信号機!
この日は野菜部の活動もなく、大地は早々に下校して、隣家の大葉家へとヒカリを迎えに行った。
「お世話になってます、ヒカリいますか?」
「こんちには大地君。お帰りなさい」
出迎えてくれたのは大葉さんだ。
モデルのようにすらりとした体形で美人。
今年短大を卒業した一人娘の良子の母である。
「ヒカリちゃんね。ちょっと待てて」
大葉さんは二階の良子の部屋に向かって、声をかける。
「ヒカリちゃーん。お兄ちゃんが迎えに来たわよー」
「わーー! おかたづけするから! すぐいく!」
良子の部屋からヒカリの元気な声が返ってくる。
大葉さんがふたたび玄関に歩いて来てくると、大地はいう。
「めぼれちゃんも一緒ですか?」
「あ、めぼれちゃんはお父さんと買い物に出かけたわよ。ヒカリちゃんと少し遊んでから、朝の10時くらいからかな? 夏服を買うっていってたわね」
「そうなんですか。秋田もそろそろ暑くなって来たんで、ヒカリのために夏物を買い揃えたくて、これから行こうと思ってたんです」
「それならいいのがあるわ。ちょっと待てて」
大葉さんは体をひらりと返すとスリッパをぱたぱたと鳴らしてリビンクの方へ小走りに駆けて行った。
とそこへ、階段の上からヒカリが、階段を一段一段足を動かして下りてくる。
階段を下りるときだけ小さな裸足が慎重になる。
「にーちゃーん ヒカリおえかきしてた! りょーこが くれよんかってくれた」
「クレヨンを? 本当に? ちょんとお礼をいったか?」
「うん! ありがとう ってゆった! にーちゃんのえ りょーことかいた!」
ヒカリは、階段の一番下をピョン! と飛び降りて、大地の膝元へと走って来た。
その手には画用紙を持っていて、大地に大きく広げて見せた。
「にーちゃんが おとなのすこっぷもってるとこ! はたけ よいしょーってやってる」
「おお、上手だなヒカリ。良子さんに、『大地お兄ちゃん』って書いてもらったのか?」
「そう! ヒカリ まだ じ かけないから りょーこにかいてもらった! これ おとなのじでかいてるの!」
「漢字な。ヒカリもそのうち書けるようになる」
するとそこへ、リビングから大葉さん、その手に商品券をヒラヒラとさせて来た。
「この商品券、あげるわ。使ってちょうだい」
「えっ? いいんですか?」
「いいのいいの。使い道に困ってたところなのよ。使用期限が今月末で、いらない物を買っても仕方ないでしょ? この商品券は花火通り商店街で使えるの。ヒカリちゃんに帽子を買ってあげて。私の小中学校の同級生がやってるお店があってね」
大葉さんは大地に、花火通り商店街で使用可能な2000円の商品券をプレゼントした。
花火通り商店街は、秋田県にある大曲駅を出たところ正面に『花火通り商店街』とアーチがある。商店街の通りの長さは約300メートルほど。
もとはサンロードという名の商店街だったが、大曲の花火として有名な『全国花火競技大会』に肖って名を変更した。
ちなみに、花火通り商店街を永遠と真っすぐ歩いていくと、大地の通う農業高校がある。大地は自宅から自転車通学だが、大曲駅から通うのであれば高校まで約1.8キロ。徒歩ならば約20分を要する。
商品券をプレゼントした大葉さんは、その商品券で是非同級生の店で買い物してほしいと大地にいった。
「にーちゃん! オーバがゆってる! ヒカリに ぼーし かってあげてって!」
「そうだなあ。ヒカリ帽子はどんなのが欲しい?」
「えっ!? かってくれるの!」
大地の口調から、帽子を買ってくれるのだと察したヒカリは、驚きの表情を浮かべると、すぐに笑顔を見せていう。
「むぎわらぼーし! むぎわらがいい!」
「ええっ!? ヒカリ、麦わら帽子を知ってるのか? どこで知ったんだ?」
「りょーこが教えてくれた! たんぼにたってる かかしさんがかぶってる! ヒカリ それほしい!」
「ど、どうしてまた麦わらを……」
「かかしさんは おこめとかやさいをみはってるから! たべられないようにみはってるから! ヒカリもむぎわらぼーしかぶって おにわのやさいみはる!」
ヒカリは力説した。
ヒカリは大地との約束を守り、家庭菜園で植えたトマト・キュウリ・ピーマンの水やりをしっかりとこなしていた。
大地は三日坊主になるだろうと予想していたが、自ら植えたことで愛着が湧いたのか、ヒカリは毎日まじめに水やりをやっている。
大葉さんの娘良子は、頑張っているヒカリに案山子の話を聞かせてあげたのだ。
それ以降、ヒカリは案山子を尊敬し、妙な憧れを抱いていた。
「まあ……ヒカリが欲しいっていうなら麦わら帽子を買うけど……とりあえずお店に行って、いろいろ見比べてからな」
「うん! みくらべる!」
ヒカリは大きくうなずいて、大地の手を握った。
「それじゃ、大葉さん。商品券、頂いていきます。ありがとうございました。ヒカリも、お礼をいって」
「オーバ! ありがとう!」
「はい。気をつけていって来てね。ヒカリちゃん、帽子を買ってもらったら見せてちょうだいね」
「わかった! ちゃんとみせる!」
大地とヒカリ、大葉さんにお礼をいって、玄関のドアを閉めた。
大地は高校の制服のまま。
ヒカリはチェック柄のズボンに、小さなハートがたくさんプリントされた長袖シャツを着ている。
「にーちゃん すぐにかいものいく!?」
「そうだな、別に制服のままでもいいし。ヒカリは迷子になっても解るように名札を首に下げること。それにサンダルだと途中で脱げてダメだから靴下を履いて靴に履き替えること」
「それしたら かいものつれってくれるの?」
「ヒカリの帽子もそうだし、夏物を買いにいくんだから、ヒカリがいないとダメだろ? 早く準備してこい」
「かいもの つれてってくれるの!? やったー! ヒカリ まっはでじゅんびする! にーちゃんだけ さきにしゅっぱつしたらだめ! ここでまってるんだよ!」
ヒカリは大急ぎで自宅の玄関のドアを開け、仕度に走り出した。
それを見送って大地は、通学用の自転車からヒカリを乗せる2人乗り自転車へと乗り換える。
そしてヒカリにかぶらせるヘルメットを準備する。
ヘルメットは玄関の靴箱の上に置いてあるので、大地は2人乗り自転車を一旦玄関前に止めて自宅の中へ入る。
すると……防犯ブザー付きで名刺サイズの紙が入れられる名札ケースを首に下げたヒカリが、ションボリとした顔を大地に見せていった。
「にーちゃん……ヒカリ かいものいけなくなった」
「ああ? どうして? 体の具合いでもわるくなったのか?」
大地の言葉に、ヒカリは首を横に振っていう。
「ヒカリ びんぼーのこになったから おかね なくなった」
「ん? 貧乏の子になった?」
「うん ほら みて ヒカリのくつした あなあいた びんぼーのこになった」
ヒカリは、今履こうとしていた靴下を大地に見せた。
2つある靴下の片方、親指のところに穴があいている。
「どうして靴下に穴があいてれば貧乏の子になるんだ? しかもお金がなくなったって……」
「うーっ ヒカリ かいものにいけなくなったーぁ!!」
ヒカリは泣き出しそうな声を迸らせる。
慌てて大地は、「そんなことない!」とヒカリの頭を撫でていう。
「別の靴下を履いたらいいだろ? それは古い靴下だから穴があきやすかったんだ。そろそろ買い替え時だったし、これから新しいのを買うからちょうど良かった。買い物に行って、新しい靴下を買うぞ。泣くなヒカリ。買い物に連れてってやるから急いで準備しろ」
「……ほ ほんとーに? ……うん いそいでじゅんびする!」
今度こそ穴のあいていない靴下を履こうとヒカリはマッハで準備に取りかかる。
しばらくして玄関に現れたヒカリは、右と左の靴下の色が緑と黄色で別々だった。穴のあいた靴下だけを取り替えて来たのだ。
「なんで両方の靴下を取り替えてこないんだよ……」
「いそいでたから! はやくかいものにいかないと おみせ おわっちゃうでしょ!」
「そんな早じまいの店ねーよ。全然明るいだろ? 外は。……まあ、いいか。ヘルメットかぶって出発するぞ」
「うん! しゅっぱつしんこー!」
大地はヒカリを自転車の後部に座らせて、まずはショッピングモールに向かうことにした。
このショッピングモールは以前、大地がヒカリを連れて『ふれあいのぱくぱぐショー』を観に行ったところだ。
「もしかしたら にーちゃん! ぱくぱぐがいるかもしれない」
「ああ、前に観に行ったからなあ。でもぱくぱぐは普段、森にいるんだろ? 特別な日じゃないし、いないと思うなあ」
「いないのー? えー ざんねん」
自転車の後部でヒカリはテンションを下げた。
大地がペダルを漕ぐ2人乗り自転車は風を切って走る。
道路の片方は住宅の塀が続き、もう片方は田んぼ。
田んぼでは田植えに向けてトラクターが土を耕起していたり、田んぼに水を入れて代掻きをしている。(代掻きとは:水田に水を引き入れ,土を砕き,ならして田植えの準備をすること)
「にーちゃん くるま! はたけに くるまやってる!」
「トラクターっていうんだ、あの車」
「とらくたー?」
ヒカリは田んぼで代掻きをしているトラクターを指差していう。
「あれ とらくたー? なにやってる?」
「田植えの準備をやってるところだな。田植えをやって、お米を育てるんだ。ヒカリはお米好きだろ?」
「うん おこめだいすき! とらくたー おこめそだててるじゅんび やってる?」「やってるやってる。今の時期は特に大忙しだ。すごい働き者なんだぞ? 手を振って応援するんだヒカリ」
大地にいわれて、ヒカリは手を振って「おこめ がんばって!」と応援した。
田んぼ地帯を過ぎると車の往来が激しい道路沿いを走る。
信号機が何カ所に設置されており、横断歩道を渡ることになる。
横断歩道手前で信号機が赤に変わり、大地はブレーキを握って自転車を止めた。
「あか!」
「ん? そうだな。信号が赤になったな。赤は信号を渡れないからな?」
「しってる! オーバと りょーこにもおしえてもらったもん あかはとまれ! あおはすすめ!」
「黄色はなんだっけ?」
「きーろは とまったり すすんだりする! ゆっくり!」
「うーん……微妙にあってる気もするけど、ちょっと違う気もする。けど、まあ、そんなもんだな」
「しんごー いつあおいになる?」
「もうちょっとだな」
いいさして大地、渡る方とは違う横断歩道の歩行者用信号機が青色に点滅しているのを確認していう。
「いいかヒカリ。にーちゃんには信号機を赤から青に変える魔法の力があるんだ」
「えっ!? しんごーのいろをかえれるの!?」
ヒカリはびっくりした表情で大地の背中に両手をつけた。
「ほんとーに? しんごー あかなのに あおにできるの!?」
「本当だぞ。見てろよぉ……今、指先に力を溜めてるから……」
大地は車が進行中の信号機を見やり、信号が青から黄色へ変わったのを確認する。
そして、赤に変わって、0.5秒程の短い間を開けてから――
「えいっ!!」
今まで赤だった信号機をビシッ!! と指差した。
同時に、大地とヒカリが進む歩道の信号機の赤色が青色に変わった。
「ほんとだ!! えーっ!? にーちゃんすごい! どーやったの!? あおになった!」
「すごいだろぉ? にーちゃんは何だってできるんだぞ」
大地は上体をひねってうしろを見、得意気な顔をヒカリへ向けた。
そして、青のうちに横断歩道を渡ってしまう。
「にーちゃん じつは しんごーをかえる まほうつかいだったんだ! すごかった! あっ! まえにも しんごーある! あか! にーちゃん もういっかいやって!」
「前って、ずっと前だぞ。あんなに遠かったら魔法は届かないんだ。魔法はもう少し信号機に近づいたらな」
約300メートル前方に信号機が見える。今は赤。
大地は信号の色と自転車を漕ぐ力とを調節して、今度は自転車を漕ぎなが信号機を指差した。
「えいっ!」
「あっ! また しんごーかわった! ほんとに! ほんとにかわった!」
ヒカリは大地の背中をぱしぱしとたたき、大声をあげて喜んでいる。
「ハハハー、今度は走りながら魔法を使ったんだ。すごいだろ?」
「うん! すごい! すごすぎ にーちゃん! あっ もういっかい しんごーある!! またやって! しんごーかえて!」
「ああ、あの信号は変えなくてもいいんだ」
大地は信号を渡らずに、歩道からショッピングモールの敷地へ入った。
「魔法は何回も使えないんだ。いっぱい使ったら疲れちゃうだろ? 疲れたらヒカリの買い物ができなくなる」
「ええー! そうだったの!? じゃあ あんまり まほうつかっちゃだめ!」
「そうだな。だけど、ヒカリの買い物が全部終わって、家に帰る途中、信号が赤だったら魔法を使うぞ?」
「うん! それだったらいい! ヒカリに あとで まほうおしえて!」
ヒカリは大地にお願いした。
そうして、自転車が駐輪場の段差を乗り越えるときの衝撃に備えて、ヒカリは後部にあるハンドルを掴んだのだった。
大地は最初に農業用品が置いてある資材館へと向かった。
そこで家庭菜園で新たに必要となる資材を5000円以上購入し、自宅へと配達してもらう。(5000円以上の買い物で配達料金が無料になる)
「よし、次はヒカリの夏服だな。最初からヒカリの買い物すると時間かかるし、買ったあとにここに来ると、ヒカリは帰りたいっていうからな」
「そんなより にーちゃん! はやくかいにいこっ! くつしたかう!」
「そうだな、穴があいちゃったもんな」
大地はヒカリと手をつないで子供服を置いているアパレル店に向かう。
男性向け・女性向けの店が並ぶ中、子供服専用の店もある。が、その中で、靴下だけを取り扱っている店が一店あった。
「にーちゃん! あそこにくつしたうってる! びんぼーのこにならなくていい!」「そんなに大声でいわなくていいから。ちょっと恥ずかしいだろ」
店に入って、あれこれ靴下を物色していると、女店員が声をかけて来た。
「いらっしゃいませ。どんなものをお探しですか?」
「あぁ……こっちの買い物なんですけど」
大地はヒカリの頭をぽんぽんして、女店員に教える。
「それでしたら、こちらにサイズをご用意しています。どうぞ、こちらへ」
「あっ! ヒカリがはけるくつした! いっぱいある!」
「ふふふ、ヒカリちゃんっていうの? どんなのがいいかな? 今履いてる靴下はどれくらいの大きさかな? ちょっとだけ見せてくれる?」
「うん いいよ! ヒカリのくつした これ!」
女店員は小さな椅子を引き寄せた。
この椅子に座ってヒカリは靴を脱ぎ、女店員に靴下を見せた。
「あれ? 右と左で違う色? 珍しい靴下だね」
「めずらしい? ううん めずらしくないよ だって ヒカリのおうちに もういっこあるもん おうちにあるやつは あなもあいてる!」
「あはは。穴があいちゃったかー。靴下が古くなっちゃったとか、ヒカリちゃんの足が大きくなったんだね。それじゃあ、ヒカリちゃんの足にピッタリの靴下を見つけよっか。色とか模様はどうんなのがいい?」
女店員はヒカリの好みを聞き出し、赤色・花柄・水色と白のボーダー・白と黒でデザインのシック柄・クマのキャラクターなど、10足を大地に買わせてしまった。
靴下10足で1500円。まあまあ平均的な値段である。
ヒカリはお気に入りの靴下を手に入れて満足した表情で買い物袋をレジで受け取り、女店員に手を振って別れて、買い物袋を大切に抱き上げた。
「にーちゃん もうかえるの?」
「はあ? まだ靴下を買っただけじゃん。まだまだ買うのはあるぞ」
「えっ 靴下だけじゃないの? ほかになにかうの?」
「ほかに? んー、そうだな、半ズボンや半袖も買ったほうがいいな。長袖の服も小さくなってヒカリの体に合わなくなって来てるし、薄手の長袖も買っておくか」
「そんなにかってもらえるの!? やったー!」
「慌てるなヒカリ。ちゃんと手をつなげ」
大地と手をつないでヒカリはおおはじゃぎで次の店に向かった。
あらかたの買い物を済ませて、ショッピングモールをあとにする。
2人乗り自転車の前かごはヒカリの服でいっぱいだ。
靴下はヒカリが大切に持っている。
「あとは帽子だな。花火通り商店街に寄ってくぞ」
「ぼーし! わすれるとこだった! むぎわらぼーし!」
自転車で20分程行くと商店街に到着。
まだ下校する高校生もいて、大地はちょっぴり恥ずかしい。
「えーっと、教えてもらったのはここかな?」
大葉さんに教えてもらった店の前を自転車で一度通過して、大地は「やっぱりここだ」ということで戻って来て、自転車を店の前に停めてヒカリを下ろした。
「すみませーん」
入店すると、そこには紳士服や婦人服、子供服を取り扱っているお店。
店の左側の壁には、これもはやり紳士・婦人・子供用の帽子が飾ってある。
入店して、まず目に入ったのが『当店オリジナル! 蒸れない竹座布団!』。そのお値段1200円。
竹座布団にポップが付いている。
『手作りです。冷房の効いた部屋でもイスに座っていると蒸れてしまう。お悩みの方にオススメです』
どうやら、このお店での手作り商品のようだ。
大地が竹座布団を手に取って見ていると、店の奥から店員さんが出て来た。
「あらあら、本当にかわいいお客さんだ」
ツッカケを履いて出て来たのは、歳は大葉さんと変わらないように見える女性。
だが、歳のことよりも注目を集めているのはその奇抜な格好だ。
大小様々な布地を寄せ集めて作ったようなカラフルなロングスカートを穿き、ピカソがデザインしたようなTシャツを着て、首からヘソの辺りまで垂れるのはまるで修行僧がやっているような竹で作られた首飾り。
両手の手首にも、ミサンガや竹細工の腕輪を着けている。
ヘアスタイルも、パーマをかけてゆるいウェーブをつけたソバージュ。
血色はすこぶるよい。これで青白い顔だったなら、お化け屋敷から逃げて来たお化けであった。
「あ、こんにちは」
「こんにちは! むぎわらぼーし ください!」
「あはは、本当に麦わら帽子が欲しいの? ヒカリちゃん。大葉から聞いたわよ」
「大葉さんから?」
尋ねて大地は、「あっ」と思い出した。
大葉さんから商品券をもらったとき、同級生がお店をやっていることを聞いていたのだ。
「大葉さんの小中学校の同級生……?」
「そうよ。佐々木志穂。さっき大葉から電話がきて、かわいい子供とお兄ちゃんがくるってね」
佐々木さんは飄逸的な笑顔を浮かべ、大地からヒカリへと目線を移していう。
「ヒカリちゃんは麦わら帽子が欲しいんだっけ? いろいろ種類があるんだけど、どんなのが似合うかな? こっちにあるから、よかったらかぶってみて」
「いっぱいあるの!? うん! かぶってみる!」
佐々木さんはヒカリの手を取って左側の壁に飾ってある帽子コーナーに連れて行く。ジーンズ生地のキャップや、サンバイザーのようにツバが長いUV対策の帽子、チューリップ帽子などなど……たくさんの種類が飾ってある。
麦わら帽子も何種類か飾ってあった。
その中から佐々木さん、ヒカリに似合いそうな麦わら帽子を取っていう。
「これはどうかな? 頭のサイズにもピッタリだと思うよ」
「うーん……? ちょっと なんか ちがう」
ヒカリは鏡の前に立って自分の姿を見て一丁前なことをいうと、かぶせてもらった麦わら帽子を脱いでしまった。
「おでこが ちくちくする!」
「そう? もっと柔らかいのがいいのかな? これはどう?」
今度はクラシックな感じで、黒いリボンの付いた黒色の麦わら帽子をかぶせた。
「まっくろ!」
「でも、おしとやかな雰囲気でいいと思うよ? ……うーん? その顔だとダメみたいね」
「かわいいのがいい!」
「かわいいの? それじゃ、これは?」
今度の麦わら帽子はツバの縁がピンク色に染められていて、花の飾りが付いている。
「うーーん? ヒカリに あんまり にあわないかも!」
「あら、そう? あっ、これは似合うと思うなあ!」
佐々木さんは自信たっぷりにいって、「今度こそ、ヒカリちゃんにお似合いよ」とヒカリに麦わら帽子をかぶせた。
ヒカリはその麦わら帽子をかぶり、鏡の前に立って「わあ!」と声をあげた。
「くまさんだ! これ! にーちゃん これにきめた!」
「くまさんの麦わら帽子でいいのか?」
「うん! これじゃなきゃやだ!」
くまさんの麦わら帽子をえらくに気に入ったヒカリ。帽子をかぶったまま大地を見上げて、つよい口調で訴えた。
「だれも買わないっていってないだろ? ヒカリが気に入ったならそれを買ってやるから」
「かってくれるの!? やったー!」
「そのかわり、にーちゃんの手伝いしろよ? ご飯を食べたあとは、自分の食器をキッチンに持っていくこと」
「わかった! やくそくする! これかって!」
ヒカリは買ってもらう為にはなんにだって「うん!」という。
あんまり効果はないなと感じつつも大地は、大葉さんから貰った商品券を使ってレジで会計をする。
すると、麦わら帽子を丸い紙箱に入れようとして佐々木さん、ヒカリにいう。
「ヒカリちゃん。そのままかぶって行く?」
「ううん にーちゃんとじてんしゃできた じてんしゃのるとき じてんしゃのぼーしかぶる」
「ヘルメットな。ヒカリは靴下と帽子をちゃんと持ってるんだぞ? 落としたらダメだからな」
「ぜったいおとさないもん! だっこする!」
佐々木さんが丸い紙箱に麦わら帽子を入れてくれて、ヒカリに手渡した。
そして大地に向かってニコリと微笑んでいう。
「次の買い物は佐々木ファッションギャラリーに来てね。男性向けの服もあるから」
「あ、はい。そのときは最初に来ます」
「うんうん。それじゃあね。ヒカリちゃんもバイバイ。また来てね」
「うん! またくる! バイバイ!」
佐々木さんは手首にはめている竹製の腕輪をジャラっと鳴らしてヒカリに手を振った。
その帰り道に……。
田んぼの中を突っ切る舗装された道路を通り、大きな道と接続する交差点で、ヒカリは大地にいう。
「にーちゃん! まほうつかって! しんごーのいろ あかだから!」
「よーし、見てろよヒカリ! …………えいっ!!」