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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第九話 夢はなんですか?
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 陽が落ちきると、昼間は動けば汗ばむくらいだったというのに、秋の夜の冷たさが足先からひやりと上がってきた。

 机にくたりと上半身を倒したまま、悠馬は小さく身震いした。

 眠ったおかげか頭はかなりすっきりしている。

 起きなきゃなと思った時に、ふわりと背中に何かを掛けられ、悠馬は薄っすらと重い瞼を上げた。

 最初に見えたのは木の机、それから気だるげに顔を上げる。

「あ、ごめん。起した?」

 声を掛けられても、少しの間ぼうっとして、悠馬は一度ぎゅっと目を閉じて軽く頭を振った。

 それから隣に腰掛けていた少女に顔を向けた。

「や、起きた―― これ、かけてくれたのレン?」

 と、背を包む薄手の毛布を摘まんで見せた。

 うんと言ったレンに、ありがとうと、その小さな頭を撫でる。 

 はにかむレンに悠馬も微笑んで返し、すっかり陽が落ちた空を見上げた。

 夕方の六時ごろに鳴る鐘は、まだ打ち鳴らされてはいない。一時間ほどは寝ていたようだ。

 悠馬は凝った背中を伸ばして、体をほぐす。

「お祭り、見て回れた?」

「うん。久しぶりだから楽しかった」

 あ、あのね。と、レンはまだほのかに温かい露店で買った食べ物を一つ悠馬に差し出した。

 悠馬は受け取った紙袋を開け中を覗き込む。

 香辛料の香りと食欲をそそる肉汁たっぷりの、ドネルケバブのようなものだ。

「美味しそうだったから。こういうの、嫌い?」

 首を傾げながら問うレンに、悠馬は。

「ありがとう。エラニだっけ? これ好きだよ。レンは自分の分ある?」

「うん。一緒に食べよ?」

「うん」にっこりと口角を上げて、ん? と瞬き一つ「そういえばシェラさんたちは?」

 あっち、とレンは後ろを指差し「酔い覚ましの薬配ってる。これだけど、ユーマもいる?」

 油紙のような物に小さく包まれた薬袋を目の前に置かれ、悠馬は苦そうだなと顔をしかめた。

「……飲んどく」

「お水貰ってくるね」

 悠馬はそう言って席を立つレンを目で追って、かさりと薬袋を開る。独特の鼻に匂いの残る黄土色の粉薬にえずきながら、貰った水で一気に流し込んだ。

 まずい薬は利きそうな気がすると「うえ」っと舌を出して言えば、飲みすぎはだめだよとレンが笑った。



 酔い覚ましの薬はコヒが調合し、祭り用に各町会に事前に配っていたものらしい。仕事、ではなく、コヒなりの祭りへの参加のしかただ。

 仮眠と薬がよく効いたようで胸悪さもなくなった悠馬は、レンが買ってきたエラニをほお張った。

 指につたったソースを一舐めし、隣で同じようにもぐもぐと食べているレンを見る。

 そういえばと、悠馬は少女に。

「夜は、なんだっけ?」白線流しではないし、しょうろう流しでもないはずだし、と首を捻りながら「なんか、流すんでしょ?」と、いい加減な質問をした。

 レンはくすりと微苦笑して答える。

「星流し。ね。今の時期って流れ星が多いから、地方によっては収穫祭と星祭を別にしているところもあるけど、ここは一緒にするみたいね」

「ながれぼし? 流れ星?」

 豊作祈願を星にするのか? と、悠馬なりに「なるほど」と、納得してみる。

「ろうそくに紙かぶせて飛ばすって聞いたけど、それが星流し?」

「うん。天気のいい日はね。星空に淡い光が浮いてね、すごくきれいなの」

 今日は朝から天気も良い、きっと空に浮かぶ炎は幻想的な美しさを見せるだろう。

 想像を膨らませ、ふと思い当たったことにレンは、しゅんと肩を落とした。

 祭りの役員である悠馬とは、今年は見られそうにはない。

 食べる勢いが急に落ちたレンを悠馬は頬杖をついて覗き込む。

「……からかった?」

 香辛料がきつかったのだろうか? と悠馬は思い聞いた。が、ふるふると頭を振るレンに「ふん?」と相槌なのかなんのかを返し、癖で何とはなしにレンの髪を撫でた。

「どうしたのレン?」

「ん。なんでもない」 

 つとめて明るい声で返すレンに悠馬は一人うなる。

 思春期の女の子の浮き沈みなどわかる訳がないのだが、原因はなんだろう? と腕を組み考える。

 流れ星、で何か昔の―― たとえば両親が生きていた頃のことを思い出したとか?

 数年前まではきっと、毎年両親と同じような祭りを楽しんでいたのだろう……。

(こういうのってどうしたらいいんだろうな)

 下手に触れて、傷つけることになるのは嫌だ。かといって腫れ物に触るような扱いでは、何年たっても染み込んだ悲しみは消えやしない。

 悠馬はつんと、レンの短い髪を引っ張ってみる。

 きょとんとした顔を向けるレンに、にっと笑って。

「口、たれ付いてる」と親指で拭ってやる。

 レンは恥ずかしそうに口元を手で隠した。

 悠馬は慌てて口を拭く少女の旋毛を見つつ、ソースの付いた指をぺろりと舐める。

 今年は無理そうだけどと、落ち着いた声でレンに話しかける。

「星流し、来年はいっしょに見に行こう?」

「え?」

 ぱちぱちと瞬きをして、レンは言われた言葉に顔をほころばせた。

 そうだ、来年だってその次だって祭りはあるのだから。

「うん。約束ね?」

「やくそく。そういえばこっちって、やくそくのあいずあるの?」

「合図?」

「あいずと言うか、決まりごとというか。おれんとこは、こゆびをまげて、おたがいにひっかけて、針を飲む……本当には飲まないけど」

「えっと。針を飲む覚悟、で約束するの?」

 変わった風習だねとレンは自分の小指を曲げてみる。

 お祭りを一緒に見ることが、果たして針を飲む覚悟で交わすほどの約束だろうか? と、レンはうーんと首を捻った。

「そう言われるとすごいことみたいだな」と悠馬は苦笑いを浮かべた。



 食べ終わり、水を飲んでほうと一息。レンは口の周りに何も付いていないか紙で拭き確かめてから、悠馬へと向き「まだやることあるんだよね?」と聞いた。

「片付けは明日からだけどね。いちおういないとだめみたい」

 そう答えた時、後ろから図太い腕がにゅっと出てきて机に手をついた。

 顔だけを後ろに向けて、腕の持ち主を見上げる。

「アルゲ。あれ? シェラさんたちは?」

「晩飯。炊き出し取りに行ってる」

 ああと悠馬が相槌を打った横で、レンは「え? 炊き出しあったの?」と、包み紙だけになった夕飯に視線を下ろした。 

「で、ユーマ。今日はもういいぞ」

 そういうアルゲに悠馬はもういい理由がわからずに。

「まだ、やることあるんじゃないの?」と聞いた。 

 ただでさえレンの件でミニュスが役員から外れ、人手が一人減ったのだ。一人欠けた分のカバーはいるはずだ。

 そう考えていた悠馬に、後やることっつったら、とアルゲはがしがしと頭を掻く。

「星流しの当番が帰ってきたら今日の打ち上げするぐらいだな。本番の打ち上げは明日の片付け済んでからやるからな、今日は参加する奴しない奴半々くらいだ」

「……みんな、酒強いね」

 と、悠馬は多少顔を引きつらせる。

 そして。

「おれ、さんかしなくていいの?」

「おう。レン連れて星流し見に行って来い。せっかくの祭りだ。裏方だけじゃつまらんだろ?」

 魅力的な提案に、それでも悠馬は少し迷う。

 手助けばかりしてもらっていても、一応自分は今年の責任者なのだ。付き合いは大事なのではないだろうか? と思い、ふとレンを見ると。

「…………」

 レンの互い違いの色の瞳がきらきらしていた。

 期待に満ちた、そんな顔をされると「役員の仕事はするよ」なんて、言えなくなる。

 悠馬はくしゃりとレンの頭を撫で、アルゲを見やる。

「オレコタウ・アルゲ」

 明日は片付けがんばるよと、悠馬は微笑んで答えた。

「おう。きっと他の奴ら潰れてて昼過ぎまでは使いもんにならねえから。若いの頼むぞ?」

 そう言ってがはがはと笑うアルゲに、酔っ払っていない片付け要員の確保か? と悠馬は肩を落とした。

 


 まあ、何にせよレンと祭りが見れることには変わりない。

 悠馬は他の役員に挨拶をして回り、丁度戻ってきたシェラたちに礼を言ってから、レンを連れて休憩所を出た。


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