野菜部の愉快な仲間たち
「大地、お前どこか入部する部活あるか?」
今年の春から農業高校に通う大地。
放課後の1年B組の教室で、早くも友だちになった伊藤孝介と喋っていとき、そういわれた。
「入部希望する部活だよ、あるか? なかったらオススメの部活があるぜ」
「部活か。俺、妹いるし、帰りが遅くなる部活はちょっとなぁ……」
「いや、そんな遅くはならないんだ」
といって、孝介は大地に部活勧誘をはじめた。
「週に3回だけ活動する部活で結構簡単だ。帰宅する時間は遅くならないし、育てて収穫した野菜は持ち帰ってもいいし、自分で売ってお金にしてもいいらしい。お得な部活だ」
「なんだそりゃ? そんなの初耳だぞ、なんていう部活なんだ?」
「野菜部」
「野球部?」
「や さ い ぶ」
「野菜部か」
そんな部活があるのか、
(さすが農業高校)
大地は関心した。
孝介は力説してみせる。
「自分たちで野菜を栽培するんだ。それを収穫して持ち帰ろうが、売ってお金に換えようが構わないらしい。栽培する野菜を自分たちで決めて、それを育てるのも自分たちでやる。途中で枯れたとしても、それは自分たちの責任なんだとさ。野菜のタネや苗を買うのには、ちゃんと部費が出る。どうだ? やらないか」
「マジで? 元手不要な上に、育てた野菜を持ち帰ってもそれを売ってもいいって。しかも週3回の活動。なんかテレビショッピングやマルチ商法みたいな謳い文句だな」
そういう大地だが、嫌な感じはしなかった。むしろ好意的だった。
栽培して収穫した野菜を持ち帰れば、すこしでも食費の節約になるし、自分で栽培した野菜なら安心して食べられる。
そして最後に、部活に入部しないでフラフラしていても仕方がない。
バイトする時間はないけれど、かといって真っ直ぐ自宅に返るには時間が勿体ない。
帯に短し襷に長し、という中途半端な時間を、大地は持て余していたのだった。
孝介の説明に大地はうなずいて、別にいいけど、と返事をしようとしたとき——
「こーすけー」
女の子の声が、大地より先に投げかけられた。
「おう、恵理えり。入って来いよ」
声の主は別のクラスの女子。孝介を訪ねてB組の教室にやってきたらしい。
活発そうな女の子で、「ヤッホー」といって、軽く手を上げた。
卵形で整った顔立ち、胸元まで伸びた髪を左右二つに束ねてリボンで結んでいる。
恵理といわれた女の子が教室後方の引き戸から入ってきて、
「孝介、ちゃんと勧誘してる?」
「まぁな。そっちは?」
「こっちもやっている。友だちが入部してくれるって」
いいながら、恵理の目線が大地に向く。
そこで孝介が、
「大地、紹介するよ。おなじ中学から進学した佐々木恵理」
と紹介して、恵理にも、
「んでこっちは日比谷大地。おなじB組の友だちだ」
「ども」と会釈する大地。
「よろしく」と恵理。
2人とも、なんだか照れ恥ずかしくなって妙に緊張してしまう。
「で。大地、どうする? 野菜部に入部しないか? いま勧誘しまくってるんだ。な、恵理」
「うん、そうなの。わたしの姉がここの卒業生で、野菜部の部員だったの。今年卒業したんだけど、実は姉の下に部員がいなくて、このままだと休部になるの。大地君でいい?」
「呼び捨てで良い」
「それじゃ大地君で」
さらりという恵理。はなしを続けて、
「大地君が入部すると、ちょうどよく野菜部が休部にならずに済むの。お願いっ! 入部してくれない? この通り!」
ぱん、と両手を合わせて大地を拝む恵理である。
「ああ、うん」
と大地はうなずいて、別にいいけど、と恵理に返事をしようとしたとき——
「えぇーりぃーちゃぁーーん!」
女の子の声が、大地より先に投げかけられた。
「あっ、のんびー! こっちこっち」
またしても別のクラスの女子。今度は恵理を訪ねてB組の教室にやってきた。
のんびーといわれたその女の子は、にこやかで柔和な微笑みを浮かべている。
まるで日光浴をしてホッコリした感じの表情だ。
背は高くもなく低くもなく、セミロングの髪をなびかせて、ゆるりと教室に入ってきた。
「掃除で遅くなってなー、それとB組が分からなくてなー、ちょっと迷ったー」
関西訛りっぽいしゃべりをして、大地たちの所に歩いてきた。
「恵理、関西人を勧誘したのか?」
孝介の問いに、恵理が答える。
「ううん、秋田県民だよ。根っからの秋田っ子。紹介するね。こちら、畠山日向ちゃん。おなじ生活科学科で友だちになった」
恵理は日向を紹介して、次いで大地と孝介を紹介した。
大地と孝介はともに農業科学科である。
「関西人じゃないのか? 偽物か? エセ関西弁か?」
矢継ぎ早に質問する孝介に、日向は苦笑しながら、
「ちゃうねん。ウチのしゃべりには、ウチの複雑な家庭の事情が深く関係してるんや」
「家庭の事情? なんやそれ」
「なんで孝介も関西弁なんだよ?」
ツッコミする大地。
「気になるやろ? はなしてもええで?」
日向は勿体ぶった言い方をする。
これに大地、孝介、恵理の3人が首を縦に振った。
「へば、話したる」
(……へば?)
大地は眉根を寄せて、日向のはなしをきく。
「事の起こりは、ウチがおかんのお腹にいた時分や」
日向は語る。
「ウチの両親旅行好きでな、産み月なのに大阪と京都へ旅行しに行ったん。で、そこでウチがポコ・ズル・オギャーって産まれて、2週間ほど現地の病院で過ごしたんや」
フムフムとうなずいて相づちする大地ら3人。
「問題は小学校の時やった。これを友だちにゆーたら、一応関西産まれの関西人になるんだから関西弁しゃべれ、っていわれたんや。いまやったら、むちゃゆーなー、っておもうけれどやで、その頃は純粋な子ども。そうか! って納得して関西弁をしゃべりだしたんやけど、如何せん、住んでる所は秋田県やさかい関西弁なんて知らんやろ? それでも子どもながらに調べていまに至るんや。けど、関西弁の前に秋田弁が染み付いとる。しかも標準語も混じる」
日向は、はぁ……とため息を吐いて、
「んだがら、ウチは秋田弁とヘンテコ関西弁と、時々、標準語なんや」
「それどっかで聞いたフレーズだな。……時々、オトンみたいな」と大地。
「ウチも苦労してるんやでー。特に方言の接続詞やな。『へば』とか『んだがら』は秋田弁やろ? せやかて秋田県内でも『へば』の類語で『せば』もある。標準語なら『そうすれば』とか『それでは』の意味や。これが関西弁だと『ほんなら』とか『ほなら』になる。日本語は難しいでー。しかも、授業では英語も覚えろって、酷なはなしやでぇ」
「あはは……」
恵理の乾いた笑い。
「でも一番残酷だったのは、ウチが産まれたっていう病院、滋賀県やねん。ビミョーやねん。地理に明るくない東北の人は北信越か東海だと勘違いしとるでぇ……」
「そうか? 俺は一応関西だと知ってるけど」
そういう大地に、孝介が、
「関東の人間だからな、大地は。江戸っ子だろ?」
「いや、東京生まれの東京育ちだけど江戸っ子……ではないな。父方の名字が日比谷という地名なだけで……母方は佐藤だ」
「先祖代々江戸っ子じゃないのか? 喧嘩と火事は江戸の華なんだろ? そういえばこの前、近所で火事があった。アレは大地か?」
「知らねーし。俺が放火したようにいうなって」
大地はジト目でいう。
「日比谷大地かー」と日向。「やっぱり日比谷線なんか?」
「はい?」
「日比谷線なんやろ? ウチは知ってるで! 大地は日比谷線に間違いない!」
日向はキリリとした顔で大地を指差した。
「ん? まぁ向こうにいた時は利用してたけど」
「やっぱりなー。ウチの睨んだ通りや。で、日比谷線ってなんや?」
「知らないでいったのかよ!?」
「実はなー」
あはは、と日向は頭を掻いて笑い、
「電車の線路やろ? それくらいなら知っとるで?」
「それ以外の何者でもないが……日比谷線って東京メトロが運営してたとおもう」
「東京メトロ、地下鉄ね」
と恵理が、知ってる知っている、と妙に納得顔でそういった。
「へば、地下を走る線路なんやね。日比谷線は地下鉄だったんやなー」
「いやいや、地上にでる箇所もある。北千住から南千住まで地上で、そこから中目黒までは地下を走る。けど、中目黒まで来るとまた、ひょっこり地上にでる」
「全部地下ちゃうんか!? それ詐欺とちゃうか?」
「詐欺って……地下が売り物の商売じゃないし…………」
ピントの合っていない会話だった。
すると孝介が、
「恵理がさっき『のんびー』っていったやつ、あれ日向のあだ名か?」
「小学校の頃からのんびりやさんで、のんびーって呼ばれてたんだって」
恵理が答えると、日向が、
「ウチはのんびりしてる自覚ないんやけどなー……なんでやろなー?」
日向はポカーンとした顔で、大地と孝介と恵理を順繰りに見やり、
「なんでやろーなー?」
にこやかで柔和な微笑みを浮かべた。
「「……」」
日向を前にして大地と孝介と恵理は無言。
のんびりというよりも抜けていないか?
3人の共有認識が出来上がった。
「あー…………なんやったっけ? なんのはなし?」
「そうそう、野菜部の勧誘のはなし」
恵理が、ポンと手を叩いて、
「それで大地君。入部してくれないかな?」
改めて勧誘する。
これに大地は、
「いまさっき孝介にきいたんだけど、野菜部の活動は週3回。収穫した野菜は持ち帰ってもいいって、本当?」
「うん。姉の時は、文化祭で野菜を売って、その売上金でボーリングと焼き肉食べ放題の店に行ったんだって」
「どうだ、大地? 入部しないか?」
孝介も勧誘する。
ふと、大地はうしろを振り向いた。
だれも教室に来ないことを確認してからうなずいて、
「いいよ。入部する」
「ラッキー。勧誘成功だ」
孝介が笑いながら、
「これで具志堅か島袋が入部すれば最強だな!」
「何故に沖縄の名字なんだ?」
「秋田と東京と沖縄がいれば最強だろ?」
「ウチは秋田の枠に入ってる?」と日向。
「……んん、まぁ……」
孝介は目線を逸らして下を向き、
「秋田(仮)で入ってる」
「かっこ仮って嫌やー」
日向は、ガーン、とショックを受けて肩を落とした。
「それよりさ。野菜部っていう部なんだから顧問の先生っているんだろ?」
大地が孝介に尋ねる。
「いる。ワクワクさんだ」
「は? だれだ? ワクワクさんって」
「俺たちの担任だ」
真顔で答える孝介。
「担任って……工藤くどう先生か?」
大地と孝介のクラスの担任、工藤先生。
農業高校では、国語や数学、英語などの一般科目と農業科目とがある。
一般科目は1年だけで、2年生3年生になると農業の専門科目を選択することとなる。
生活科学科の恵理や日向も同様で、進級すると生活科の専門科目を選択する。
そのため一般科目の教師よりも農業の専門科目を教える教師の方が多い。
担任の工藤先生もその1人。
教室よりも農場にいる方が多く、露地野菜を専門としている。
露地とはその名の通り、屋根などがなく直に雨露があたる土地で野菜を育てること。一般的に露地栽培という。
逆に屋根などがあって直に雨露のあたらない土地で野菜を育てることを、一般的に施設栽培という。
農業高校で、農場の先生が担任を受けようのうは、しごく普通のことだ。
「工藤先生って、剪定ばさみとかメジャーとかの工具を腰に下げてるだろ? 作って遊ぼうのワクワクさんみたいだから、ワクワクさんだろ」
「安直すぎるだろ……」
「孝介は、こういうあだ名をすぐ付けるよね。中学の時もそうだった」
恵理は、つくづく嫌になるという表情でいう。
「ヤスちゃんが可哀想だった」
「なんや、中学で事件でもあったんかー?」
「うん。私の友だちにヤスちゃんっていう女の子がいて、男子から酷いあだ名を付けられてた」
「いや、そのままのあだ名だ」
「どんなあだ名を付けたんだ?」
大地の問いに、孝介はニヤリと笑って、
「PDMというあだ名。ヤスの特徴を良く掴んだあだ名なんだ」
「特徴を……?」
「ああ。でっぷりと膨れた頬をしていて、鼻はベチャッと潰れて胡座をかいた鼻ってやつ。そんで顎はシャクレて尖ってる。ギョロリとした目。薄い眉毛は青ひげみたくなって、その部分の骨格が盛り上がってる。女子柔道の選手でガタイが良く、耳が潰れてる。転んでも鼻は打たない顔で、見た目バケモノ6割・ゴリラ3割・人間1割。それでも遺伝子的に女子なんだろうな……顔がピンク色なんだ。それをもとにしたあだ名が、ピンク・デーモン・モンスター。頭文字を取ってPDM」
「ひでぇ説明だな」
「そら怒られるでー……」
「ねー! 酷いでしょ! 孝介がひろめたんだから」
「それでも、PDMには一つだけ欠点がある」
欠点だらけじゃないか、ということばを呑み込む大地。
「欠点ってのは、政治家よろしく『鈍感力』が身に付いていたんだ。そりゃお前、PDMは女子柔道の県内最強の選手。あだ名の由来を本人に説明すれば俺の命はない。だが、鈍感力を発揮してくれたおかげでバレずにいる」
「鈍感力……それは鈍感って……んー、いうだろうか……いうだろうか?」
「ま、PDMは柔道の強い高校にスポーツ推薦で合格して、県外へ行ってしまった」
こうして別々の道に進んだわけだ、と孝介は熱く語った。
そんな孝介に、恵理は批難の目を向ける。
大地は「そうか」と一言添えた。
「へば、今日から活動するん? 工藤先生になにかいいに行くとかあるん?」
空気を読んで、日向が機転を利かせる。
これに恵理が乗っかって、
「そうね。入部届けを書いて提出しに行きましょう。活動は次回ってことで。みんなよろしくね!」
「よろしく!」
「了解。これからよろしく」
「たのむでー」
恵理、孝介、大地、日向。
この日、野菜部の部員が集まった。
和気あいあいとした雰囲気に包まれて、大地は居心地の良さを感じたのだった。
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あ と が き
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大地の通う農業高校のモデルは、わたしが卒業した、秋田県立大曲農業高等学校です。ちゃんと実在する高校です。
わたしは、ここの農業科学科を卒業しました。
校歌が、とても印象深いですよ。特に4番の最後。