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7.お約束

 食虫花様がわたしを訪ねてきたのは、あげはがいなくなって暫くの事だった。

 あまりにも放っておかれたのでわたしは半分ほど眠ってしまっていた。温かくて柔らかい寝台の上にいるだけで、睡魔に襲われたのだ。思えば、昨日はあまり眠れなかった。王子様との別れが心残り過ぎて、なかなか寝付けなかったのだ。そのしわ寄せが今来てしまっている。

 うつらうつらしていると、突然物音がして閉め切られていた扉が開けられたので、びっくりして飛び起きてしまった。驚くわたしを余所にその人物は入って来る。その姿を一目見ただけで、わたしは更に緊張を強めてしまった。

 花だ。たしかに花だった。直感で分かる。同じ花だもの。きっと花同士にしか使えない言葉だって彼女とやり取りできるだろう。しかし、何かしら違和感があった。髪が金色であることではない。ああいう色の髪の花は見たことがある。同族じゃなくたって、この森にはいるものだ。目はわたしと同じ系統。少し濃い色をしているのは、濃い血を引いているからだろう。

 じゃあ、なんだろう。何が違うんだろう。

「初めまして、お姫様」

 丁寧な口調で彼女はわたしに挨拶をしてきた。

 扉が閉められて二人きりにされると、何とも言えない緊張感が生まれた。しかし、逃げようだなんて思わなかった。だって、彼女こそがわたしの王子様に用があった人なのだもの。今も何処かに王子様はいるはず。だったら、会わせてくれるのはこの人だ。

「初めまして、食虫花様」

 やや遅れて挨拶を返すと、食虫花は小さく「まあ」と呟いた。

 ゆっくりとした動作でわたしに近寄ると、その美しい手をわたしの白い頭にぽんと置いて、優しく撫でる。そうしてから静かに視線を合わせてきた。

「お行儀がいいのね。さすがお姫様だわ。王子様がずっと心配していたのよ。貴女を残してきたことを気にしていたの」

「それであのおじさんを使わせたの?」

「蝙蝠の事ね? ええ、貴女が悪い胡蝶なんかに捕まるより前に、安全なこの場所に連れてくるようにってお願いしたのよ」

 蝙蝠。やっぱり、王子様やあの男の種族の名前なのだ。しかし、やっぱり王子様は王子様だ。女性であっても、蝙蝠であっても、わたしにとっては王子様。

「ねえ、王子様は何処なの? 会えるの?」

「ええ、会えるわ。貴女がお利口にすればするほど会える機会も増えるの。きっと大丈夫ね。貴女はお姫様だもの。お行儀がいいお姫様だったら、私を困らせたりしないわよね?」

「困るようなことってなあに? わたし、気をつけるよ? だから、王子様に会わせて」

「あらまあ、お利口さんね」

 食虫花は淡々とそう言って、わたしに視線を合わせた。作られたお人形のような顔がじっとわたしを見つめている。その目はとても綺麗な赤色だけれど、本当に心が宿っているのか何故だか疑わしく思ってしまう。

 威圧的。その言葉がぴったりだ。王子様を演じてくれた彼女とは大違い。その姿はまるで一つの国を支配する女王様のようだった。

 ――無理もないわ。このお屋敷の御主人様なのだもの。

 きっとわたしには想像出来ないくらい偉いのだろう。

「じゃあ、教えてあげるからよく聞いてちょうだい」

 食虫花はわたしの頭を撫でながら語る。

「お屋敷を勝手に出ては駄目よ。このお部屋も出来るだけでないようにしましょうね。これから王子様はちょっとだけ忙しくなるの。お外は危険がいっぱいだから、貴女を助けに行ける人がいなくなる。だから、お屋敷のなかで過ごしなさいね」

 それなら簡単だ。これまでだって同じだったもの。王子様がくれた温かな草花のお城でじっとしているだけの日々だった。あの時と変わらない。変わるとすれば、あの時よりも何処か冷たい雰囲気になるだけ。

 黙って頷くわたしを見て、食虫花は目を細める。

「もう一つ。このお屋敷では私の言う事を一番に聞くのよ。王子様は忙しくて疲れてしまうだろうから、休ませてあげましょう。私の言う事を聞けば、立派なお姫様にしてあげる。そして、王子様を安心させてあげるのよ」

「立派なお姫様に……」

 見上げてみると、宝石のような目が真っ直ぐわたしを見降ろしていた。

 その目を見ていると、なんだか奇妙な気分になる。同じ花の一族の人なのに、魔女かそうじゃないかってだけでこうも違うのだろうか。

 くらくらしつつもじっとその視線を受け止めていると、食虫花はふと表情を変えた。

「素直で可愛い子ね。私が生んだ子供たちよりもずっと健気だわ。王子様が貴女を選んだのもきっと、放っておけなかったからでしょうね。お姫様、どう? お約束は守れそう?」

「……うん――はい、守れます」

 きちんと言いなおすとそっと目を細め、食虫花は頭を撫でてきた。

 柔らかくて、優しげだけれど、何故だろう。王子様にされるのとは大違いな気がした。食虫花に優しくされればされるほど、王子様のことが恋しくなってしまう。

 どうしてだろう。

「それならよかった。しばらく此処で待てるかしら? 王子様を必ず連れて来てあげるわ」

 ――必ず。

 その言葉に今まで感じた疑問も不安も何もかもが吹き飛んだ。

 会える。王子様にまた会える。その事があまりにも嬉しくて、気持ちが高揚してしまったのだ。この人が連れて来てくれる。わたしは此処で待っていればいい。簡単な事だった。場所が変わって、少しだけ状況が変わっただけなのだ。

 やがて、決して短くはなかった時間を一人きりで過ごした末に、ようやくその時は訪れた。

 食虫花。謎の魔女。彼女は約束を守ってくれた。わたしと王子様の上に立つ新しい女王様。けれど、どうしてだろう。わたしは何故だか気付いてしまったのだ。

 食虫花と共に部屋に来た王子様が暗い顔をしている事に。そして何処か、食虫花に対して警戒心を抱いている事に。

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