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*異世界のパン屋さん*  作者: 河野 晶
第六話 家族
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 こめかみの後ろ辺りが鈍く痛む。

 目を開けることが億劫で堪らない。まだ眠っていたいという気持ちが大きくてぎゅっと掛布を握り締めて、その清潔な感触に戸惑い、レンは意識を覚ました。

 寝過ぎてがんがんする頭に手をやって、ぼんやりと目を開ける。灯りの無い部屋。窓からの月明かりが唯一の光源だ。

 薄暗い室内を寝転んだままぐるりと見渡して、レンはここが何処なのかを思い出す。

 レンは緩慢に身を起し、いささかふら付きながらも立ち上がった。

 今まで寝ていた場所に目を留める。風呂に入らせてもらえたが、髪にはくさが生えていた。一度や二度の洗髪では綺麗にはならない。

 寝るときにハンナが新しくしてくれた敷布はきっと汚れてしまっているだろう。

 少し考え、交換するにしても勝手はできないだろうし、また新しい敷布を出させることになるのも気が引けるので、そのままにしておく。

 部屋の扉を開けると美味しそうな匂いが漂っていて、レンは足音を立てないように台所に向かった。

 開けっ放しの台所の引き戸。そっと顔を出して、レンは中の様子を伺った。

 濃い藍色の前掛けをした青年が一人。火にかけた鍋の中身をかき混ぜている後姿。美味しそうな匂いの元にいたユーマに対して、朝から晩まで何かしら食べ物を作っている印象をもった。

 どう、声を掛ければいいのかと、レンは入り口から中に入れないでいた。

 ふいに、本当に急に振り返られて、レンはひゅっと音を立てて息を吸った。

 覗いていたことを恥らってか赤くなったレンの耳に、そこまで怖がらなくてもいいのにと、悠馬は苦笑した。

「夜だけど、おはようレン。気分は?」

 かき混ぜていたスープのとろみに満足して竈から、保温用の焼いた平たい石の上に鍋を移す。

「平気」答えながら目線は鍋と共に移動しているレン。

 素直な反応に悠馬は笑った。

「ポリッジ作ってるから、食べる?」

「ぽ、ぽり?」

「麦使った食べ物」言ってレンの視線に気付き「こっちは新しいパン作るよう」

 レンは目をぱちくりさせて首を捻る。スープらしい鍋の中身がどうやっらたパンになるのか想像が付かない。

「このスープ、オオイの実を使ったものだよ。これをパン生地にまぜてオオイの実といっしょに焼くんだ」

 オオイはトウモロコシに似た野菜だ。実を乾燥させておけば保存食にもなる。その茎や葉は家畜の飼料に使われている

 悠馬は竈にポリッジの小鍋を置いて温める。

「おなかすいてない? おふろ入りたいならお湯つくるけど?」

 立ったままのレンを手招いて椅子に座らせる。

「ハンナが来て服とか、くし? とかくれたから、そのふくろに入ってる。あ、なかは見てないので大丈夫」

「う、うん。ありがとう……ハンナもう来てたの?」

「また来る言ってたよ。はい、ごはん。めしあがるればいい」

 悠馬の変な語尾に「なにを言われたんだろう?」と思いつつ、レンは出された食事をありがたく食べた。

 なんだか悠馬に拾われてから一日しか経っていないのに、寝て食べて寝て食べてしかしていない気がする。一日中食べ物を作っている様子の悠馬と、それをせっせと食べているレン。

 親鳥とひな鳥のようだ。

 悠馬がポリッジと言っていたものを一口食べ、見た目と違いとても美味しくて、レンはほわんと笑った。



 食べ終わってから、はさみを借りて痛んでどうにもならなくなった髪をばっさり切った。首筋がすうすうする。

 汚れが下に落ちてもいいように庭に出て切って良かったと、レンは絡まった髪を土に埋めた。

 くさを取ろうと櫛付け過ぎて薄皮もめくれてしまい、頭皮からは少し血が滲んでいた。痛痒いが、そこは我慢だ。

 家の中に戻ろうと体の向きを変えると、逆の方向から家畜の鳴き声がして、レンは好奇心からそちらへと足を向けた。

 


 家畜小屋の軒下に角灯を提げ、牛の世話をしていた悠馬は聞こえてきた足音に振り向いた。

 耳の下あたりまでばっさりと髪を切ったレンがいて、思いきり切ったなと笑う。

「すっきりした?」

「うん。ありがとう」

「おれ牛の世話してから入るから、レン先におふろ入ってって」

「んっと、いいの?」

「いいよ。もう少しかかるから」

「お風呂の順番じゃなくて、私、手伝わなくていいの?」

 小屋の柵に肘を付いて悠馬はレンを見る。

 何もしていないのは居辛いのだろうと考えた。

「今日はいいよ。明日の朝、気分わるくなかったら卵とるのてつだってくれる?」

「手伝う!」

 なんだか昼間のやり取りを思い出して、勢い込むレンがほほ笑ましく感じた。

 家に戻るレンを見送って、悠馬はさてもう一息と、寝る前の牛の世話を再開した。



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