旅館
「千咲さん!迎えにきましたよ」
「あ、ありがとうございます 準備、できてますよ」
義院と千咲は二人で、アパートの駐車場についた。
そこには小さな白い軽トラがとまっていた。
塗装は所々剥がれており、お世辞にも綺麗とは言えない。
「本当はかっこいい車がよかったんですけどね… なんせお金がないから」
義院は恥ずかしそうにそういう。
「い、いえ!私免許ないですし、ありがたいです」
慌てて千咲はそういってみるも、ちょっとがっかりしたのは事実だ。
「…ごめんね、さあ乗って」
「ありがとうございます お邪魔します」
「お邪魔されましたー」
「え、ひどいです!」
そんな会話をしながら、二人で出発した。
…その様子を一人、物影から見ていた人物がいた。
「千咲…」
苦しそうに唇を噛みしめながら、ゆっくりと立ち去っていった。
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「わあ…!」
千咲は思わず車窓から外を見て声を漏らす。それもそのはずだ。義院の父親が経営している旅館は山奥にある。今はちょうど紅葉が始まるシーズンなのだ。美しい木々に囲まれた旅館は、何処か異彩だった。
(雨降らなくてよかったな)
夜だったが、旅館のまわりの紅葉は綺麗にライトアップされており、それがいっそう美しさを引き立たせた。
軽トラを駐車場にとめ、旅館に向かう。
「あれ、車一台もとまってませんね」
千咲が気づく。
「…あぁ、今日はたまたまお客さんがいないみたいだね」
一瞬義院の雰囲気が変わった気がしたが、暗くてよく見えなかった。きっと気のせいだろう。
玄関には、義院にそっくりな人が完璧すぎる笑顔で立っていた。
「ようこそ!ここはうちの旅館だ 私は 義院 大輔というものだ まあ、けして新しいわけではないが、楽しんでいっておくれ」
「親父、見栄張るなよ」
「こんなときぐらい張ったっていいじゃないか、志磨は手厳しいなあ」
大輔は笑みを崩さない。
(中がいいんだなあ)
千咲は少し羨ましくなった。
「部屋の準備はしてあるから、荷物をおいてくるといい うちは露天風呂だよー」
「ありがとうございます」
「夜遅いし、先お風呂はいっててください 僕荷物もってきますよ」
「志磨こそ見栄張ってるじゃないか」
「うるさいわい」
(本当に仲がいいんだな)
ちょっと笑ってしまう。
そして荷物を志磨に預け、大輔の案内のもと千咲は浴場に向かった。