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お楽しみからのお楽しみ


 お楽しみの正体は、放課後図書館の大掃除を2日間、でした。

 今日は2日目。昨日、たかが掃除だと舐めてかかったばかりに地獄を味わった私達は、2日目にしてやる気を喪失していた。

 ご存知の通り、学園はとてつもなく広く、それに比例するように図書館をとてつもなく大きい。蔵書は絵本から専門書まで幅広く取り揃え、勉強用の机はもちろん、授業の話し合い等に使えるように談話室まで完備されている。

 これ、図書館だけで私の通ってた高校がすっぽり入るよ! 4階建てとか、なにそれ怖い!

 私たちに与えられた仕事とは、そんな図書館を駆け回り……駆け回ったら怒られるね。歩き回りながら、間違った棚に片付けてある本を探して、正しい棚に戻していく仕事。専門書コーナーだけでも広すぎるわ、高い棚には梯子を使わないと届かないわで、これがひっじょーに疲れるのです。


「あたし、ちりとり係するよ」

「今日はちりとりいらないから、リスル」


 梯子に登って高い棚の本を並べ直していると、姉兄のそんな会話が聞こえてくる。

 今日の担当エリアは2階の専門書コーナーだ。

 ええと、ここは草花関連の本の棚だから、高所に咲く花……四方都市の草木……食用草花……魔獣の生態……あ、これ違う。


「シトロンちゃん、これそっちの棚だ」


 隣の棚で魔獣関連の本を並べている友人に、その本を渡しに行く。

 今日は、私が教室で「嫌だ、行かない、疲れた」とぐちぐち文句を垂れているのを見かねたシトロンちゃんが、手伝いに来てくれているのだ。シトロンちゃん大好きだ!


「……あれ、シトロンちゃん何見てるの?」


 一冊の本をじっと見ているようだ。隣から覗き込むと、何やら絵の描いてあるページを見せてくれた。

 

「……クッキー?」

「ええ。風習や伝承の本が混ざってたの。それで、もうすぐレンカの日だなって」


 可愛い袋に入ったクッキーと、それに添えられた黄色い花の絵だった。


「れんか?」

「……知らないの? だって去年も……ああ、去年のレンカの日は、アフツァーさんはグリフォンの事件で騎士団にいたわね。レンカの日っていうのは、ニアシェの花が咲く3日間のことなの。ニアシェの花は知ってるでしょう?」


 うん、と頷く。

 ニアシェの木は王都では比較的よく見る。向こうでいう桜によく似ていて、だいたい春の闘技大会の頃の時期になると一斉に咲き始めて、時期が終わるとまた一斉に散ってしまう、鮮やかな黄色をした花だ。

 ただ桜と違って、花が咲くのはたった3日間。本当にあっという間に散ってしまうのだ。


「王都では、今年の花が散ってしまう前にニアシェと手作りのお菓子を好きな人に渡せば、その恋は叶うって言われてるの」


 シトロンちゃんは大げさに息を吐く。


「3日間のうちに渡さないと意味がないから、レンカの日は学園中が大騒ぎで大変よ」


 そのまま本を閉じて正しい棚に返しに行こうとする。


「えっ、ちょっと待っ、シトロンちゃん!」


 私はすかさず、シトロンちゃんの両肩をがっしり捕まえて引き止めた。

 なんで片付けようとしてるの! そんな面白そうなことが書いてある本を!


「この本の棚はあっちよ?」

「知ってる。知ってるけど、シトロンちゃんはそういう行事とか興味ないの?」

「ないわね」


 ……おお。なんとまあ、あっさりと。

 

「じゃあ好きな人! 好きな人はいないの?」

「いないわ」


 かつて、ここまで盛り上がらない恋バナがあっただろうか。いや、恋バナしたことないけど。

 そういう話してみたいんだよー! 前世でもしたことないだもん、シトロンちゃんとそういう話がしてみたかったんだよー!


「アイたち、うるさいよ。何サボってるの」


 お兄ちゃんが通り過ぎざまにデコピンしていったが、気にしない!

 私はシトロンちゃんの正面に回ると、宣言する。


「私、やりたい!」


 せっかく人生をやり直しているんだ。こういう行事に積極的に参加しなくてどうする。


「クッキー作って、可愛い袋に入れて、リボンも付けたら可愛いよねぇ! ミナ先輩と行った手芸店ならいろいろ売ってそう! わぁ……楽しみだなぁ。ねっ、楽しみだよねっ!」

「え、ええ。そうね」

 

 むこうでいうバレンタインみたいな感じだよね。私、バレンタインに参加するのも、手作りでお菓子作るのも、初めてなんだぁ。

 ああ、お菓子作りかあ。考えるだけで、わくわくする!


「よーし、楽しむぞ! レンカの日!」

「アイ、うるさい」

「ひょっ」


 ごめんなさい。真面目に掃除しますから膝カックンはやめて、お兄ちゃん。






 

 専門書コーナーの掃除を終え、ついでに頼まれた古紙をゴミ捨て場に運ぶ仕事を終え、これでようやく2日間のお楽しみが終わった。

 つっかれたー。古紙の束があんなに重いとは思わなかった。いいなぁ、獣人は重い物でも軽々運べて。ふたりとも私やシトロンちゃんの倍の量を一度に運ぶんだよ?


「もうご飯の時間だねー」


 図書館を出る頃には日は落ちていて、お姉ちゃんの言うとおり寮の夕ご飯が始まる時間だった。

 そのままの流れで、お姉ちゃんとお兄ちゃん、シトロンちゃんとそれから私で、ご飯を食べることにする。

 今日のメニューはなんだろう。おなかをさすりながらご飯の列に並んでいると、前に並んでいる女の先輩2人組がこんな話をしているのが聞こえてきた。


「ねえ聞いた? 今年のニアシェ」

「聞いたー。応用魔法学部の前のニアシェが1輪咲いたんでしょ?」

「そうそう! 早く準備しててよかった!」

「私もあとはお菓子作るだけだもんねー。急がないとあっという間に散っちゃうもんねー」


 ……ニアシェが咲いた、とな?

 今年は何作った?と楽しげに話す先輩たちの声はもう聞こえていなかった。

 今から準備してたら、もしかして間に合いませんか?


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