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9.違和感

 草花の城を離れてしばらく経った。

 食虫花の支配するお屋敷で、わたしは前にも増して豪華で退屈な日々を過ごしていた。

 前は王子様と二人きりだった。今はだいたい近くにあげはがいるし、食虫花もたびたび顔を見に来てくれる。けれど、わたしは退屈だった。だって、王子様がなかなか姿を見せてくれないのだもの。

 食虫花の言いつけをきちんと守っていい子にしていれば、それだけ出来る事は増えていった。鳳や蝙蝠の男などお屋敷の誰かが同伴しているのなら、お屋敷の外を歩くのも許してくれたし、食虫花が許可を出した場所に限って自由にうろつくことだって出来た。

 でも、やっぱりつまらなかった。このお屋敷の何処かにいるはずの王子様には自由に会えなかったからだ。たまらなくなってわたしが窺いつつ食虫花に寂しさを伝えてみれば、いい子にしていた御褒美として会わせてくれる。それだけだ。それ以外の時に、彼女が何処で何をしているのか、わたしは知らないままだった。

 知ろうとすることは厳しく咎められた。

 出来るだけいい子にして気に入られようとしたけれど、それでも、わたしはたまに失敗してしまった。食虫花を怒らせて、不思議な蔓で手を思いっきり打たれたこともあった。反省を口にすれば必ず許してはくれたけれど、やっぱり彼女は恐ろしい魔女だと思ってしまう。

 ――どうしてだろう。

 身の回りの世話をしてくれる鳳は嫌な人ではない。胡蝶は危険なのだと前に王子様は言っていたけれど、彼女はわたしを傷つけたりしない。その美しい顔に何処か寂しげな表情を浮かべ、淡々と自分の仕事に専念している。わたしは時折、鳳に話しかけてみた。返って来るのは素っ気ない言葉ばかりだったけれど、それでも一応はわたしと会話をしてくれた。

 ――どうして此処で働いているの? いままでは何処に居たの? 鳳って名前は誰がつけたの?

 浮かぶままにその疑問をぶつけ、答えをもらったり、もらわなかったりした。

 鳳は……食虫花のことが好きみたい。鳳っていう名前も食虫花がつけたのだと教えてくれた。会話を重ねるごとに、鳳とは仲良くなれたような気がした。それでも、鳳はある程度の距離を保つ。理由は、わたしが花であるかららしい。

「貴女がもしも胡蝶だったら、きっといいお友達にはなれたでしょうね」

 ある朝、食事と着替えを持ってきた時に何気なくした質問に、鳳はすんなりと答えてくれた。

「どうして? どうして花だったら駄目なの? 花が嫌いなの?」

 ――食虫花の事は好きなのに?

「いいえ。花は大好き。この手で触れて、口づけをしたいほどに。貴女の事だって触れてみたいと何度も思いました。でも、駄目なんです。わたくしには食虫花様がいますから」

「食虫花様が怒るの? わたしと友達になるだけで?」

 いまいち分かることが出来なくてそう訊ねてみると、鳳は薄っすらと、しかし悲しげに笑んでから、わたしに背を向けた。

「貴女にはまだ早いお話だったようですね」

 そう言って、彼女は去っていく。

「でも、いつか分かる日が来るでしょうね、可愛いお姫様」

 何のためらいもなく部屋を出ていってしまう。きっとまた食虫花の所に行くのだろう。わたしが知らないところで二人が何をしているかなんて知らないけれど。

 鳳が何処かへ行ってしまえば、わたしはまた一人だ。食虫花がいつ来るかなんて分からないし、鳳以外の屋敷の者なんて殆どわたしに関わってはこない。鳳と蝙蝠以外にも屋敷に住んでいる人たちはいるけれど、皆、何故だかわたしを好いてくれない。特に、食虫花に褒められたり、優しくしてもらった後は、何処か冷たい視線で見つめられることが多い気がした。

 何故なのか。

 わたしは分からない。分からなくていい。分からない方がいいのだ。それが食虫花の望んでいる事。彼女の言う事を聞かなければ、王子様に会えない。だって、王子様が言っていたのだ。此処のお姫様として振る舞っていなさいって。

 その日の昼過ぎ、部屋に閉じ籠るわたしの元に食虫花は会いに来た。

 鳳に何か聞いたのだろうか。いつもと変わらない挨拶で出迎えたけれど、彼女はわたしを見つめたままじっと様子を窺ってきた。

「食虫花様……」

 耐えかねて、わたしは口を開いた。

「どうなさいました? わたし、また何か粗相をしてしまったのでしょうか?」

 訊ねてみれば、ようやく食虫花は口を開いた。

「いいえ」

 そして、お人形のような手を伸ばして、わたしの頬に触れる。仄かに暖かくて、それでいてピリピリとした何かを感じる奇妙な感触だった。

「鳳が今朝ちらりと言っていたの。お姫様、貴女、蜜をためすぎてしまっているわね」

「蜜……ですか?」

 なんだろう、それは。わたしの身体を蝕むものなのだろうか。分からないままのわたしの態度に、食虫花はようやく華やかな笑みを浮かべた。

「別にいいの。でも、お姫様、しばらくはお屋敷のなかで……私の目の届く範囲で過ごしなさい。もしも、身体が辛くなってきたら、鳳か私に言うのよ。蝙蝠は駄目ね。あの人はたまに節操がないところがあるから。鳳か、私よ」

「……はい、分かりました」

 何のことだかさっぱりだ。けれど、言われたことを守るなら簡単なことだ。心配せずとも、蝙蝠とだけ呼ばれるあの男はちょっと怖い。自ら話しかける勇気なんてない。

 素直に返事をするわたしに、食虫花はゆっくりと視線を合わせる。

「いいこと? 貴女が此処のお姫様でいるならば、そのうちにどんな夢よりも開放的な気持ちにさせてあげる。大好きな王子様の手で、忘れられないくらい素敵な想いを味わわせてあげる。貴女はお利口なお姫様だから、大丈夫よね?」

「はい」

 開放的な気持ちとは何だろう。忘れられないくらい素敵な想いって何だろう。彼女の言っていることの半分も理解は出来なかったけれど、王子様と会わせてくれるらしいことは理解出来たから、わたしは素直に従った。

 ここは食虫花のお屋敷。彼女に従っていい子にしているのが立派なお姫様。

 ――でも、お姫様って何だろう。

 命令されればされるだけ、王子様に会えない日が続けば続くだけ、わたしの疑問は少しずつ成長していく。初めて抱いたのは此処へ来た時。けれど、王子様がわたしに向けた表情と言葉には、その疑問を表に出していいなんて許可は含まれていなかった。

 でも、お姫様ってなんだろう。周りに従うのがお姫様なの? 自分の抱いた疑問を解消することも出来ないものがお姫様なの?

 分からない。だってわたしは本当のお姫様じゃないもの。

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