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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第九話 夢はなんですか?
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 悠馬が知っている祭りといえば、生まれた町の神輿くらいだ。

 神輿を担いで法被姿の男たちが掛け声と共に町内を練り歩く。日本でよくある光景だった。

 近所の神社では出店が立ち並び、子供の頃は神輿を見物するよりも、出店を廻るほうが楽しみだった。

 とくにスーパーボールすくいや射的が好きで、小遣いと相談しながら必ず遊んだものだ。

 祭りの独特の高揚感。

 子供の頃に感じたそれとは変わってしまったけれど、祭りの喧騒は、ここも日本も変わらなかった。



 明け方まで準備に追われた収穫祭は、例年通りの集客があり、まずまずといった具合に終わりを迎えようとしている。

 今は夕刻。天気にも恵まれ、とても美しい夕暮れが紅色に街を染めていた。

 賑わう大通りから一本外れた道の中にある空き地には町会ごとにわかれた休憩所があり、悠馬はアルゲたち数人の役員とそこに昨夜から詰めていた。

(……もう、むり……)

 悠馬は吐き気を堪えながら、ぐでっと机に突っ伏した。

 まだ二十歳。徹夜ぐらいは平気だが。

 もう見るのも嫌になった祝い酒がなみなみと入った素焼きの壷を、悠馬はそっとアルゲの前に押しやった。

 アルゲは「お、まだあったにゅか」と、かなり怪しい呂律で言い、ぐいっと一口飲んだ。

「っぱー! うまい! って、ユーマもう飲まないのか?」

「…………」

 今飲んだら料理酒と百万円のワインの区別も付かない。ただのアルコールだ。排出手段が変わらなくなる。

 答える気力もなく悠馬は突っ伏したまま軽く手を振り、無言で拒否をした。

 祭りだ、祝いだ、差し入れだと、朝からずっと飲まされていたのだ。

 役員の半分以上が潰れている。きっと、他の町会も似たようなものだろう。

(レン、あずけてて正解だったな)

 酔い潰れている姿など、子供には見せれない。というよりも、見せたくない。

 レンは今、アルゲの妻と子供たちと一緒に祭りの見物をしている。

 ハンナは家業の手伝いがある為、レンを祭りに連れて行けない事を残念がっていた。

 来年は少しでも一緒に祭りを見に行こうねと、約束し合っていたようだ。

(来年、来年になったら去年が今年になるから、今日は昨日でいつ牛が追いかけてくるんだ。あれ?)

 思考が完全に潰れている。

 悠馬はぴくりと指を動かして、もういいやと、そのまま寝た。


***


 町のそこかしこに豊作の願いを込めた祝詞の意味がある、色鮮やかな垂れ幕が掛けられている。

 大通りに立ち並んだ露店にもそれらは飾られ、町全体を華やかに彩っていた。

 レンはアルゲの妻のシェラと、長女でレンより一歳年上のミラと弟のダフィトと連れ立って、中央広場で行われた祭事を見物した後露店を見て回っていた。

 今朝、悠馬からお祭りだしねと言われて貰った小遣いは、まだ使わずに落とさないよう服の内側の隠しにしまっている。

 四人で露店を冷やかして回り「これ、冷めても美味しいよ」と勧められ、レンは香辛料を効かせた鶏肉と野菜を薄く焼いた米粉の生地に巻いた食べ物を二つ買った。

 結構な量があるので、あとはスープがあれば今日の夕食は十分だろう。

(スープくらいなら私でも作れるし)

 悠馬のようにあれやこれやと料理ができればいいのだが、悠馬の調理の仕方は変わっていて中々真似ができない。

(私がご飯作れるようになったら、ユーマ楽かな?)

 そんな事をつらつらと考えていた時。

「おかあさん」

 直ぐそばから聞こえた母を呼ぶ声に、レンは思わず視線をやった。

 背の低い自分よりもまだ低い少年、ダフィトが詰まらなさそうに口を尖らせていた。

「ねえ、もうタイズたちと遊びに行ってもいい? オレもう十歳だぜ? 女とぞろぞろ歩いてるの友達に見られたら、なよなよしてるって笑われるし」

「ばかだね。親と一緒にいて笑うような子になるんじゃないよ。遊ぶ約束してたの?」

「うん。星流し一緒に見る約束したんだ」

 こくんと頷いた息子にシェラは門限を言いつけて「気をつけて行っといで」とダフィトを見送った。

「まあったく、やだね息子は。男友達と遊ぶほうがいいんだから」

 さて、あと何年こうやって連れ立って祭を見に行けるのかと、シェラはやれやれといった息を付いた。

「放っておけばいいのよ。それよりレン、買うのそれだけでいいの?」

「うん。なんか、色々あって決めれなくて」

「ふーん。ま、レンは食べ物のほうがいいかもね」

 と、ミラは物知り顔で言った。

 言われたレンは食い意地がはっている様に見えるのだろうか? と、少し恥ずかしく感じ「そう、かな?」と小さく聞き返した。

「うん。細いものレン。子供はちゃんと食べなきゃ駄目よ」

「えっと、ミラ、十四よね? 一歳しか違わないんだけど」

 たじろぎながら返すレンに、ミラは生意気盛りの弟には出来ないお姉さんぶりを発揮して言った。

「一歳でも私のがお姉さんなんだからいいの」

 言い切られた勢いでレンは頷いて答える。

「う、うん。頑張って食べる」

 娘二人のそんなやり取りを、シェラは後ろからほほ笑ましく見守っていた。

 レンは久しぶりに年近い少女とのおしゃべりを、馴れずに多少戸惑いつつも楽しんだ。

 そろそろお父さんたちの様子見に行かないとねと、シェラが言う。しょうがないわねとミラが答えて、レンはこくんと頷いた。

 ユーマ、ごはん家で食べれるのかな?そんな事を思いながら先導するシェラの後ろをミラと歩いた。


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