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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第七話 はらはらさせないで
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 開店と同時にやって来るのは、朝食のパンを買いに来る主婦やお使いの子供。

 それから時間をおいて来るのは、出勤前に昼食を買っていく男性客が多い。

 朝組みの買い物客が引いたら、牛の体を洗ったり、追加のパンを焼いていく。焼き上がりの時間を見計らって買いに来る客も多いので、昼過ぎまでは結構忙しい。

 オオイの実のスープを混ぜた新作のパンはなかなか好評で、店の定番になりそうだった。

 秋になれば採れる野菜や果物が違ってくる。早めに手に入ればそれを使ってまた新作のパンを考えなくてはと、悠馬はやっとできた空き時間に次はどういう形にしようかとつらつらと考えた。



 ぱたぱたと軽い足音が木の扉で仕切られた居住空間から聞こえ、悠馬はつっぷしていた木製のカウンターから顔を上げた。

「ユーマ。店番変わるからご飯食べてきて」

 と、先に昼食を摂っていたレンが前掛けを着けながら言い、ユーマの隣に立った。

「タウゴ煮たのおいしかった」ふわんと笑うレンに。

「レンって食べる前と後はにこにこしてるね」

 え? と、首を傾ぐレンに、悠馬は頷いて。

「で、食べてる時はすごいしんけんな顔してる」

「そ、そうなの、かな?」

「うん。作る人にしたらうれしいよ」

「だ、だって、ユーマのご飯美味しいもん」

「うん。ありがとう。じゃあ店お願いね。変なお客さんきたらすぐ呼ぶこと」

 はーいと返事をするレンに、どうぞと椅子を勧めた時に、店の扉が開いた。

 客の姿を目にした途端、げっと悠馬は小声で呻いた。

 ここが誰の店なのか知らずに来たわけではないだろう。嫌そうな顔をしたミニュスがずかずかと入り込んできた。いや、客ならば入り込んで来ても問題はないのだか。

 普段は客が来れば挨拶をする悠馬が、変な顔のまま黙っていたので、レンは不思議に思いつつもいつも通りにいらっしゃいませと声を掛けた。

「いらっしゃいませ」と悠馬も続ける。

 ミニュスは悠馬とレンを交互に見。

「下働きか?」

 と聞いた。

「まあ、ね」

 内心、違うんだけどなと思いつつも、レンのことを説明する必要もないだろうと悠馬は曖昧に濁した。

 レンは目の色を見られないように伏せ目がちになり、この男性がパンを買いに来たわけではないと雰囲気で察して悠馬の後ろに隠れた。

「レン。家に入ってて」

「でも、ユーマご飯」

「後で食べるよ」安心させるように笑ってレンの頭を撫でてやり、小さな背をそっと押した。

 レンは気になりながらも、後で変わるから呼んでねと言い残し店から出て行った。

 ぱたんと扉が閉まったのを確認してから悠馬はミニュスに視線を向ける。

「パン買いに来た、んじゃないよね。なに?」

「昨日の寄合いの報告だ。来週から祭りの募金集めが始まる」

「ぼきん?」

 ああ、と悠馬は彼がなぜ来たのか納得する。

 昨日別れた後、残ったミニュスたちが話し合っていた事の報告だ。

 なぜわざわざミニュスが来たのかは疑問だが、他に何か決まった事はあるのか悠馬は聞き返した。

 それにミニュスは。

「明日の夜、昨日と同じ店で集まることになってる」

 アルゲはなにも言ってなかったが、急に決まったのだろう。

「わかった。ありがとう」

「…………」

「なに?」

「いや」ミニュスは顔を歪めて笑う「ここが身寄りのない老人に取り入って騙し取った店かと思っただけだ」

「あんた友達いないだろ?」

 険悪ににらみ合う。

 先に視線を外したのはミニュスだ。やれやれといった、他人を小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 侮蔑の眼差しを悠馬に向け、わざと足を鳴らして帰っていった。

 しんとした店内で、悠馬は一度深呼吸をしてから台所に向かった。

 心配そうにそわそわしていたレンはやってきた悠馬に気づき、終わったの? と顔を上げる。

 無言でレンに頷いた悠馬は大股で備え付けの棚まで行き、目的の物を手に取って踵を返す。

 初めて見る悠馬の不機嫌さにレンはおっかなびっくりしながらも、調味料置きから壷を取って店に戻っていく悠馬の後ろを着いて行った。

 店の外まで出た悠馬にどうしたの? と声を掛けても返事をしてもらえず、壷の中に手を突っ込み、鷲づかみにした塩を叩きつける様に地面に撒き始めた悠馬を「な、なに、してるの?」とぽかんと見やった。


***


 無視が一番。下手に話しても喧嘩になるだけだ。

 ミニュスへの対策はそれしかない。と悠馬は決めて寄合い場所に向かった。

 先日と同じ時間に行って、ミニュスと二人なんて絶対に避けたいので、三十分ほど遅く家を出た。

 時間にゆっくりなこちらでは、その程度なら遅刻にもならない。

 ほろ酔いの客たちで賑わう酒場に足をいれ、店内をぐるりと見渡す。

 アルゲとアダルを見つけ、ミニュスがいない事にいささか肩透かしを食らう。

 悠馬はこちらに気付いたアダルに左手の甲を上げ。

「もう来てたの? アダルが居るって事はけいびの話?」

「おう。今年は警備強化するってんでな。飯食ったのか?」

「食べた。きょうかって多くするってこと?」

「んーまあ、この場合はそう」

 とアダルは答え、肉をナンのようなもので巻いたものにかぶり付いた。

 前に話しただろう? とアルゲ。

「奴隷商人の一斉検挙。逃げてる奴らもまだいてな、観光客も多い祭りだから警察が多く出ることになったんだ」

 悠馬は眉根を寄せる。

「まだつかまってないの?」

「俺らも頑張ってるって信じて?」

「うん。がんばってもらわないと困る」

 わかってるってと、指に滴った肉汁を舐めながら言うアダルに、悠馬は近くに置いてあった濡れタオルを渡す。

「んで、町内会でやってる夜警だけど、しばらく中止な。祭り前って気が高揚した奴らの喧嘩が増えたりするから」

「それだと、よけい見まわったほうが良くない?」

「一般市民の怪我人が出ないようにするために、俺らが夜警の人数増やすの」

「それは、おつかれさま」

 いやもう休みがない休みがないと、口をへの字に曲げるアダルに悠馬は微苦笑する。

 小一時間ほど警備について大まかな予定を聞き、日本語でメモを取っていく。

 話が終わった頃、ふと悠馬は二人に聞いた。

「そういえば、みにゅすは?」

 言い難い発音の名前に舌足らずになりながら、悠馬は首を傾げる。

 今晩の寄合いの事は彼が伝えてきたのだ。なので彼も参加するのだと思っていたのだ。

 その問いに答えたのはアルゲ。

「ああ、急用だと言ってな。次はちゃんと参加するだろう」

 悠馬は参加しなくてもいいんだけどなと内心で呟いた。

 警察警備の責任者はアダルだということで、悠馬は安心した。

 言葉のやり取りもアダル相手だと行き違いがほとんどなくて済む。

 まだ飲むという二人を置いて悠馬は先に席を立った。

 多分、きっと今晩も暖炉の前で丸まっているだろうレンを思い、足早に家路につく。



 玄関に、たどり着く前に悠馬は足を止めた。

 半開きになったいる扉。

 最初に思ったのは牛が鳴き続けでもして、レンが様子を見るために外に出たのか? という事だ。しかし家畜小屋からもれる灯りはなく、悠馬は家に駆け込んでレンの名を呼びながら部屋の扉を開けた。

 眠った様子のない整えられたままの寝具。

「レンっ!? レン!!」

 台所にも店にも風呂場にも、庭のどこにも少女の姿はなかった。

 どっと心臓が打つ。

 売られそうになった所を、レンは逃げて来たのだ。

 人買いが、町に入り込んでいるという。

「っ!」

 悠馬は帰って来た道を駆け戻った。

 まだアダルたちは酒場に居る。警察と町内会の警備の者たちにも捜索の手を借りれるはずだ。

 どうして夜に子供一人で留守番などさせてしまったんだと、自分の行動を悔いた。


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