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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第九話 夢はなんですか?
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 人ごみの中、はぐれないように悠馬とレンは手を繋いで歩く。

 人の流れに任せて行くと、川を挟んで見物客たちが集まっている場所に出た。

 ろうそくで暖められて浮かんだ紙が、ゆっくりと炎になり、燃え尽きて、流れる川面に落ちていく。

 中州から空中へと放たれる淡い灯火。

 幻想的な光景は、まさしくここがまほらの様だ。

 綺麗だ……。

 呟いた日本語は感嘆。

「レン、見える?」

「ん。空に上がってるのは見えるけど……」

 小柄なレンでは前を向くだけでは見えるのは大人の背中だけだ。

 それでも星空を彩る灯はとても瞳に美しく映る。

 悠馬はほとんど首を真上に向けて、後ろに引っくり返りそうなレンを見る。

 子供が見えないから前に行かせてくれと言えば道は開けてくれるだろうが、子供だからと理由で人ごみを掻き分けて進むのはどうだろうか? と考えて、見える場所はないかと辺りを見回した。

「あ、そっか」

 ぽんと悠馬は手を打った。

 その場にしゃがみ込んで、きょとんとしているレンを見上げてこう言った。

「肩、のる?」

 後ろ側にいる見物客の数人が、肩車をしていたのだ。これなら川面から灯火が放たれる様子も、落ちていくところも見えるはずだ。

「ええ?」

 レンは困った表情で悠馬を見る。

(ユーマって、私のこと幾つだと思ってるのかしら……?)

 数の数え方は知っているはずだがと、さすがに「それはちょっと」と戸惑って言うと。

「平気。ほら、あそこにいる人とか、レンよりおねえさんだし。空にあがるところ、きれいだよ?」

 それはとても見たいのだけれども。

 レンもぐるりと周りを見渡し、子供以外でも肩車をしてもらっている人を数人見つけ、それならと、悠馬の肩に腿を乗せた。

「いい? 立つよ」

「う、うん」

 どこに手をつけばいいのか分からず、レンは背に回された悠馬の腕を支えに体制を整えた。

 一気にぐんと高くなった視界に多少怖さも覚えたが、担ぎ上げてくれているのは悠馬だ。筋骨隆々とはしていないが彼は意外と力持ちだ。よろけることもないのですぐに高さにも慣れた。

 見えた? と聞く悠馬にレンは頷いて返した。

「すごくきれい。―― 私のいた街はこんな風に空に灯を上げたりはしなかったから」

「どんなだったの?」

 そう、尋ねる声は自然に出た。

 レンは懐かしむ様に微笑んで言う。

「秋祭りは似た感じだけど、星祭が別にあってね。ご馳走持ち寄って、星空に向かって願い事を込めた小石を投げるの。地面に落ちたのは見つかっちゃだめなの。見つからなかったら星石になって、本当の星の一つになって願い事を叶えてくれる」

 そういうお祭りだったのと、レンは星空に手をかざした。

「小さい頃は全然高く石を投げれなくてね。いつかぜったい見えないくらい高ぁく投げてやるって、思ってた」

「そっか。いろんな祭りがあるね」

「ユーマの所は?」

「おれ?『七夕』かな? 川みたいに見える星が集まったところがあって、女の子の星と男の子の星があって、それが年に一度あうんだ」

「星が会うの?」

「んーうん。会うのがねがいで、それにあわせて、ねがいごと書いた紙を……木というか草につける。あ、あと『七夕素麺』食べたりする」

 なんとなく違うが、全部が間違ってはいないだろうと、悠馬はそういう祭りがあるとレンに言う。

 星に願いごとをするのは一緒だねと、悠馬は目を細めて笑った。


 ああ、最後の星が上がった。


 川辺に集まった人々の、誰かの言葉に、ふわりと星月夜に浮かぶ灯火が、燃えて尽きるまで、辺りはしんと静寂に包まれた。


***

 

 川に残る人や、家族の手を引き家路に向かう人、あるいは恋人と夜の散歩に向かう人。

 祭りの夜は皆さまざま、思い思いに過ごす。

 


 星流しが終わった途端、そんな人たちの流れに巻き込まれ、レンを下ろすに下ろせずに、悠馬は肩に少女を乗せたまま川辺を歩いた。

 砂利は歩きにくかったが、川に流され削られて丸くなった石を足先で蹴りながら、頭上のレンにおとがいを向ける。

 おろすよ? という悠馬の言葉に、レンはこくんと首を立てに振った。

 足場が悪いせいか、少しふら付いたレンを片手で支え、悠馬は軽くなった肩を回した。

  


 悠馬は屈んで丸い小石を拾い、片手でそれをお手玉のようにして遊ぶ。

「石、空に投げるって、決まったかたちのあるの?」

「ううん。自分でこれ! って選ぶの。でもつるんとしてるほうがよく飛ぶよ?」

「へえ。どれがいいかな?」

 と、目を凝らして小石を探し始めた悠馬に、レンも習ってしゃがんで石を探し始めた。

「ぎゅーって両手で星石を握って、お願い事するの。夢が叶いますようにって」

 いくつか拾った小石から一つを決めて、レンはそれを胸の前で抱くように握り締める。

 悠馬は結局最初に拾った丸い石に決めた。

「ゆめ……なりたい事とか、か」

 呟いた自身の言葉が、すとんと胸に落ちる。



―― じいちゃん。おれね、おとなになったら、じいちゃんみたいなパンつくるひとになる ――



「ねがいごと、一つふえてるや」

 悠馬のその言葉に、真剣に祈っていたレンが顔を上げた。

「何が増えたの?あ、幾つでもしていいけど、欲張りはだめよ?」

「んー。たぶん見のがしてくれること」

 なに? と小首を傾げるレンに悠馬はにっと笑って。

「ないしょ?」

「じゃあ私も内緒」

 いたずらをし合うように、くすくすと笑いあう。

「投げるときに言う言葉とかある?たまやーとか」

 おどけた様子で言う悠馬に、レンはくすくすと笑い。

「あるわよ。じゃあ、ユーマ続けてね?」

 予行演習にレンは数度投げる動作をし、ぐっと身を屈めた。

 大きく息を吸い込むレンに、悠馬も肺一杯に空気を満たす。

 レンはぐるぐると腕を回し、助走をつけて勢いよく星に向かって小石を投げる。

「うりゃ!」

「って、それ?!」

 ただの掛け声だった。

 つられて一緒に放り投げた石はどこに飛んだがわからなくなった。見つからないように飛びはしたからいいのだろう。

「仰々しいお祭りじゃないもの」

「なんか、長い言葉でも言うのかと思ったから、力がぬけた」


 しばらくぼんやりと星を見上げ、帰ろうか? と二人は来た道を戻る。

 

 月と星に照らされて、二人の影が濃く地面に映る。



 夢が叶いますように。

 そのために、もてる力をつくそう。



 おれのゆめはねと、悠馬はぽつりと話はじめる。

「じいさんみたいなパン屋になる事なんだ」

 レンは悠馬を見上げ、おだやかな笑みをこぼす。

「ユーマのパン、美味しいよ?」

「うん。ありがとう」

 祖父のようなパン屋になりたい。そして今は、ブルクのような優しいパンを作りたい。

 子供の頃からの夢。新しい願い。

 この世界で、夢を、叶えよう――。



 レンは歩調を合わせて隣を歩く青年を手を取る。

 なに?と柔らかなその青年の声音に目を細める。

「あのね?私の夢はね――」



 秘密を打ち明けるように耳元でそっと囁いたレンに、悠馬は思わず頬がゆるんだ。



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