度中であろう台所へと向かった。



「おはよう。ユーマ、ごめんね寝す……ッ?!」

 レンは廊下から台所に続く木戸を開け、同居人に元気良く声を掛け……不快な臭いが充満している台所の戸を閉めた。

 何?! 今の臭い何?! と、廊下でしばらく固まって、戸を閉める一瞬ちらりと床にうずくまっていた人の姿を思い出し、意を決して大きく息を吸い込み、鼻をつまんで台所へと足を入れた。

 漂う腐敗臭にレンは顔をしかめながら窓まで走って行き、ばんっと音が鳴るほど勢い良く閉められていた窓を全開にする。

 薪置き場に続く裏口も全開にしてから息を吸いなおし、レンは床上にがっくりと膝をついて項垂れている青年の元に駆け寄った。

「ユ、ユーマ?! げっほっ……なに?! なにがあったの?!」

 焦り状況を確認するレンに、悠馬はぼそっと呟いた。

「…………『納豆菌』になってた」

「は?! なにそれ?」

 意味がまったくわからず、レンは目を白黒させながら、悪臭の発生源であろう悠馬の側に置かれた壷の蓋をぎゅっと閉めた。

「とに、うぇ、ユーマ、とりあえず外に非難しよう! 息が吸えないっ」

 レンは悠馬の腕を引っ張って裏口へと逃げた。

 味噌が……醤油が……と、知らない単語を悔しそうに漏らしている悠馬を見上げ。

「……なに? えっと、あれ、食べ物なの?」がっくりと頷いた悠馬にレンは背中に悪寒が走ったのを感じた「―― まさか、あれでパン作る気じゃないよね?」

 やめてね! 絶対やめてね?! と、必死で懇願した。

 


 悠馬の異世界での味噌作りと醤油作りは失敗に終わった。



***



「ありゃー。あん時作ってたしーゆ失敗したのか?」

 結構楽しみにしてたんだけどなと、アダルベルトは言いながら、鶏肉のトマト煮をほお張った。

 食卓には所狭しと手の込んだ料理が並べられている。

 数種類の焼きたてのパンに、胡椒をきかせたミートパイ。蒸した川魚には彩りよく餡でとじた野菜が盛られ、チーズがかけられたオムレツは見た目もとろりと美味しそうだ。

 鶏がらで出汁をとったスープは、悠馬特製の麺が入れられている。

 賑やかな夕食の場にいるのは、悠馬とレン。アダルベルトとハンナの四人だ。

「次はしっぱいしない。」

「え? またあれ作るの?」

 次は、という悠馬の言葉にぎょっとしたのはレンだ。

 今朝のあの、腐っているとしか言いようのない悪臭を思い出し、泣く寸前の様な何とも言えない顔をした。

 ハンナはそんな様子のレンを見て聞いた。

「そんなに酷く失敗したの?」

「ハンナたちがくる直前まで窓と裏口開けて換気してたくらいには……」

「今朝から夕方までずっと? ぅ……どんな臭いだったのか興味はあるけど、嗅ぎたくはないわね」

「ユーマでも料理失敗することあるんだな」

「しっぱいしっぱい言わないでよ。けっこうおちこんでるんだから」

 和食もどき、ではなく和食が食べたい。

 焼きたての魚には大根おろしに醤油をたらし、炊きたてご飯に豆腐とわかめの味噌汁が食べたい。

 テレビやゲームや携帯電話より、味噌と醤油と鰹節と昆布が欲しかった。



 アダルベルトとハンナを迎えての夕食会は「みそとしーゆが出なくて良かった」と、悠馬以外の三人がほっとしたものになった。



 食後のお茶を飲みながら「あ、そうそう」と思い出したように口を開いたのはハンナ。

 まだ先のことだけどと前置きし。

「春になったら、レンの学校どうするの?」

「レンのごかく?」

「そ、市民権取れたでしょ? レンの年なら家政学校か高等修学校になるけど。レンは基礎学修校は行ってたのよね?」

 自分の話にレンは困ったように眉を下げた。

「うん。基礎学修校は行き終わってるから、進学は考えてないよ」

「でも今は行く人多いし、今後のためにも考えてていいんじゃない?」

「ハンナはどっち行ったの?」

「お店継がなきゃいけないから、数字に強くなれって言われてね、高等よ。アダルとユーマは?」

「俺は市警学校一本。ってユーマ? あー、話してる内容、わかるか?」

 と、アダルベルトはお茶を飲もうとした格好で固まっている悠馬に声を掛けた。

 悠馬はぽかんとした顔から渋面を浮かべて、しまったというふうに頭をかく。

「ごかくって『学校』だよな……」

 日本で言う義務教育に当たるものがこちらには無いという認識でいたのだが、義務教育でないが通わせる高校や大学のようなものはあったという事かと悠馬はやっと知った。

 誘拐事件の後処理やレンを引き取る事務的なやり取りに気を取られていて失念していた。いや、そんなことは言い訳か……子供への教育も大人の義務と責任だ。

「ごめんレン。大事なことなのに放っておいて」

「え? で、でも、絶対行かなきゃいけない所じゃないし」

「でも、行ったほうが、しょうらいの役にたつ所なんでしょ?」

 それはそうかもしれないけどと、渋るレンに悠馬はふと笑って言う。

「春まで時間はあるし、最後はどうするかレンが決めればいいけど、通いたいと少しでも思うなら通ったほうがいいよ。うちのパン屋で働いてるだけじゃわからない事たくさんあるだろうしね」

「……うん」

 うなずくレンを見て、悠馬はハンナとアダルベルトに顔をを向ける。

 この世界での学校制度について詳しく聞いたことが今までなかったのだ。どういった仕組みになっているのかを二人から聞いた。

 レンは真剣な様子で学校について教えてもらっている悠馬を見て、小さくほうっと息をついた


副題 ようこそ! より変更

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