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愛をこめて

作者: 灰梅澄人

 この世界に死神という存在が生まれて久しい。それは空想上のモノではなく、現実的に舞い降りる、死の神だ。

 今日も死神は空を飛んでいる。それに昼夜の区別はない。払暁の頃から黄昏、そして夜半から明け方まで、常に我々の上に居て、いつでも襲ってくる。つまり、我々の世界は、死が見えるのだ。

 死の可視化は、様々なビジネスを生み出した。自分のクローンを作り、それをデコイとして使うやり方がその最右翼だろう。

 死神が、何を持って死を与えるかについては、既に科学的に突き止められている。死臭と呼ばれるものだ。死ぬ前24時間の間、それは出る。これを死神に嗅がれれば、食らいつかれ、命がなくなるのだ。なので、この死臭を放つようになった体を切り捨て、脳だけ新しい体に移すという手術が行われている。その為、クローン産業は花盛りだ。ある一定の年齢になったらクローンを作る、というのは一種のステータスとなっている。脳移植手術をしても永遠に生きられると言う程の技術はまだなく、性的行為による種の存続も有用と考えられているので、クローンはステータスとしての意味合いが強いのだ。

 とはいえ、クローン技術は金がかかる。一番かかるのは養育費。つまり維持費だ。どうせ体を入れ替えるなら、しっかりと体の出来上がったモノに、若く、健康的で、性的魅力に優れたモノ移りたいのは理の当然だ。しかし、何が原因で起きるかは分かっていても、何時起きるか分からないモノに色々と長々とお金を使えるのは、どうしても富裕層に限られる。畢竟、中流層が無理にクローンを生んで、しかし維持出来ない状態は頻出したし、適齢が過ぎたクローンは当然必要が無くなる。そうしたクローン体は当然処分されるのだが、裏ではそれを生かして鑑賞用として作り上げる生業も存在していた。

 俺も、そんな経緯のクローン中の一人だ。名前は無い。廃棄されたクローン体に名前など無いのだ。だから番号で、F35というので呼ばれている。

 俺は今日も黙々と体を鍛える。周りには、同じように集められた男や女がいる。どの者も整った美を持っている。それが、更なる鍛錬により、整った体を作られる。単にマッチョではない。美的を意識した、筋肉バランスを求められる。その為に、必要最低限な筋トレ以上はむしろ止められる場合もある。

 俺も、その内だ。今日の分の運動ノルマを早々に達成し、体をクールダウンさせてから、俺は食事室に向かう。栄養バランスと毒素の無い事に関してだけはしっかりとした食事を、そこで取る。そうしながら、俺は考える。今日のこの後の行動だ。することは後は食事くらい。読書も礼儀作法もあらかたやっている。ただ、自分を買う相手が見つかるまでの、無為な時間。俺は、それに厭いていた。ここにいる奴は誰もがそうだろう。実際にその厭いに死を求め、自殺を遂げる者もいる。

 だが、俺にはそれはやる気にならない事だった。死神に抗う為に生まれたこの身を、あっさりと死神に明け渡すのは、主義に反すると思ったからだ。主義に反する、とは自分でも中々皮肉に満ちていると感じる。その主義が自分の物であるのかという、自分の体が自分の物であるかという、誰かのクローンとして生まれ、それ故にそれが本物の嗜好に沿った主張なのではないかという、そういう類の事を考えなくもない。

 だが、その思考は一切無駄だ。どの道俺達も、死神に食われる運命だ。それは、誰も逃れられない。延命をしていても、いずれは死臭を放ち、死神に狙われる。なら、その間をどう過ごすかが、もっとも求められることだ。死について考えるうちに、俺はそう思うようになった。

 と言って、今の生活から抜け出る方法は一つ。鑑賞用として飼われることだけだ。それも、何時になるかは分からない。死ぬまで、死神に喰らいつかれるまで、ここで生きるのかもしれない。それでも、俺は不純に過ごす気にはならなかった。それが、死の対策として生まれた自分の、譲れない所ではないかと思ったからだ。それも、元の人間の物の受け売りかもしれないが。

 そんなどうにもならない日常を送っていたある日、俺に買い手がついた。

「F35」

「あいよ」

 追い立てられる様に言われ、俺は一丁前に仕立てられたスーツを着て、部屋を後にする。もう戻ることも無い場所だと思うと、ちょっとした寂寥感があったが、気持ちはむしろ前に向いていた。一体誰が俺を買ったのか。あるいは、何の目的で俺を買ったのか。俺達が買われた後どういう処遇になるのか、についての情報に対するアクセスは禁じられていなかったが、それなりにフィルタリングしているのはなんとなく分かっていた。ろくでもない事になる場合もあるだろう、というのは皆が勘づいている所であった。しかし、飼われれば今の暮らしよりはマシになる場合が多いだろうとも、思っていた。

 その一つの答えが、今面会する御仁によって明らかになる。鬼が出るか蛇が出るか。

「入れ」

 俺は男に追い立てられる様に、目の前の部屋に入っていった。

 そこに居たのは、一人の老婆だった。当然、見覚えはない。小柄なその姿は見るからに品も人も良さそうなタイプで、それでこんな犯罪組織じみた所からクローンを買うとは到底思えなかった。しかし、実際目の前に居る。

 その顔が、俺を見て一気に華やいだ。そして言う。

「あなた……!」

 いきなり抱きつかれた。抱きつき、泣きじゃくる。

「ああ、あなた……!」

「えと」

 困惑する俺に対し、老婆はしばらく抱きついたまま、離れない。

 と。

 俺は慄然とする物を感じた。今、この老婆から死臭が臭っている。今までにも自殺しそうな奴が発していたから知っている臭いだ。それが、する。それも大変濃い臭いだ。今にも、死神が降りててきそうな。

「あんた!」

 俺は警告を発しようとする。だが、意味がない。死神を退治することは誰にも出来ない。それは可視化されているだけで、裏技でも回避が出来るだけで、相対すればどうにも出来ないモノなのだ。それが、今にも。

「あなた、一つだけ言わせて」

 老婆は抱きついたままで、顔を上げて、涙で赤くした目で、俺を見つめて、言ってくる。

「ありがとう。あなたと出会えて、幸せでした。これが、あなたの最期の時にに言いたかったの」

 俺は、何か答えるべきか迷った。だが、その迷いの時間の間に、老婆は俺から離れ、置かれた椅子に座り。

 死神が降りてくる。

 実際に目にしたのは初めてだ。ただ黒い固まりのようなそれは、老婆を一瞬で包み隠し、そしてまた一瞬後に上っていった。本当に、瞬きの間の出来事だった。そして、部屋には老婆の死体と俺だけが残された。


 俺は、街をそぞろ歩く。俺は、外に出る事を許された。正確には、老婆に買われたので、あの組織とは手切れになったと言うべきか。組織について何か言うことが無ければ、特に追っ手のようなものもかからないそうだ。犯罪組織にしては良心的である。それだけ、老婆の金払いが良かったということもあるだろう。

 老婆は相当の資産家だったらしい。その遺産で、俺は楽に生活している。

 施設の外は、施設の中とは比べるのもおこがましい程、刺激に満ちている。ただ生かされているだけだったあの生活から、この外での生活になって、大変なこともあるが、それでも毎日が楽しい。俺は、あの老婆に感謝を述べないといけない。だが、老婆は死んでしまった。

 だから、俺は感謝を伝える事が出来ない。俺は暁を見ながら、その事実を噛みしめるのだった。

三題噺メーカーのお題をこなす回第5回。お題は「暁」「死神」「鑑賞用の主人公」でジャンルは「SF」。SFに苦手意識があったので難儀したが、基本的にハッタリで何とかした感ある。ワード使ってればSFって訳でもないよなあ。とは思うも、今回のお題が中々難しかったので許していただきたい。

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