5
日が経つにつれてレンの警戒心がほぐれて来たようだ。硬かった表情がだんだんと柔らかくなってきている。
食事を一緒に作ることもある。
井戸で冷やしたレワガの実を林檎のようにウサギ切りにしてみたら、ウサギを知らなかったようで変な顔をされたりと、文化の違いは細かくも大きくもあるけれど、おおむね生活に問題はなく過ごせていた。
悠馬は黄色がかった白い塗り薬を手に、嫌がるレンを自分の前に座らせた。
「レン動かない」
「だから自分で塗るから!」
駄々っ子のように両腕を頭の上で交差させるレンを、悠馬は後ろから見下ろしている。
「だめ。頭につける薬だから、自分でだとぬるのどこか見えないだろ?」
汚れ過ぎていた頭皮はかさぶたのような汚れが付いていて、それを無理に取った所為で傷になっていた。塗り薬はコヒから処方されたものだ。日に数回塗らなければならないのだが、上手く塗れないようで、薬が髪にだけ付いていたりしていたので悠馬が塗ろうとしたら拒否されてしまっている。
これくらい手間でもないのに何故嫌がるのか? と悠馬は唸る。
「すぐ終わるから、手は下にしてて」
「触ったらユーマ汚れるよ?!」
必死にそういうレンに悠馬は。
「薬ついた手は洗うから平気。はい。ぬるよ」
そういう意味で言ったんじゃないと、レンは口の中でもごもごと言い。あきらめて大人しく悠馬に従った。
いい薬、なのだろう。ひりひりと痛痒かった頭は大分良くなっていた。
「はい終わり」
髪を撫でながら言われ、レンは「あいりがと」と小声で返した。
家の事や店の事も手伝いたいと言ってもあまりさせて貰えていない。
まあ、その理由は数日前に悠馬に連れられて店の買出しに行ったレンが、久々の外出にはしゃいでしまい眩暈を起したのが原因だが。
その時は悠馬が左肩に麦袋、右腕にレンを抱えて帰ったのだ。
汗だくになって息を切らしていた悠馬に「たいちょう良くなるまで家と庭いがい出るのだめ」ときつく言われ、立ちっ放しになる手伝いも禁止されてしまったのだ。
何もしないで毎日不自由なく食べられる生活。
レンは薬を片付ける悠馬のことを考える。
悠馬が自分に良くしてくれる理由。
境遇が似ていたから。拾った理由はそうだと聞かされていたけれど、何も出来ない子供に対して、親切心や同情、父性本能や偽善、それらが底を尽きるのはいつだろう? と、暗く思う。
一度知ってしまったあたたかい手は、失くせばもう立てなくなりそうで怖かった。
ちょっと、気負い過ぎてない?
そう言ったのはハンナだ。
日常的に使う単語でないことはわかった悠馬は意味を聞き返した。
「一人で頑張らないとって思い過ぎてない? ってこと」
そんなことは無いと、反射的に返した悠馬の声は小さかった。
店の事も、レンも事もハンナには手伝ってもらっているのだ。大声で言い返すなど出来ない。
「ハンナにもアダルにもコヒにもてつだって、助けもらってる」
「うん。手を貸せることはやるわ。コヒ先生もレンの後継人になってくれるんでしょ?」
水出しの茶を飲みながら、ハンナはくるみ入りのスコーンを頬張る。
悠馬の家に来るたびに美味しくて、その分危険な菓子が出てくるのは考え物なのだが、何気に出される焼き菓子に幸せになる気持ちは抗いがたい。
お腹まわりと相談しつつ、ハンナは一番小ぶりの菓子を選びゆっくり味わっている。
「コヒ先生が出てくれたら手続きは早く済みそうね」
「たぶん。あとはおれが国民権? もって一年とたってないから、なんだっけ? よーいくほごしゃになれるかどうかは、むずかしいみたい」
菓子は作るが味見程度しか食べない悠馬は、冷やした茶だけを啜っている。
「養育保護者のこと? そっか、まあなんとかなるんじゃない? それよりユーマ大丈夫なの?」
「なにが?」
「朝早くから家畜の世話に店の準備、レンの食事の支度もしてるんでしょ? 夜は遅くまで仕込みして、レンを引き取る手続きに? 息抜きできてるの?」
「それは平気。アダルとかともたまに飲んだりしてきばらししてるから」
レンも手がかかる程幼くない。
「洗たくとかレンがしてくれてるから、たすかってる」
あまり気にせず一緒に洗っていたら、全身を真っ赤にしたレンに全力で拒否され、それ以来洗濯はすべてレンが担当している。
それにと、悠馬は続けた。
「ひとりより、やる気持ちがあるよ」
食べさせないといけない存在が居ることは、仕事に対しても今まで以上に遣り甲斐が出てくる。
まったく苦になっている様子の無い悠馬にハンナは「ならいいけど」と微苦笑した。
「ユーマ、ハンナ。着たよ」
ひょこっと台所に顔を出したのはレンだ。ちょっと俯いて恥ずかしそうに悠馬たちの前に姿を出した。
若草色の仕立てたばかりの服を着たレン。
ハンナからの貰いものの服ばかりでは、女の子には可愛そうかもしれないと思って作ったものだ。
「きれいな色だね。にあってるよ」
ありきたりのほめ言葉でも嬉しかった。レンは悠馬に笑う。少し、気恥ずかしげに。
「ありがと、大事に着るね」
二人のやり取りを聞きながら、ハンナは手持ちの鞄から数種類の髪飾りを取り出して。
「その服ならこれかしら?」と淡い緑の細いリボンを見せた。
「くくれないと思う」
「大丈夫よ。着けてあげるから」
短いレンの髪を一房取って細く編みこんでからリボンで飾る。
どこの世界でも女同士がやることに変わりはないんだなと、短い髪を器用に飾られたレンとハンナを見て思う。
「レンもおやつあるからどうぞ。おれ店もどるから」
「手伝うよ?」
「せっかくハンナがあそびに来てるんだからいいよ。夜ごはん作るのはてつだってくれる?」
「やる!」
片手を挙げ飛び跳ねて答えるレンに、悠馬は思わず微笑する。
「じゃ、ユーマ仕事頑張ってね」
軽く手を振るハンナにも悠馬は笑って頷いた。
扶養家族が出来たのだ。今まで以上に精を出さなければと思い。悠馬は一人、店内で立ち尽くした。
こみ上げる、苦い思いを噛み殺す。
『ユーマにわたしの家族を押し付けたっ……』
聞き漏らすまいとした、ブルクの告白。
言葉の意味を、今は知っている。
「―― そんなの……最低じゃないか」




