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田舎で暮らそう!  作者: 白神 こまち
初夏・立夏
10/14

ともだち いっぱい!

 事件は早朝に起きたのである。

 自室のベッドで睡眠を貪っている大地のところへ、

「にーちゃん……にーちゃん……」

 ヒカリが肩や腕をポリポリ掻きながら起こしに来た。

 その顔は普段より赤みを帯びている。

 くわえて、目がとろんとして熱っぽさが見られる。


「にーちゃん おきて ……むしにさされて かゆい」

 シャツを捲って腹部を掻きながら、ヒカリは大地を揺り起こす。

「んん、なんだヒカリ……?」

 大地は布団に包まっていて、布団から頭を亀みたいに出すと時計を確認。

「……まだ6時じゃないか…………お腹減ったのか?」

「ちがう ……あちこち からだかゆいの……むしにさされた」


 大地は寝惚け眼でヒカリの顔を見、

「虫に刺された? いまの季節だと蚊じゃないだろうしダニかな? ……ん?」

 眠い目を擦って確かめると、

「ヒカリ、顔の赤いプツプツはなんだ? どうした?」

 顔に数カ所、発疹があることに気がついた。


 ヒカリが腹をポリポリ掻いているのでそこも確かめると、ヘソから首もとまで発疹がある。

 いや、背中にも腕にも太ももにも、体中のいたるところにパラパラと発疹が……。


「わわっ、どうした!? これって蕁麻疹じんましん? 痒いのか? いつからだヒカリ」

 ヒカリはぼんやりとした頭でいう。

「うーん……よる ビーフシチューたべて……おふろはいったあと くらい」

「ということは、寝る前か。おでこ出して」

 ヒカリの額に手をあてて、大地は、

「……熱っぽい。体温計るか。でも、発疹なんていままで出た事ないしなあ。昨日食べたビーフシチューはいつも通りの材料だから食物アレルギーではないはずだけど……入浴剤がダメだったのか?」

 首を傾げつつも、ヒカリを抱っこしてリビングに向かう。


 置き薬の箱から体温計を取り出してヒカリの体温を測定する。

 わき専用の60秒タイプ。

 ピピピと音がして、

「あ、37・3℃。やっぱり熱だな」

「かゆいー! にーちゃん かゆいの!!」

 爪で腕を引っ掻くように掻き毟るヒカリ。

「やめろ! 掻くな! 跡が残ったら大変だぞ。もう一度にーちゃんに見せてみろ」

 掻き毟った腕をよく確認すると……。


 小さくプツっとできた赤い発疹だったのは水疱だとわかかった。

 掻き毟ったことにより、それが潰れてしまって、中から露のような透明な液体がじんわりと滲み出ていた。

「よーく見ると発疹じゃなくて水疱だな……ちょっと待ってろな。にーちゃんがいま調べてやるから!」

 大地はインターネットで病気の症状を検索。


 すると様々な病気がヒットして、ワケのわからない怖い病気がうじゃうじゃ出て来た。

「きいたことないけどヘルパンギーナかな? ……ダメだ、サッパリわからん」

 しごく当然。素人が診て診断できたら医者は不要である。

 病気の方も、

「素人にわかってたまるか。生意気なヤツめ! もっと苦しめてやる!」

 と、いわんばかりにヒカリの体を痒み地獄にさせる。


「にーちゃん! かゆくって かゆくって キーー!!」

「掻くなヒカリ! いま痒み止めの薬を塗ってやるから!」

 ムキになって体中を掻き毟るヒカリに、大地はとりあえずムヒの軟膏タイプを塗る。

 塗っている途中で。

 ピンポーン。と、インターフォンが鳴った。。

「誰だよ!? この忙しいときに。ってか早朝だぞ、ったく」

 ヒカリにムヒを預け、大地は玄関に向かう。


 ドアをあけると、

「あ、早朝にすみません、おはようございます」

 手に鞄を提げたスーツ姿の青坂さんだった。

「青坂さん、おはようございます……どうしたんですか?」

 大地が尋ねると、青坂さんは相変わらず幸薄そうな疲れた顔をして、

「娘のめぼれが、たぶん水疱瘡みずぼうそうだとおもうんですけど……体のあちこちに水疱ができて熱もあって朝から大騒ぎで……。もしかしたらヒカリちゃんに病気を移していないかと心配で来たんです」

「あぁー……水疱瘡。ヘルパンギーナじゃなかったのか。いや、ヒカリも水疱ができて朝から痒い痒いといっていて」

「という事はもう移してしまった……!? うわー! すみません!」

 青坂さんは慌てて謝罪した。


「すみません! どう償えばいいか、申し訳ない!!」

「いやそんな、めぼれちゃんがヒカリに水疱瘡を移すのは不可能ですよ。あのですね……」

 実は大地、過去に水疱瘡をやっていて、すこし知識があるのだった。

「確か水疱瘡ウイルスの潜伏期間は2週間くらいあるんです。青坂さんが引越して来て2週間経っていませんし、移ったとしても症状が現れるには早いですから、おそらく別々の所で感染しておなじタイミングで発病したんだとおもいます」

 と大地は青坂さんに説明して、

「なのでそんなに謝らないでください」

「そうなんですか……すみません。ヒカリちゃんとはいつも仲良くさせてもらっているので、めぼれがヒカリちゃんに移したんじゃないかと……本当に心配で心配で」

 青坂さんは退社時とおなじ表情を浮かべ、朝だというのに、どっと疲れ果てている。

 まるで夜勤明けだった。

 けれども、大地に説明をされて心なしかホッとした様子だ。


「ところで青坂さん、これから出勤ですか? よかったら自分がめぼれちゃんを病院に連れて行きましょうか?」

「えっ!?」

「いえ、ヒカリも水疱瘡っぽいんでどのみち病院に連れて行かなくちゃなりません。ヒカリ1人と、めぼれちゃんも合わせて2人も変わりませんから」

「……はぁ、若いのにしっかりしてなさる。ご両親は良い息子さんを持って幸せだ。いやいや、得心しました。実のところ、これから出勤なんです。めぼれの面倒を見てくれるなんて願ったり叶ったり」


 そうと決まれば、はなしはトントン拍子でまとまって、大地は青坂さんを見送るとリビングへもどり、

「たぶんたけどなヒカリ、それは水疱瘡ってやつだ。めぼれちゃんも痒い痒いっていっててる。ヒカリもめぼれちゃんも水疱瘡を一緒にやるなんて仲良いな。まあとにかく、にーちゃんが2人を病院に連れて行ってやるから心配するな」

「ホント?」

 ヒカリはパジャマを脱いで半袖シャツになっていて、ムヒを塗りたくっていた。

 軟膏タイプなので、一昔前の日焼け止めクリームを塗ったように腕や太ももが真っ白に。

「めぼれちゃんも みずぼーそーかぁ ……りょーこが こーゆーときは『おたがいたいへんですねぇ〜』ってゆうってゆってた! にーちゃんも おたがいたいへんですねぇ〜」

「碌なこと教えてくれないな、良子さんは……」

 大地はため息をついて、

「今日はにーちゃん学校を休んでヒカリとめぼれちゃんの面倒をみるから安心しろ。……孝介にメールして、工藤先生に学校休みますって伝えてもらわないとな……」

 早速孝介にメールを送信する。


 そして大地は近くの病院を検索した。

 大きな病院が駅前に一つある。

 けれど、遠すぎてヒカリとめぼれの2人を連れて行くには自転車では不可能。そもそも二人乗り自転車のため三人目の座席がなく、物理的に乗せられない。

「ん? ここなら」

 町内に個人病院の小児科を発見。

(ここだったら、自転車で往復すれば大丈夫な距離)

 なのだが、ここでもうひとつ問題が発生。


 水疱瘡は感染力が強く、このままヒカリとめぼれを連れて行ったら、ほかの病気やケガで小児科を受診している子どもに水疱瘡を移してしまうかもしれない。

 そうおもって大地は、前もって連絡しておこうと個人病院に電話を掛けようとした。

 その刹那に、

「お? 孝介からメールの返信がきた。どれどれ……」

 メール本文に目を通す。


『お前な、俺はいま登校中でおにぎりを食べながら自転車を漕いでいる最中だぞ。例のコンビニの手前だ。メール確認しようとしたら、おにぎり落とした。どうしてくれる』


「……どうしてくれるって、知らんがな。落とすほうが悪いだろ……」

 大地が眉根を寄せていると、再び孝介からメールが来た。


『口の中がジャリジャリする』


「食べたのかよ!? バカかあいつは。拾って食うな!」

 大地は呆れて口に出す。

『おにぎりの3秒ルールはやめておけ』

 とメールを返信して、

「なんだか心配だ。委員長にも事情をメールして、工藤先生に伝えてもらおう」

 孝介だけでは頼りないと感じ、大地は静江にも事態を知らせておくことに。


 とそこへ、

「にーちゃん おなかへった」

 ヒカリがトテトテ歩いて来て、大地の服の裾を掴んだ。

「わっ!? ヒカリなんだその顔!」

 大地を見上げるヒカリの顔は、白粉を塗ったように真っ白だった。

 その手にはムヒの軟膏を持っていて、あらかた使ってしまっている。


「あーあ、塗り込まないでベタベタつけちゃって……もう。全部つかったのか? もったいないことをしちゃって……」

 大地はまた、ため息をついた。

 そんなことはお構いなしに、ヒカリはムヒでぬちゃぬちゃする顔をして、

「おめめが スースーして しょぼしょぼする」

「そりゃそうだ、メントールでひんやりするだろ。あぁ擦るな、目に入ったら大変だぞ」


 大地は目を擦ろうとするヒカリの手を取り、

「顔を洗ってやるからお風呂場行くぞ……。こんな顔をめぼれちゃんに見られたら笑われちゃうぞ?」

「ん! ヒカリが かおあらったら にーちゃんが めぼれちゃんのおうちいって めぼれちゃんをヒカリのおうちに ごしょうたいする?」

「そうだな。ヒカリの顔を洗ったらそうする。めぼれちゃんも朝ご飯まだかもしれないし、一緒に食べようか。食べたら、お医者さんに行く」

「……はいしゃさん?」

 ヒカリは不安そうな顔を大地に向けた。


 メントールでショボショボしている目を細め、

「ヒカリはみがきしっかりしてる! だからむしばない!」

「だれも歯医者に連れてくなんていってないだろ? お医者さんっていえば歯医者なんだからなヒカリは……。行くのは小児科、子ども専門の病院だ。ほら、めぼれちゃんが待ってるんだ。顔を洗うからお風呂場に急げ」


 医者ときいて身構えるヒカリを風呂場に連れて行き、顔をキレイに洗ってやる。

 続いて大地は、青坂家に出向き、めぼれを自宅に招いてヒカリと一緒に朝食を食べたのち、病院へ。

 めぼれの方も、その病症はヒカリ同様に水疱瘡のようだ。


 大地は、はじめにめぼれを自転車に乗せて病院へ行き、すぐにもどってきて、今度はヒカリを自転車に乗せて、ふたたび病院へ。

 するとやっぱり水疱瘡の診断がされた。

 2人とも熱は微熱で水疱の症状も軽度だった。

 塗り薬を院内処方してもらい、ヒカリはやや痒みが強かったので看護師さんにその場で塗ってもらった。

 そして、大地は自転車を押して、水疱瘡の2人と一緒に歩いて帰宅した。


「ヒカリ、めぼれちゃん。歩いて疲れただろ? アイスあるから食べるか?」

「「たべるー!」」

 2人とも、水疱があるだけで元気いっぱいだ。

 とそこで、ヒカリはハッと気がつくと、困った表情を浮かべ、

「あ! にーちゃん はたけにみずやってない! ヒカリが みず やらないとトマトかれちゃう!!」

 リビングの大きな窓を指差してた。


 トマトの苗を定植したからというもの、ヒカリは水やり当番を一生懸命こなしていた。

 ピーマンの苗やキュウリも芽を出して、すくすく生長している。

「ヒカリはめぼれちゃんと一緒にアイス食べてろ」

 と大地はと、微笑みながらヒカリの頭を撫でて、

「病気が治るまで、にーちゃんが水やりする」

「ホント!? じゃあ しっかりみずやって! からしたらヒカリゆるさない!」

 使命感あふれるヒカリの発言だ。

 やる気もヒシヒシと伝わってくる。


 そんなヒカリを前にして、大地は、

(この調子だとトマトやキュウリと一緒にピーマンもしっかり食べてくれるにちがいない)

 期待を膨らませた。

「よーし、アイスを食べながらでも、にーちゃんが水やっているところを監督してくれ」

「……かんとく? かんとくってなーに?」

 そういってヒカリは、

「めぼれちゃん かんとくってしっている?」

 めぼれに尋ねてみた。

「うーんとね……わかんない」

 めぼれが首を傾げる。

 なんとも子どもらしい、ほのぼのした会話に、大地は笑ってしまった。


「監督っていうのは、にーちゃんがちゃんと水やりしてるかを、ヒカリがしっかり見て、指示をすることだ。指示っていうのは、にーちゃんがヒカリに、うがい手洗いしろとか歯磨きしろとかいうだろ? そんなもん」

「わかった! にーちゃん うがいてあらいする! はみがきも!」

「水やりの指示だぞ?」

 いいながら、大地はリビングの大きな窓をあけた。

 サンダルを履いて家庭菜園の畑へ出る。

 玄関横にある水道で、如雨露に水をたっぷり入れる。

 水を入れながら、大地は、

「たっぷり入れると重いからなぁ……ヒカリのために散水ノズルの付いたホース買うかな」

「にーちゃん! はやくしないと かれちゃうから! おしゃべりだめだから!!」

 ヒカリはスイカバー片手に指示を出す。

「わかった、いまやるからな」

 監督にいわれて、大地は如雨露を持って畑に立ち、如雨露は脇に置いといて、ビニールトンネルのビニールを捲り上げる。

「ホントに にーちゃんは……すぐこれだから」

 ヒカリは、日頃大地にいわれている台詞をここぞとばかりにいう。

 立派な現場監督だ。


「めぼれちゃん ヒカリがここにトマトとキューリと……なんかをうえたんだー」

「……なんか?」

 めぼれもスイカバーを食べている。

「うん ヒカリが みずやりとーばん! まいにちみずやるの しゅーかくできたら めぼれちゃんにもあげる」

「ほんとー? めぼれトマトすき トマトジュースもすき」

「にーちゃんが サラダつくるってゆってた トマトジュースもつくってもらう!」

 ヒカリとめぼれ、窓辺に座って大地を眺めながらスイカバーを食べる。


 すると、水やりをする大地の行動をヒカリが見、ムクッと立ち上がるや、

「にーちゃん! トマトのよこにも みずやって! そこにもタネがあるの!」

 目の色変えて、そういった。

「んあ? トマトの横? ここにはなにも植えてないぞ?」

「ううん! ヒカリがこっそり アイスうえた! アイスもしゅーかくできる!」

「——ブッ!」

 思わず吹き出した。


「んなもん芽が出るか! アイスってなに植えたんだよ? 勿体ない」

「アイスのみ! のんびーがゆってた! めがピョコって ニョキニョキそだつ!」

「のんびーが? それは嘘だ。残念だったなヒカリ。アイスは溶けてないぞ」

 大地は、ヒカリの夢をバッサリ切り捨てた。

「ちがうもん! にーちゃんがうそだ! ヒカリ……アイス……うえたもん…………!」

 ヒカリは涙目になって大地を睨んだ。


 そして、こっそり植えた土の辺りを見下ろした。

「…………ヒカリ……うえたもん!! あきになったら……かごにたくさんなるって!」

 より一層、涙をこらえていった。

 小鼻がヒクヒクしだした。


 これはヤバい、と感じ取って大地は、

「ヒカリ! のんびーのいったのは間違った情報だ! にーちゃんは農業科の生徒だから知ってるんだ。本当はアイスの実では芽が出ない!!」

「……うっ うっ……うーっ!」

 ヒカリはもはや泣き出す寸前だ。


「待てヒカリ! 泣くのは早いぞ!! アイスの実はダメなんだ! けど、みんなで撒いたキュウリは芽を出しただろ? どうしてかわかるか?」

「……んーん!」

 ヒカリは唇を堅く結んで、首を横に振った。

「それはな、キュウリは『タネ』だからだ! アイスの実は、『実』だから芽が出ない! 実を植えちゃダメなんだ! だから、いまヒカリが食べているスイカバーの、そのタネを植えるとスイカが出来る!」

「!!」

 ヒカリはハッとした。


「み はダメ? タネならできる……? にーちゃん! それホントーか!?」

 半分食べてしまったスイカバー、その棒を握りしめてヒカリは大地に確認する。

「本当だ! にーちゃんが嘘いったことあるか?」

 この兄妹の会話を、窓辺に座ってきいていためぼれ。

 めぼれは、スイカバーをじぃーっと見つめて、

「ヒカリちゃんのおにーさん このスイカのタネうえたら……スイカできる?」

「うっ」

 大地は一瞬ヒヨッた。

 が、2人に悟られる前に、

「本当だ。疑うならめぼれちゃん、ヒカリと一緒に植えてみたらどうだ? まーるいスイカが収穫できるぞ。そしたらスイカ割りができる」

 大嘘をつく。

 芽が出たらペテンなのだが、しかし……、この場凌ぎの大嘘で誤魔化さないと大変なことになりそうだった。


 大地のいうことをきいて、ヒカリとめぼれの2人は顔を見合わせるとニコッと笑みを零し、

「ヒカリ スイカのタネまく! うえる!」

「めぼれもうえる! すいかわりだってヒカリちゃん!」

 言うが早いか、我先に玄関へ駆けだした。

 靴を履いて畑に出て来ると、

「タネって どうやってうえるの?」

「このまえ ヒカリたねのうえかたおしえてもらった! めぼれちゃんにおしえてあげる!!」


 こっそりアイスの実を植えた畝の天辺に、ヒカリは人差し指をめり込ませ、プスッと穴をあけた。

「こうやるんだよ」

「わかった やってみる」

 めぼれも、ヒカリのあけた穴の横にプスッと穴をあけた。

 するとヒカリはスイカバーをシャリシャリ食べて、手のひらにタネを出した。

 タネといってもチョコレートなのだが、これを2、3粒つまんで、穴の中に落とし、土をかける。

「にーちゃん! これでスイカできる?」

「あ……あぁ……。ちゃんと水やりすれば……」

 取り返しのつかないことになったと後悔するが、もう遅い。


 大地は、ヒカリとめぼれがスイカバーのタネを播種した所に如雨露で水をかけた。

 家庭菜園の畑に小さな虹が煌めいて、

「めぼれスイカだいすきなんだぁ はやく しゅーかくできないかなー?」

 自分がタネを撒いた畑を、ニコニコ顔で眺めるめぼれ。

(うわぁ……心が痛い)

 自責の念にかられる大地。

 夏になったら、スイカを丸ごと1つ買ってこようとおったのだった。




 夕方になって。

 そろそろ夕食作りに取りかかろうとして、

「めぼれちゃん、お父さんはいつも何時くらいに帰ってきてる?」

 と大地は尋ねた。

(2人分も3人分も作る手間は変わらない)

 とおもい、めぼれの分も夕食を作ろうということだ。


「うーん……パパはいつも ろくじになったらかえってくる……けど……」

 元気があるといっても、やっぱり水疱瘡にかかった病気の体である。

 心細く感じたのか、めぼれは窓の外へ目をやった。

 メガネのレンズを通して目に入ってくるのは、淡い蒼に染まった春の夕暮れ。

 慣れない土地で、しかも病体のめぼれには、その夕暮れはなんとも淋しく、心を不安にさせて、無性に気持ちが焦るのである。

「……けど……わかんない……パパ かえってくる?」

 唇をプルプルふるわせて、涙がホロリと頬に流れた。

「めぼれちゃん? どうして ないてるの?」

 ヒカリが不思議そうにきくと、

「……わかんない……わーかーんーなーいぃ! ……うぇーーん」

 なにが悲しくて泣くのか、めぼれ自身もわからず、泣き出してしまった。


 子どもの泣きは連鎖するもの。

「めぼれちゃんが ないちゃったーー……うぇーーん」

 ヒカリも一緒に泣き出した。

「お前はなんで泣くんだよ……。もう、わあわあ泣くな!」


「「わぁあ”あ”あ”!」」


 ヒカリとめぼれ、火がついたように泣きじゃくる。

 泣くなといって叱りつけると余計に泣いてしまう、負のスパイラルへ突入した。

(こりゃダメだ、泣き疲れるまで放って置くしか方法はねぇ)

 大地が放置作戦を取ろうとする。

 そのときだ。

 ピンポーン。と最近よく鳴るインターフォン。


「お? めぼれちゃん、お父さんかも知れないぞ?」

「わぁぁあ”あ”……ああ? ……ほんとー!?」

 赤い眼をしてムクッと立ち上がれば、めぼれは脇目もふらずに駆け出した。

 裸足で玄関に下りてドアをあけ、叫ぶ。

「パパーー!!」

「あら? えーっと、めぼれちゃんだったわね。どうしたの?」

 訪ねて来たのは静江だった。

 いきなり「パパ」といわれて、めぼれに腰の辺りに抱きつかれたものだから目を丸くして驚いた様子だ。

 驚いたのは静江だけではなく、

「パパじゃない! おねーちゃんだれ!?」

 めぼれもビックリ。

「プチトマトのねーちゃんだ! しずえ! めぼれちゃん しずえは おかしくれた こうえんにいた ねーちゃんだよ」

 ヒカリが玄関に出てくると、続いて、

「委員長じゃん、なんか用か?」

 大地も出てくる。

「大地君。家の外まで泣き声がきこえてたわよ? 九分九厘、大地君が児童虐待をして、」

「してねーよ。人聞きの悪い」


「……本当に?」

 静江はジト目で大地を見、

「今日配布されたプリントを持って来たのよ。ヒカリちゃんとめぼれちゃん水疱瘡なんだってね。私も小さい頃やったわ」

「ふーん? プリントを持ってきてくれたのか。ありがと」

 とりあえず大地は礼をいう。

 そのうしろでヒカリが、

「しずえ! おかしもってきたのか!? ぴんぽーんは おかしのあいず!」

「前もそんなこといってたような……でも、うん。お見舞いに来たからね、ヒカリちゃんとめぼれちゃんの」


「「おみまい?」」


「あら、2人ともお見舞い知らないの? 病気をしたら、仲良くしている人がお菓子を持って来てくれるのよ」

 静江はテキトーな知識をペラペラしゃべって言い聞かせる。

「おかしもってきてくれる!? めぼれちゃん しってた?」

「ううん しらなかった」

 すてきな知識を頭に入れたヒカリとめぼれ、

「しずえおねーちゃん めぼれとヒカリちゃんに おかしもってきてくれたの!?」

「そ そーなのかしずえ!? だったら おかしもらえて びょーきしてよかった!」


「よくねーし」

 大地は、はしゃぐ2人を怒った。

 2人とおなじ目の高さになるように玄関にしゃがんで、大地は真剣に叱る。

「ヒカリ、めぼれちゃんよくきけよ。病気になったら、まわりの人が心配するんだ。ヒカリが病気になって、にーちゃんはとても心配した。めぼれちゃんも、お父さんはとっても心配してるんだ。お見舞いは、仲良くして心配してくれる人が来てくれることなんだ。病気になった人の所へな。

 しずえねーちゃんは、ヒカリとめぼれちゃんを心配して、早く治って欲しいから会いに来てくれた。どうでもいいとおもっているなら、会いに来てくれないんだぞ? お菓子よりも、しずえねーちゃんが心配して来てくれたことを喜べ。……わかったら、しずえねーちゃんにありがとうって礼をいうんだ」

 そういうと、大地はヒカリとめぼれを委員長に向き直らせた。


 怒られた2人はションボリしてしまったけれど、大地の熱意は伝わって、

「しずえ おみまいありがとう」

「しずえおねーちゃん ありがとう」

 素直にありがとうのお礼がいえた。


「あらら……なんだかこっちが恐縮しちゃう。ううん、どういたしまして」

 静江はニッコリ微笑んで、2人にお菓子を手渡した。


 きのこの山と、やけのこの里を。


「おおい! 山里紛争をやらかすつもりか委員長! せっかく良い感じだったのに!!」

「スーパーで安かったのよ。たまたまよ?」

 静江はコンビニよりスーパーを利用する女子高生である。


「わぁー! おかしもらった! めぼれちゃん はんぶんこしよ?」

「うん! はんぶんとはんぶん!」

 ヒカリとめぼれは、その場でお菓子の袋を開けて中身を半分こ。互いに交換する。

 楽しそうにお菓子をトレードするヒカリとめぼれを見下ろして、

「どうやら和解したみたいよ?」

 クスッと笑う静江。


「さっきまで泣いてたんだぜ、2人とも」

 大地はやれやれと肩をすくませた。

「おぉ? 彼処におられるのは頭脳明晰、スタイル抜群、赤渕ねがねの秋田美人! 委員長こと尾久静江様ではないか!?」

 わざとらしい台詞が家の門から飛んで来た。

 これに振りかえった静江が、

「なんだ……見た目は大人、頭脳は子どもの孝介じゃない。どうしたの?」

 ため息混じりにいった。


「どうしたのって、俺は大地の友人だからな」

 オッスと大地に挨拶して、孝介は、

「友人の家に訪ねて来たって不思議じゃないだろ。それに、」

 後方を指し示して、

「のんびーと恵理が大地の妹……名前なんだっけ? まぁいいや、お見舞いだってさ」

「よくないってば! 妹ちゃんの名前は、ヒカリちゃん! まったく、孝介は」

 恵理が、孝介の頭をペシッと叩いた。

「叩くなよ、乱暴者だな。頭を1回叩かれるだけで脳細胞が500個死ぬんだぞ」

 孝介はぶつぶつ文句を垂れる。

 そして、玄関にいるヒカリとめぼれを見、

「大地、お前妹2人居たのか? 片方はだれだ?」

「ん? あぁ、こっちは隣の家の子だ。青坂めぼれちゃん」


「なんだ、そうだったのか。俺は九分九厘、大地が幼女誘拐して、」

「してねーよ。マジで人聞き悪いからやめろ」

 ぺちゃくちゃしゃべっていると、お菓子を食べていたヒカリがしゃしゃり出て、

「のんびー! りえ! ヒカリのおみまい きてくれたの!?」

「りえ、じゃなくて、えり!」

 こちらはスーパーよりもコンビニ派の女子高生、恵理。

 コンビニ袋をちらつかせると、

「あっ! もしかしておかし!? ありがとう! のんびーとりえに ヒカリのおともだち をしょうかいする! めぼれちゃん!! だから めぼれちゃんにも おかしやって!」

 友だち思いのヒカリである。悪くいえば、純粋に図々しい。

「こ……こ……こんにちは……」

 人見知りするめぼれは、大地の足下に隠れた。


「なんや、ヒカリちゃんの友だちかー」

 日向が、のほほんという。

「めぼれちゃんいうんやね。友だち出来てよかったなー。水疱瘡ってきいてたけど、元気そうでなによりや」

「今日、近所の小児科に2人を連れて行って診てもらったんだ。症状は軽い方だって。みんな悪いな、わざわざ来てもらってさ。でも、ありがとう」

 大地は、静江と野菜部のみんなへ、そういった。


「にーちゃん!」

 お礼をいった大地の隣で、ヒカリが、

「もしかして! しずえとのんびーとりえは ヒカリとめぼれちゃんがしんぱいで おみまいにきたのか!?」

「俺もその中に入れてくれよ、ヒカリちゃんよぉー」

 孝介が厳つい顔をして割って入る。

「……こーすけも…………じゃあ……いれるけど…………」

 ヒカリは、たじろぎながらも、

「しずえとのんびーとりえとこーすけは ヒカリとめぼれちゃんがしんぱいで おみまいにきたの? にーちゃん」

 見上げてくるにヒカリに、大地は、

「そうだな。心配して、お見舞いに来てくれたんだ。ヒカリ、めぼれちゃん、こういう時はなんていうんだっけ?」

 いうと、ヒカリとめぼれは顔を見合わせて、手をつないで前に出て、


「「ありがとう!」」


 静江と日向、恵理、孝介にお見舞いのお礼をいった。


 するとふたたび、日比谷家の家の門から、

「実は私も居るのよぉ〜?」

 か細い声が、ひょろひょろと漂ってくる。


「「だれ!?」」

 玄関にいる一同、皆がそちらを向いた。


 ふら〜り、ふら〜り。

 筋肉痛の初期症状が現れはじめ、腰を押さえて、おぼつかない足取りでふらつききながら門の内側に入ってくる女性——良子だった。

「私も心配で、ヒカリちゃんとめぼれちゃんのお見舞いに……」

「良子! そんな体でどこ行ってるの!」

 叫びながら、大葉さんがやって来た。

 このタイミングで、

「あ、これはこれは大葉さん、それに良子さんも。めぼれがいつもお世話になってすみません」

 ちょうど帰宅してきた青坂さん。

 日比谷家の前で顔を合わせた。

「めぼれ、遅くなってゴメンな」

「かえってきたーー! パパー!」

 めぼれは父親に駆けて行って飛びついた。

「パパ たくさんのおともだちに おかしもらった!」

「そうか、うん。物をもらったらパパに教えるんだぞ。偉いなー、めぼれ」

 めぼれの頭を撫でて青坂さん、娘の面倒を見てくれていた大地に、

「すみません、ありがとうございました。帰り道の途中でアイスを買って来たので食べてください。すみません」

 ぺこぺこと頭を下げる。

「わぁ〜! アイス! にーちゃん りょーこもオーバも めぼれちゃんのパパも! みんなみんなしんぱいして おみまいきてくれた!! にーちゃん! ともだちいっぱいできて よかった!」

 来てくれた全員の前で、ヒカリは満面の笑みを浮かべていった。


 そんなヒカリを見て、大地は微笑んだ。

「そうだな。引っ越してきて不安だったけど、心配してくれる仲のいい友だちいっぱいできてよかった」

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