告白
千咲は、現状を理解できていなかった。
どうしてこうなったのか。千咲は今まであった事を必死で脳内で整理する。
(お母さんが死んで… 志磨さんがやさしくしてくれて… 旅行に誘われて…
今首を絞められていて…)
おかしい、おかしい、おかしい。
どうして首を絞められているのか。今までの出来事のなかで、私が恨みを買うようなことがひとつでもあっただろうか?
薄れゆく意識の中で志磨の声が聞こえる。
「やっと……できた…千……は僕が……だから…」
雨の音がうるさくて、細かいことは聞こえない。薄暗くて、表情も見えない。先程までの彼とはまったく違う人間に見えた。
(私、死ぬのかな 何が起こっているかもわからないまま…)
千咲が死を覚悟したその時…
「あんた、何しとんねんやあああっ!!」
瞬間志磨の手の力が緩み、千咲は地面にくずおれた。
声のする方を見ると、両手で廃材を抱えて息を荒げている…美香の姿があった。
「千咲ちゃん… 逃げるで!」
言うが早いが、美香は廃材を投げ捨て代わりに千咲の右手首をつかみ、走り出した。
志磨は地面につっぷしたまま動かない。
千咲は美香にひっぱられ、漆黒の森の中へとかけていくこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「志磨は、あんたを恨んどる」
山の中の廃屋に身を潜め、美香は小声でそう切り出した。
「その原因は、あんたのお父さん…俊也さんが関係してる事や」
その言葉は千咲には衝撃的だった。
「お父さん…? だってお父さんは、私が生まれてすぐお母さんと離婚して…それから一度も会ってないんですよ」
なのに、お父さんが関係しているなんて。
「それは、あんたを想ってのことやったんやろうなあ」
「どういう…ことですか?」
「志磨のお父さん、大輔さんは、昔俊也さんと同じ会社に勤めていたんや」
美香は粛々と語り出した。
「二人は同期やった けど、大輔さんはとんとん拍子に出世していく一方で、俊也さんは平止まりやったんよ」
一度も聞いた事のない、父の過去。
千咲は聞き漏らすまいと、必死になって話を聞いていた。
「ある日、大輔さんが会社の金を横領していたのがばれたんや。それを暴いたのは俊也さんやった 大輔さんは当時生まれたばかりの志磨のためにお金を使いすぎていて…生活費が足りなくなって横領を繰り返した」
悪い人やあらへんのや、と美香は悲しそうに言った。
「大輔さんはクビ。代わりに俊也さんがそのポストにまで昇格した。 大輔さんは妻にこそ分かってもらえたものの、周りからの風当たりが強くなってしもて、逃げるようにこの山ん中で仕事を始めたんよ。そしてその憤りは、次第に横領を暴いた俊也さんに対する恨みに変わっていった」
「そんな…逆恨みじゃないですか」
「そうかもしれんな」
あきれた話だ。逆恨みにも程がある。悪い事をしていたのは大輔さんの方じゃないか。
「せやけど、それが今の状況を引き起こしてるっていうのは事実や。大輔さんは毎晩息子に俊也さんの悪口を言った。あいつのせいで俺たちはこんな貧乏なんだ、あいつさえいなければ… と。そして、」
「あいつにもし家族がいるなら、そいつらも皆殺しだ…ってな。」
千咲は戦慄した。冗談じゃない、そんな逆恨みで殺されてたまるか。あんなに優しそうだった大輔のイメージががらがらと音を立てて崩れ落ちていく。
「志磨のお母さんは大輔さんの給料が減った分を補うためパートに出ていてほとんど家にいなくてな、志磨はお父さん子やったのよ。そのお父さんが悪くいう人なら悪い奴に違いない、お父さんの言うとおり家族ごと殺さなきゃならない。そう思いこんでしまったんや。でも、俊也さんは大輔さんが会社をやめたあとすぐに離婚した。なんでか分かるか?」
「…私たちを、守るため?」
「そうや。離婚して家から二人を遠ざけて、大輔さんと志磨の魔の手から守ろうとしたんや」
「でも、お母さんは価値観の違いで別れたって… 金銭的援助もないってぼやいてました」
「それはあんたん騙すための嘘やろな。そうでもいっとかんとあんたがお父さんとこ帰って見つかってしまうと思ったんやろう。お金を振り込んだのがばれたら、家族がいるってばれてしまうかもしれんとおもっとったんかもしれん」
「じゃあ…私は、お父さんに愛されている?」
「そんだけしてもらえるんやから、愛されてない訳ないやろ?」
美香が当然のように返したその言葉が、千咲はなにより嬉しかった。目から涙がこぼれおちた。
「でもな」
美香は一気に険しい顔になる。
「神の悪戯か知らんけど、千咲ちゃんたちが引っ越した部屋の隣に志磨はひとりぐらしのために引っ越したんや。あんたのその赤みがかったほわほわの髪と顔を見てすぐに俊也さんの娘やと気づいてしまった。そんときの志磨は嬉しそうやった。でもうちは、憎悪に駆られる志磨を見ているのがもうつらくなったんや… だから、別れを伝えた。でも、千咲ちゃんのことが心配で、ときどき物影に隠れてこっそり見ておったんよ そしたら車に乗り込むのが見えて、尾行してきたってわけ。ごめんな、もっと早く助けてあげられんで…」
「いえ、美香さんが謝ることなんて一つもないんですよ!助けて頂かなかったら今頃私は…」
そう言って、千咲は恐ろしさに身震いした。もし美香がこなかったら…千咲は間違いなく、屍と化していただろう。
「それなんやけど、実はな…」
「おしゃべりはそこまでにしてください、二人とも」
聞き慣れた声が二人の正面から聞こえてきた。