異変、異様
私たちは音に驚いて動きを止める。
しんとなった会議室の外で、数人の足音が駆け抜けていく音と、大きな声が聞こえた。
「お前らっ落ち着けって!」
今の声……ゴレムさん?
調理室にいたゴレムさんがどうして。
「なんか……やばくね?」
ルーグ君の言葉に皆頷く。
その間にも廊下の大騒ぎは続いていて、時折悲鳴のような声も聞こえてくる気がする。
まさか襲撃でも受けているのだろうか。それならば大変だ。騎士団が襲われていては、街のほうも無事とは限らない。
「スズ、スズ。何が起こってるか、わかる?」
私は胸元の羊を握りしめる。スズテカトルなら遠くの音も聞き取れるのではと踏んでのことだ。
スズテカトルは数拍の間の後低い声で答える。
『……我もこの中にいては、詳しくまではわからぬ。出せ』
言われるままに名前を呼んでスズテカトルを呼び出すと、みんなに驚かれた。
おっと。
スズテカトルの声はみんなには聞こえてないってこと、たまに忘れてしまう。
スズテカトルは鉄色の目を閉じ、しばらくそうしていたかと思うと、遠くからまた大きな音が聞こえてきたタイミングで目を開けた。
『……かなりの騒ぎになっているようだが、騎士団の人間の声が喧しくて元凶まではわからぬ。ただ、ここからは離れた場所にいるようだ』
現状を簡潔に述べて、役目を終え羊の中へ帰ろうとするスズテカトルを私は捕まえた。
正しくは、抱きついてよじ登った。
『……おい』
「外で何が起こってるか見にいく。何かまずいことが起こってるなら、逃げなきゃだし。危なくなっても、スズテカトルとなら空に逃げられるでしょ」
溜め息をついて歩みを進めるグリフォン。付き合ってくれるようだ。
私はスズテカトルの上からドアノブに手を伸ばしたのだが。
「ちょっと待って! 危ないわ!」
「そうだ、ここにいたら騎士団のやつが来てくれるかもしれないだろ!」
後ろからシトロンちゃんとルーグ君の声を受けて、少し躊躇する。
ルーグ君の言う通り、ここで待っているという方法もある。
だけど、このままここにいても危険なことに変わりはないかもしれない。私たちがここにいることを知っている、ゴレムさんがこの部屋を素通りしたのも、サラさんがやって来られないのも、外はそれどころではないほど大変なことになっているからかもしれない。
それに、用事で出て行ったというカオン君も心配だ。
と、その旨を伝えると、ルーグ君は「そうかもしれない、けどよ……」と不服そうではあったが許してくれたのだが、シトロンちゃんは首を縦には振ってくれない。見れば握った手がふるふると小さく震えている。
そうか。怖いよね、こんな状況で子供たちだけなんだから。
どうしよう、と何も言えなくなってしまったそんな時、シトロンちゃんの隣に、すっと並ぶ人物がふたり。
お姉ちゃんとお兄ちゃんだ。
シトロンちゃんはほっとしたように表情を緩める。
「僕らもついていく。それなら、いい?」
お兄ちゃんが言って、お姉ちゃんはニッと笑った。
「え、え……?」
一緒に引き止めてくれると思っていたのだろう。シトロンちゃんは目を白黒させる。
そんなシトロンちゃんの横を通って、お姉ちゃんとお兄ちゃんのふたりもスズテカトルの背中によじ登る。
重い、勝手な、とぶつくさ文句を言うスズテカトルはこの際無視させていただく。スズテカトルにとって、乗せるのが子ども1人か3人かなんて大して変わりないことを知っているからだ。
「お、おい! それなら俺も……っ」
ルーグ君がスズテカトルに駆け寄るが、私は首を横に振った。
「ルーグ君はここに残ってシトロンちゃんのそばにいてあげて。シトロンちゃんのこと、まかせたからね」
ね?と念を押して、私はドアを押し開け廊下へと出た。
何か言いたげに口を開いたシトロンちゃんに、ごめん、と心の中で謝ってドアを閉める。
廊下には誰もいなかった。
先ほどまで騒がしかったのが嘘のように、静まり返っている。お姉ちゃんたちもきょろきょろとあたりを見渡す。
『屋外……、この方角に人間が集まっているようだぞ』
しかしグリフォンのスズテカトルには音がしっかりと聞こえていたようだ。
「スズ、一旦外に出れる?」
『ああ。だがここは飛ぶには狭い。広い所まで走るぞ』
言うなりスズテカトルは地面を蹴った。
落ちないよう一応気を使ってくれているのだろう。激しく揺れるものの、振り落とされるようなことはなかった。
その途中、一箇所窓が割れて粉々になっている場所を通り過ぎた。さっきのガラスの割れる音はここからか。
玄関から外へ飛び出すと同時に翼を広げ、スズテカトルは一気に空へと翔け上がった。
半分ほどの花をつけたニアシェが、風に煽られて黄色い花びらを散らす。
「あそこ!」
お姉ちゃんが指差す先、本当だ、庭園の方で土煙が舞い上がっている。
『近づくぞ。よいな』
そこにいるはずの騒動の元凶に見つからないよう、慎重に慎重に建物の陰を飛んで、スズテカトルは庭園がよく見える屋根の上へ着地した。
その途端、爆音。
同時に突風に襲われ、耳を塞いでいたためバランスを崩し、とっさに翼を掴んだ私は、スズテカトルに半目で唸られる。
お兄ちゃんに支えてもらって、再び土煙の巻き起こる庭園を見下ろした。
そして、爆心地のそばで向かい合う人物を見た私は、目を疑う。
「アシュさん、ウィンディさん!?」
緑色の光を放つ風を身に纏ったアシュさんと、そんなアシュさんめがけて剣を振り下ろしたであろうウィンディさん。
ふたりとも目が本気に見えるのですが……ほんと、何やってるんですか!?




