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それぞれのレンカの日


 次の日から、私は行動に移った。


「ほんとだ……咲いてる」


 先輩たちが言っていた場所のニアシェは、昨日の時点では1輪だったらしいが、今日見てみるともうぽつぽつと花を咲かせていた。

 ……急がなきゃ。

 作るのは簡単そうだという理由もあるが、あの本にも載っていたクッキーに決めた。今日はとりあえず、クッキーの材料やラッピングの材料を買いに、授業が終わったら街へ繰り出す予定だ。


「シトロンちゃんも行くよね?」

「え」

「お姉ちゃんも行くって言ってたから、女の子3人でお買い物行こ!」


 まあ、正しくは私の護衛を含めて4人なんだけど。

 今日の護衛さんは女の人だったらいいなぁ。レンカの日のお買い物をするのに男の人だったら、こっちもむこうも気まずいと思うんだよねぇ。

 と、そんなことを考えていた分、その日の護衛が誰なのかを知った私は驚いた。


「サラさん!?」

「やっほー、アイラルちゃんー」


 正門のところでひらひら手を振っていたのは、赤の副団長サラ・ソーレさんだったからだ。

 シトロンちゃんも目をぱちくりさせている。あ、でもシトロンちゃんもサラさんとは顔なじみなんだっけ。


「サラ! 今日はサラが一緒に来てくれるんだ?」

「ちょ、お姉ちゃん!」


 お姉ちゃんは誰とでもこんな感じだし。目上の人を呼び捨てにするのは、そろそろやめるように言っとかないと。


「別になんだっていいよー。今日はねぇ、可愛い後輩たちのために一肌脱いじゃおうと思ってー。せっかくのレンカの日なんだもん、男に邪魔されたくないよねぇ」


 ね?と小首を傾げてウインク。ああ、サラさんは全部わかってて来てくれたんだ。

 サラさんは、オススメのお店やお買い得だというお店を次々に紹介してくれた。サラさんは自分でもよくお菓子を作るんだって。副団長たちのお楽しみ会——私が初めて騎士団に行った時の宴会の事だ——で振舞ったりするという話を聞いて懐かしくなった。


「ここのニアシェも咲いてる……」


 いくらか買い物が終わった頃、広場を歩いていると、シトロンちゃんが足を止めて言う。

 広場にもニアシェは何本か植えてある。その中の一本に黄色い花がひとつ咲いていた。一斉に開花し始めるのも時間の問題な気がする。


「急いで作らないとね!」

「うん、そうだね!」

「ええ」


 お姉ちゃんの明るい声に、私とシトロンちゃんは頷いた。

 するとそれを見ていたサラさんがポンと手を打つ。


「じゃあ明日は騎士団に来なよぉー。大きいキッチン貸してあげられるよー」


 その提案に私が大喜びしたのは言うまでもない。






「ねえルーグ。もうすぐレンカの日だね」

「……お、おお、そうだな」


 アイラルたちが街で買い物をしている頃、ルーグはディオールとカオンを誘って、図書館の談話室に来ていた。

 ルーグは第3学年で、ふたりは第2学年。三人とも初等生と呼ばれる年齢ではあるが学年も学部も違うディオールとカオンを誘ったのには、ある理由があった。

 その理由を今し方カオンに言い当てられてしまったのだが。


「ああ、最近ルーグがそわそわしてたのって、そういうこと」


 本に視線を落としたままのディオールが言うと、ルーグはボッと尻尾を膨らませた。


「なっ、なんだよ! お前気づいてたなら言えよ!」

「んー、面白かったし」

「え、なになに? ディオール君、それ詳しく教えて?」


 ディオールは本を閉じ、カオンは机の上に身を乗り出す。

 ああもう! こいつらは!

 自分の顔が赤く熱くなっているのを感じながら、ルーグも反撃に出る。


「お前らだって、す、好きなやつくらいいるだろっ」


 い、言ってやったぞ。

 確かにレンカの日が近づくにつれて、落ち着きなく歩き回っていたりしたのは本当のことだ。だって気になるじゃねーか。その……あいつも誰に渡すのか、とか。


「そういえば……リスルとアイ、今日街に材料買いに行くとか言ってたなー」

「話聞けっ! ……っておい! それまじか!?」


 部屋の外で先生が咳払いするのが聞こえた。慌てて声の音量を下げるも、盛り上がった気持ちはおさまらない。

 そうか。アイラル、レンカの日に参加するのか。

 出身は北の四方都市でも幼稚園の頃から王都で過ごしてきたルーグにとっては、レンカの日は毎年恒例の行事だった。もちろんお菓子とニアシェの花をもらった年もあったし、その時は正直に嬉しかった。

 だけど。まだお菓子がもらえるとわかっていない今の方が、格段に嬉しいのはなぜだろうか。


「ルーグ、にやにやしてるとこ悪いけど、宿題が進んでないよー」

「3人で宿題するっていう理由で談話室借りてるんだから。サボってて追い出されても僕は知らない」


 見れば2人ともちゃっかり宿題を広げていた。自分の宿題、今日習った戦術の有利な点と不利な点をまとめるというレポートには、まだ一文字も書けていない。

 獣人闘技学部の宿題はレポートが多いから嫌いだ。

 実技は得意なんだけどなー、と机に頬をつける。


「あーあ、誰か手伝ってくれる奴いねぇかなー」


 ちらっとふたりのほうを見ても、そのわざとらしい独り言に答える人物はいなかった。

 ルーグは居心地悪そうに席を立ち、本を取ってくると言って談話室を出て行った。


「……なぁ」

「うん?」


 ドアが閉じると同時にディオールが口を開く。

 姉や妹と比べると大人びた性格のディオールだが、今は珍しくそわそわと落ち着かない様子だった。

 視線を彷徨わせた後、やがて意を決してカオンに問う。


「……カオンは、いいんだ? アイが、ルーグに……あげても」


 カオンがその言葉の意味を理解するのに数秒の時間がかかった。


「え? え、あ、レンカの日のこと?」

「……ん」


 入学早々、ルーグとカオンが自分の妹を取り合って張り合っていたのを、ディオールは知っていた。だからルーグのあからさまな態度にカオンが食ってかからないのを、ルーグをからかいながらも不思議に思っていたのだった。

 ところが、カオンは眉を下げて笑うばかりだった。 


「だって、アイラルちゃんがルーグのこと好きだっていうのは分かりきってるでしょ? それに、僕の好きとルーグの好きはちょっと違う気がするんだよね。僕はアイラルちゃんがこの手のこと……ま、それはいいや」


 カオンは一瞬揺れた瞳を隠すようにまた笑顔になったが、ディオールは机の上の握った手を見ただけで言いかけたことを察した。人間のふりをした獣人の言いかけたことを。


「カオンって意外と大人なんだな……」

「ふふん。だって僕は騎士団員だからね」


 なんだそれ、とふたりで笑って話が完結したところへルーグが帰ってきた。


「よお」


 なぜか、青の副団長ゴレム・アーレントと一緒に。



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