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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第八話 なんでもない休日
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 随分涼しくなった夜の風は、夏の終わりを知らせるようだった。

 悠馬はレンの手を引いて暮れる町を歩く。

 結局、あの後ミニュスはペンを睨み、一度ためらってから、口を引き結び書類に署名をした。そしてトスパが纏め、示談の場はお互い了承した形で終了となった。

 


 レンが、ああいうことを言うとは、悠馬は思わなかった。

 怖い思いをしたことを、謝って欲しいのだと、単純にそう考えていた。

(あなたの正義はおれを傷つける、か)

 本当に、どちらが守られたのか――。

 自嘲気味に悠馬は笑う。

 ふいに、繋いでいた手が引かれた。振り返るとレンが俯いたまま立ち止まっていた。

 一歩、悠馬はレンに近づき、少女の顔を覗く。

「ごめん。歩くの早かった?」

 ふるふると頭を振るレンに悠馬は首を傾げた。

「疲れた?」

「ううん」レンは顎を引いたまま視線を悠馬に向け「さっき、言いたいこと言っちゃったから。あの、怒ってない?」

 言われ、悠馬は目を細めて微笑む。

「なんで? 怒ってないよ」

 悠馬は本当に? と、言葉無く見上げてくるレンの髪を指で梳き、くしゃりと撫でた。

「レンはいい子だね。言いたいこと言えばいいよ。おれにもね?」

「ユーマにも?」

「うん」

 頷かれ、レンは困ったように笑う。 

 放り出さないで自分を迎えてくれている青年に、これ以上なにを言うのか。

 言葉に詰まったレンに悠馬は。

「毎日だと困るけどね。ちょっとくらいわがまま言わないと、レンはおれに言っていいんだから」

 わがまま……と、レンは口の中で呟く。

 考え込み始めたレンに悠馬は苦笑する。

「まあ、今すぐじゃなくても、いつでもいいよ」はいと、話した左手をレンに差し出した。

 レンは差し出された手を見て、悠馬をもう一度見上げる。

 まだ新しい若草色の服のスカートを握ったり離したりしながら。

「あ、あるくの、つかれた、かも……」

 と、レンは小さな声で言った。

「ん?」

 悠馬は一瞬目を丸くして、くすりと笑った。

「それが、レンのわがまま?」

 怒っていると、不安になった? 手を繋いでるだけの温もりでは心細く感じたの?

 歩きつかれた子供に、してあげる事は一つだと思う。

 レンは両手を前に出して「待って、今のなし」と慌てた。

「ちが、いい。いいから! 帰ってご飯作ろう!」

 耳を赤くして言うレンの、小さな体の前で、悠馬は背を向けてしゃがみ込んだ。

 悠馬は肩越しにレンを振り返り「はい、どうぞ」と、戸惑うレンを促した。

 ためらいながらレンは悠馬の背に体を寄せる。

 立つよと言われ、レンは悠馬の首に腕を回した。

 普段と違う高い視界。

 こうやって我が侭を言って甘えても、この先もそうしても、いいのだろうか? と、レンは悠馬の肩に額を付けた。

 


 悠馬はレンを背負い町を歩く。

 じっと動かないレンに「ねた?」と小声で聞けば「起きてる」と小声で返された。

「祭りの前に、かまどしゅうりするから。かわかして焼いて、かわかしてってしないとだめなんだ」

「お店は、その間は休むんだよね?」

「そう、だから、前に言ってた遠くまで行こうか?」

「うん。ねえ、どこ行くの?」

 歩いてはむずかしいかなと、悠馬はレンに答え、穏やかに、先を続けた。

「その時に全部ね。レンに話すよ。おれのこと全部」

 石畳で舗装された道を行く。

 足を出すたびに伝わる振動が気持ち良かった。

 レンは悠馬の背に頬を寄せて、何を言われても平気だと、そう思えたから、言葉無くただ、こくんと頷いた。


 

 告白しよう――。隠しているすべての事を。

 迷って、悩んで、きっと後悔もして、それでも互いを受け入れて、この先を暮らして行きたいのなら――。



***



 ジャムに玉子に干し肉を薄く切った物。サンドイッチ用に作った食パンの耳を落として新鮮な野菜と具材を挟んでいく。

 切り落とした食パンの耳は、溶いた玉子に浸してバターでこんがりと焼き、仕上げに粉砂糖をまぶす。

 あとは、胡桃入りのクッキーと、水筒にお茶を入れれば、弁当の仕度は完成だ。

 物置で見つけた古い敷物は外に干している。

 ぽかぽかの日に当てられて、きっとふんわりしているだろう。



「よし。じゃ、レンはお茶もっててね」

 包んだ弁当と丸めて紐で縛った敷物を抱えて言う悠馬にレンは。

「まだ私、持てるよ?」

「や、もつのいいから、家のかぎおねがい」

「あ、うん」

 戸締りを確かめて、レンは荷物を抱えている悠馬に駆け寄った。

「途中まで荷馬車に乗せてもらうんでしょ?」

 歩き出した悠馬の横をレンは並んで行く。

「うん。むかしは一番使っていた道らしいんだけどね。今はきれいにした大きい道使ってるから、とおる人少ないんだってさ」

 だから誰にも会わなかったあの場所へ。

「ユーマの行きたいところって、道なの?」

 何かあるの?と怪訝に尋ねられ、悠馬は口元で微苦笑した。

「うん。たぶん何もないけどね」

 固められただけの土の地面。背の高い木々。鳥の声。覚えているのはそれらの景色。

 ―― もうすぐ一年。

 悠馬はレンを連れて、あの場所に向かった。



 荷馬車に乗せてくれたのは生地屋の店主だった。隣町まで生地の仕入れに行くからと、快く引き受けてくれた。

 帰りは夕方になるが二人を拾ってくれると申し出てくれた。

「嫁さんの誕生日にや、あれだ、けーきってやつ焼いてくれや」礼はそれで言いと、少し照れて言っていた。

 道の途中で降ろしてもらい、礼を言って見送った。

 悠馬は街道の真ん中に立ち、ぐるりと辺りを見回した。

 あの時と変わらない。何も無い穏やかな景色。

「ここなの? ユーマが来たかった場所」

 聞かれ、悠馬は首を傾げて「うん」と答えた。

「お昼、食べれそうなところあるかな? ちょっと木の中、行ってみる?」

 悠馬はレンを連れ、道を逸れて森に分け入った。

 うっそうと木ばかりが生えているかと思っていたら、そうでもなく。少し歩けば背の低い草と野花が咲いている場所に出た。

 悠馬とレンは敷物を敷いてサンドイッチやクッキーを並べて「天気いいから、きもちいいね」と、ごろんと寝転がった。

 青い空にゆったりと流れる白い雲が、とても綺麗だ。

 ほうと悠馬は息を吐く。

 手足を伸ばして仰向けになった格好のまま、同じように隣で横になっているレンに顔を向けた。

「あのね、さっきの道、おれがはじめて来たところなんだ」

「東大陸から?」

「日本」

「にほん?」

 おれの国。と悠馬は目を細めて笑う。

「この国でも、東大陸でも、この星のどこでもないところから来たんだ」

 きょとんとした顔のレンに悠馬は続けた。

「日本におじいちゃんが一人いる。パン屋なんだ。いつもみたいにパン作って、でかけようとしたら、気付いたらここにいた」

 こんな話、信じられるわけはないだろうけど。

「おれは、この星……世界の人間じゃない」

 悠馬の告白にレンは数度瞬きをして、手をついて上体を起こした。

「―― ユーマはモザクなの?」

「もざく?」

「えっと、人間と違う種類の、人間に似てる生き物」

「んー。どうだろう? ここでそういう意味の言葉があるなら、そうかもしれないし、違うかもしれない。―― おれは人間だけど、レンたちと同じ人間じゃない」

 落ち着いた声音で静かに言う悠馬に、レンは今までなんとなく感じていた悠馬に対する不思議さの意味が分かった気がした。

 悠馬は今はもう呼ばれる事のない、本多悠馬という本名やブルクとの出会い、過ごした時間、そして別れ、友人に支えられてきたこと、この町での一年間の思い出を語った。

「ミニュスが、おれのこと素性が知れないとか言ってたけど、そのとおりだよ。レンの言ってたモザクですらないと思う」

 怖い? と悠馬はレンに聞く。

 レンは、すぐさま否定した。

「ユーマがどこのユーマでも怖くないよ」

 たとえ違う世界の人間だとしても、嫌う理由にならない。

「レンは―― やさしいね」

 そう言って笑う悠馬にレンは笑顔を返す。

「やさしいのはユーマだわ」

 ぎゅっと悠馬の手を握り、レンは「話て、もしも私が怖いって言ったらどうする気だったの?」と問う。

 悠馬はそれに、もてあまし気味の苦笑で答えた。

「レンを養子にしても良いって人と、何回か会ってた」

「行かないよ私。ユーマのこと怖くないもの」

「うん」

「行けって言われても嫌だって言うから」

「……うん」

「雨の中、ユーマを助けたブルクがユーマの大切な人なら、雨の中私を助けてくれたユーマが私の大切な人なんだよ?」

「……うん」

「泥まみれの私でも関係なくユーマはやさしくしてくれた。私だって同じようにしたいよ」

「うん。や、まいった」

 悠馬は両手で顔を拭って笑う。

 こんなにも真剣に、言葉を受け入れて返してくれるなんてと、悠馬は目を細めた。

 異世界人です。なんて事、信じて貰えるとは思わなかった。

(や、全部が全部信じたわけじゃない、かな?)

 悠馬だから、どこの誰でも構わないと、レンは言っているのだ。

 その事に、悠馬は顔をほころばせる。不安定だった自分の存在を、繋いでくれた少女に向け、にこやかに笑った。

「わけわかんない人間だけど、いっしょにくらそうか」

「もう一緒に暮らしてるよ」

「うん。だよね。ま、年のはなれたき兄妹みたいにさ?」すっとレンに左手を差し出す「よろしく、レン」

 差し出された悠馬の手を、今度はためらわずに取り。

「うん。よろしく、ユーマ」

 と、レンは頷いた。



 鳥のさえずりを聞き、美味しいパンをほお張って、お腹がいっぱいになれば少し散歩して、昼寝をして。

 仕事が休みの日には、こうやって過ごそう。

 一緒にお弁当を作って、少し遠出もして、他愛の無い話をし合って。

 特別な日でもない、なんでもない当たり前の休日を、暖かな日差しを受け、家族と過ごそう――。



 

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