自宅にて
苦しい。息ができない。
千咲は一人、暗闇でもがいている。手が伸びてきて、首をぎりぎりと締め上げる。その手は千咲が息絶えそうになると離され、回復したとみるとまたすうっとのびてくるのだ。地獄の苦しみがいつまでも続く。手の主はわからない。
「かっ!…はあ…はあ…」
千咲は布団から汗びっしょりで飛び起きる。鼓動は速く、今にも心臓が爆発しそうなほどだ。
「夢…」
変な夢だった。と思いながら時計を見る。丁度朝の6時だ。ほわほわの髪をくしでとき、可愛らしいボブに仕上げていく。お通夜やお葬式の準備は昨日のうちに義院さんとすませた。呼ぶ身内もいないので、準備はすぐに終わった。タンスから母の喪服をひっぱりだしてきて、着替える。しっかりしなければ。
そして千咲は、義院と二人きりで静かに優子を送り出した。
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葬式から一週間がたった。千咲はあれから、まともに眠れていない。いや、眠るのが怖いといった方が正しい。毎日多量のコーヒーのみを摂取し、極力眠らないようにしている。夢が、怖いからだ。寝ると必ず首を締められる夢を見る。力の強さは増していっている。起きると首にうっすら指の痕がついていたこともあった。千咲はやつれ、赤みがかった髪は栄養失調と睡眠不足でますます赤くなっていった。学校にはずっといけていない。友達は心配しているかもしれないが、千咲は携帯も持っていない。連絡手段がないのだ。固定電話はあるが、友達は誰も番号を知らないだろう。目の下に真っ黒なくまができ、体重も大幅に減った。
そんな千咲を心配して、義院はときどき千咲の部屋を訪ねてくるようになった。義院の彼女、美香が一緒のときもあった。美香は義院と同い年の会社員で、優しい人だった。もう着なくなったから、といって明らかに新品の服を千咲にくれたりした。でも、千咲はどうしても美香のことを好きにはなれなかった。
ふらふらながらも、千咲はもらった服を洗って干す。
「いい人なんだけど…どうして好きになれないんだろ」
千咲はそうこぼす。乾いた服を取り込んでいく。
「義院さんと美香さんが二人でいるのを見ると…なんか、やきもきするんだ」
その感情が何かわかるまでには、千咲にはもう少し時間が必要だった。変な気持ちになってどうしていいかわからなくなったとき、
ぴんぽーん
『もしもし、千咲さん いますか?』
今、一番会いたくて会いたくない人の声がインターホンから聞こえてきた。