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嬉しい、悲しい、わからない


 今日の私は朝からご機嫌です。

 お姉ちゃんとお兄ちゃんもご機嫌です。お母さん手作りの肩掛けカバンを持って家中を駆け回ります。ベッドに飛び乗ってみたり、椅子によじ登ったり、机の下にもぐってみたり。


「はいはい。そろそろ出発するから大人しくしてなさい。リスルとアイラルは暴れたら髪が崩れちゃうわよ」


 ふふふ。

 髪が伸びてきたので、お母さんにくくってもらったのです。獣人と人間とはいえ、三つ子の私達は顔が似ているから、お姉ちゃんと私は区別するため髪型を変えました。

 お姉ちゃんはふわふわな髪を上げて一つにまとめた……所謂ポニーテールです。対して私は下の方で二つくくり。

 金髪ってどんな髪型でも似合うんだねぇ……。


 お母さんが気合の入った服を着ています。いつものエプロンとスカートではなくて……なんていうの?ドレス風の服です。裾がふわって膨らんだやつ。

 あっ、お父さんも普段よりキメてるね! ワイン色のジャケットを着たお父さんは、どこの王子ですかと聞きたいくらい。


「行こうか」


 羊の耳がぴょこっと反応する。


「リスル。サッシャを馬車のところまで連れて行っといてくれるかな」

「はーい。ディオ、リスルのかばんもってて」


 お姉ちゃんが元気に駆け出して行きました。

 そう、今日は馬車で丘を下りる日。


 あのお買い物の時以来、二回だけ丘を下りる機会があった。一回はお買い物。もう一回は幼稚園の下見だった。

 そして三回目の今日は待ちに待った、私達の入園式。







 幼稚園があるのは運よく農場がある丘の麓。馬車を下りて少しだけ歩くことになるけど、すぐ近くだから嬉しい。

 明日から三年間、この道を通うのだ。


 あそこに見える赤い屋根の建物、あれかな。緑の中に赤が映えて綺麗。

 

「ひとがいっぱいだね……」


 お兄ちゃんはちょっと不安そう。

 でも私は楽しみで仕方ないよ。

 だってね……。


「るーぐくん、いるかな」

 

 今日はあの日以来会えなかったルーグ君に会えるのです。

 街に下りた二回では結局会う機会がなく、それは私達が街に行くことが少ないからだ、と我慢していた。

 でも今日は入園式だもん絶対にいるよね!

 





 幼稚園に着くと、担任の先生と思われる人が教室に案内してくれました。式まではここで待機、入園式は人間と獣人合同で行うようです。親御さんはまた違う部屋で先生と説明会。

 というわけでひとりになってしまいました。

 まわりは人間の子供達ばかり。

 こっちに来てから獣人に囲まれる日々だったから新鮮に感じてしまう。むこうではこれが普通だったのに。


 幼稚園は私の家と同じでログハウスなんだね。さっき見た時、庭には滑り台とか砂場とかの遊具もあったな。

 内装は……あ、絵本がたくさん。

 そういえば今まで本を自分で読んだことはなかったかもしれない。寝る前にお母さんが読み聞かせをしてくれていたくらいで。

 よし、今度読んでみよう。


「ねぇ」


 と、きょろきょろと教室の中を見ている私に声をかける人物がひとり。


「なぁに?」


 ふおおっ、なんだこの子。緑色の髪を三つ編みにした女の子が私の手を握っていました。

 伏せぎみな目の色はなんと金に近い茶色。

 小鳥! この世界には美男美女しかいないのですか!


 女の子はパッと手を離して口を開く。


「おかあさまがね、ちかくのこと……がんばっておはなし……してくるのよ、って、いわれたから……えっと……」


「……おともだち? いいよー」


 女の子の顔がパァッ……と明るくなった。

 うっ、笑うとさらに美女じゃないですか。

 可愛いのは獣人と決めつけていたけど、人間もそうなんだね、この世界は! 小鳥ありがとう!


「わたしね……りりー」

「りりー、ね。わたしは、あいらる!」


 あいらる……あいらる、と私の名前を何度か繰り返して、リリーはふにゃっと笑った。



「それじゃあみんな、移動するから先生についてきてねー」



 その時、先生がやってきて移動が始まった。

 私もリリーと一緒に先生の指示に従って教室からホールへ。

 みっちり椅子が並べてあります。入園する子供って結構多いのね。

 座る席は名前順というわけで、リリーは遠くに行ってしまった。


 む……暇だ。

 いいもん、お姉ちゃん達捜すもん。


「アイ! リスルみえるっ?」


 と思ったら、お姉ちゃんの声が大きいせいですぐ見つけてしまいました。

 もう……恥ずかしいなぁ。


「リスル、だめだよ! うるさいのだめ!」


 お兄ちゃん……お兄ちゃんの声も相当響いてるけどね……。ほら、保護者の皆さんが笑ってるよ?

 

 気を取り直して、今度はルーグ君を捜そう。ルーグ君は獣人クラスだからお姉ちゃん達のほうにいるはず。

 いろんな耳の中から灰色の狼の耳をじっと捜します。

 犬耳……猫耳……あれは虎柄、虎耳だ! ツノがあるのは鹿? 丸い、熊みたいなのもいるし……。いいなー獣人クラス。羨ましい。


 でも、あれ?


 最後まで一通り目を通したのに、狼の耳は見つけることができなかった。いや正しくは狼の獣人はいたけど、これはルーグ君ではなかった。

 式が始まってからも何度となく一番前の席から一番後ろの席まで捜した。

 園長先生のお話の時も、先生達が自己紹介をしている時も。

 次第になんだか嫌な予感がしてきた頃、式は終わった。



「ねーちゃん、るーぐくん、いなかった!」


 すぐにお姉ちゃんに聞きに行った。お姉ちゃんなら私より近くだし見つけているかも。他の子と重なって見えなかっただけだよ、きっと。


「ルーグ? あ、いなかったね。ディオ、ルーグいた?」

「んー……? いなかったとおもう……」


 え……ふたりも見てないの?

 嫌な予感が膨れ上がる。

 

 お父さんにも聞いていると、お父さんは園長先生に尋ねてみようと言ってくれた。お父さんとお母さんもルーグ君の一家が見えないのを不思議に思っていたそう。


 園長先生は優しい目をした人間のおじいさんだった。


「ルーグ・リュコス君、ですか」


 しゃがんで私に視線を合わせてくれる園長先生。

 それでなんとなくこれから言われることを察してしまって、その時点でもう涙が出そうだった。


「アイラルちゃん。入園式の少し前にルーグ君とお母さんが来てね、家族で王都へお引越しすると言っていた」

「るーぐくん、いないのね……」


 やっぱり。

 園長先生の言葉を遮るように言うと、釣られるように涙が零れた。

 お姉ちゃんとお兄ちゃんは私を慰めてくれて、お母さんとお父さんは背中をさすってくれて、園長先生も何か言ってくれていたけど、何も頭に入っては来なかった。


 ルーグ君。私、あの羊をくれた理由ちゃんと聞いてないよ?

 さよなら、聞いてないよ? 言ってないよ?


 


 会えないことへの寂しさなのか、何も言わずに行ってしまったことへの怒りなのか、私は帰りの間、自分でもわからない感情の中で泣いていた。




リリーちゃん、出番が少なくてごめんね。


ありがとうございます。

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