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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第八話 なんでもない休日
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 その男は息巻いてこう言ったそうだ。

 移民が増える事によって治安は悪化の一途を辿り、国民は常に犯罪者である移民たちに怯えて暮らさねばならなくなる。現に言葉もまともに話せていない者が国民面をして犯罪を犯している。その男は善良な老人を騙し養子縁組を交わして財産をまんまとせしめ盗った。

 養子縁組して三ヶ月も経たないうちに老人が亡くなったのも不審だ。その上、難民の子供まで引き取っているなど、怪しくないわけが無い。きっと奴隷商人と通じている。難民を捕らえて売るだけならまだしも、その内絶対に国民にまで犯罪の手を伸ばすに違いない。

 自分は犯罪者から町を、ひいてはこの国を守るために行動をおこしただけの純粋な正義だ。と――。

 警察に捕らえられたミニュスはそう話したらしい。

 悠馬はその報告を据えた目をして聞いた。

 どんな思想を持っていようが相手の勝手だが、だからといって子供を傷付けてもいい事にはならない。

「あの男の言いたいことは、どうでもいいです」 

 ようは二度とレンに近づかなければいい。

 男の処分はどうなるのか悠馬は聞いた。

 警察官は椅子に深く座り、怒りを堪えている顔付きの悠馬に、淡々とした口調で返した。

「取調べが終われば家に帰します」

「……はんざいしゃなのに?」

「あなたは国民権を持っていますが、連れて歩かれた子は保護申請が通っただけですから」

 問題にね、ならないんですよ。と、嫌悪で顔色を変えた悠馬に言う。

 膝に置いた手が震える。抑えていなければ机を殴ってしまいそうだ。

「叩かれたりしてても?」悠馬は落ち着けと自身に言い聞かせながら言う。

「あなたがやった事のほうが、相手、怪我してますよ」

「そう言うのは、おれたちが元からの国民じゃないからですか?」

 苦笑する警察官に、悠馬は無駄を悟った。

 ただの人種差別じゃないかと、悠馬は眉間にしわをよせた。



 近所の住民同士の少し行き過ぎた、ただの揉め事。そう処理されてしまったミニュスの妄挙。

 警察署を後にして、悠馬は一人町を歩く。

 ミニュスとは日を改めて話し合いをすることになっている。

 立会い人はコヒともう一人、悠馬もミニュスも知らない人物が来るらしい。

 ようは示談するしかないのだ。

 悠馬はふうと息を吐いた。

「……俺がブルクの養子じゃなかったら、こっちが悪者扱いされてたかもな」

 こんな事でへこたれてたまるかと、悠馬はぐっと拳に力を入れた。



***



 ポンク通りに差し掛かり、悠馬は両頬をぱしっと叩いた。こめかみを揉みながら固まった顔の筋肉をほぐす。

 不安気な顔をして口角が下がっていたりすれば、それを見る子供が安心できない。

 両親が死んだ時、祖父は自分にはそんな顔をしなかった。

 夜に一人、泣いている姿は見たけれど、辛くても「じいちゃんが居るから大丈夫だ」と、微笑んでいた。

 ―― 暴力や空腹、そんな目に見える事から守るだけではきっと駄目なのだ。

 悠馬は口の端を指でぐっと押し上げる。

 怖じけるな、出来ないなんて思うな、守ろうと決めたのなら。

「びびんな、俺」

 ―― やって見せろ。たとえそれが間違ったとしても、前に、挫けずに心を前に出そう。

 どんな些細な事でも、日常を、がんばろう。



 店の扉を開けると丁度、買い物を終えた女性客とかち合った。

 扉をめいいっぱいに開け女性客に道を譲り、ありがとうございましたと、悠馬は慣れた接客の笑顔を向ける。

 すれ違いざまに一言二言会話して見送ってから、悠馬は店内に入った。その途端に生成りのエプロン姿のレンがぱたぱたと小走りで近づき「おかえりなさい」と、ぎゅっと悠馬の上着の裾を掴んだ。

 悠馬はくしゃりとレンの頭を撫で。

「ただいま。店番ありがとう。あと、お店の中は走らないこと。ほこりするから」

 その、幼い子供のような行動に苦笑して言った。

「ごめんなさい。つい」

 しゅんと顎を引くレンに、次は気をつけようねと、小さく細い手を取った。

 悠馬は手を引かれ歩くレンに顔を向け。

「レン。店番もう少しおねがいできる?」

「また、何処か行くの?」

 不安気なレンの声に悠馬は上体を屈めて目線を合わせて言う。

「だいどころ。お昼ごはん作ってくるから。あ、疲れてる?」

「へ、平気! 店番して待ってる」

「うん。じゃあ、おねがいね」

 こくんと頷くレンに悠馬は微笑んで、繋いだ手を空いている手でぽんぽんと優しくたたいた。



 ミニュスに攫われた日から、レンは一人になることを怖がった。

 昼間はまだ客の出入りがあるからか平気だと言っているが、夜になると悠馬の後ろをずっと付いて歩くようになった。

 夜の家畜の世話にも生地の仕込みにも「見てていい?」と、眠そうにしながらも傍を離れようとしなかった。

 レンの怯えは当たり前のことだ。恐怖しかない出来事があったのだから――。

 自国を愛し、自国民を守ろうと思うのは、排他的思想だとは言い切れないだろう。

 移民や難民に紛れて犯罪者が国に入り込むこともあるだろう。

 その事実があるのなら『自国を守るために犯罪者である移民を排除し、犠牲になるだろう少女を救うべく行動を起した』というミニュスの信念は、一側面から見れば間違ってはいないのだろう。

 頭ではミニュスのような考え方をする人間も当然いると理解を示せはするが、だからと言ってそれが正しいとは悠馬には思えなかった。

 腕の中で振るえ、怯え、堰を切ったかのように泣き叫んだレンを思うと、当然許せる事ではなかったから。

 己自身が信じる正義がどんなに正しくとも、子供を傷つけて良い理由には絶対にならない。

 きっと今回の事は、一生かかっても許せはしない。

「っと」ぱんっと悠馬は手のひらで頭を叩き「思考上昇思考上昇」と、この世界の誰にもわからない言葉で繰り返し、下ごしらえは済ませていた昼食作りに取り掛かった。

 


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