お買い物とお友達
「今日はお買い物に行きましょうか」
お母さんの一言でアフツァー家は一気に騒がしくなりました。
「りするも? りするもいくの?」
「そうよ。皆で行きましょう」
お姉ちゃんなんかは嬉し過ぎて、家中をぴょんぴょん飛び回る始末。
お兄ちゃんと、恥ずかしながら私も大興奮です。
なんたって初めてのお出かけなんだから。
生まれて此の方、私達はおうちである農場から出たことがありませんでした。
街までかなりの距離があるからね。
自給自足に近い生活をしていることもあって、お母さんが買い物に行く姿も見たことがないかも。
「外は寒いからあったかい服を着ないとね」
そう言ってお母さんが三着のセーターを持ってくる。
羊もどきの毛を材料にお母さんが編んだんだそう。
ちゃんと染色もしてあって、お姉ちゃんが桃色。お兄ちゃんが水色。私は黄色のもこもこセーターです。
これで寒さ対策はばっちりだね!
「さ、準備はいいかしら? パパ、お留守番よろしくお願いします」
今日はお父さんはお留守番。放牧している羊もどきを、雪が降ってくる前に小屋に移動させないといけないんだって。
お父さんに行ってきますを言って家から出ると、うーん寒い!
季節は秋から冬への変わり目で、庭の緑は全部茶色になってしまった。放牧地の草も枯れてなんだか殺風景。
「あるくのー?」
そう、それ疑問だったの。
お兄ちゃんが代わりに聞いてくれました。
街まで歩くのはちょっと……私達にとっては苦しいかと。この丘を歩いておりたとしたら優に1時間はかかるんじゃないだろうか。
「歩いたら疲れちゃうでしょ。サッシャが連れて行ってくれるのよ」
なんと!
「さっしゃにのるのっ?」
「のうー!」
動物大好き組は大喜びしたのだけど、お母さんには違うと言われてしまいました。「サッシャに四人も乗れない」と。確かに。
「サッシャ。久しぶりだけどよろしくね」
お母さんがサッシャ君を柵から出して引いていった先は倉庫。まだ散策したことのない場所です。
何をするのかと思ったら、出て来た時、サッシャ君には馬車がつないでありました。中世ヨーロッパのように豪華で細工が凝ったのとは違って、小さくてかわいい馬車。でも寒くないように壁と屋根はしっかり付いてる。
あれ、でもこれ御者台がないよ?
お母さんも乗り込んでるし……と疑問符を浮かべた途端、馬車が動き出した。
「うごいたっ」
「しゅっぱーつ!」
え、え? ふたりとも笑顔が輝いてるけど、この馬車勝手に動いてるよ!?
自動運転だよ? こっちではこれが普通なの?
「アイラルは馬車が苦手かしらね」
窓から顔を出したお母さんがサッシャ君に、丘の下までお願い、と告げる。
いえ、苦手なわけじゃないんですよ? ちょっとこの世界の常識に驚いているだけで。
常識じゃなくてユニコーンであるサッシャ君がすごいだけという可能性もあるけど…。
「ぱぱ、ばいばーい!」
「こらリスル。危ないから頭を出さないの」
馬車は農場を出て坂道に入った。サッシャ君は苦にせず歩みを進める。だから下り坂でも全然怖くない。揺れも思ってたより少なくて快適、快適。
「あまいの、かう?」
「さあ? いい子にしてたら買おうかしら」
「やった」
お兄ちゃんが言う甘いのとは、最近お母さんがくれたお菓子のことです。マシュマロにキラキラするパウダーをかけたようなお菓子で、とってもとっても甘いのです。
初めて食べて以来お兄ちゃんは何かあるごとに、あまいのちょーだい、です。
「ねーね?」
「あい、みてー。きれーきれーね」
顔を窓にくっつけて何をしているのかと思えば、お姉ちゃんはだんだん近づいてくる街を見ていた様子。
私も窓に寄ってみると、本当だ。レンガ造りの街並みは、オレンジ色でとても綺麗。家から見下ろす街も絶景だったけど、近くで見るとまた違った感じがします。
「着いたわよ」
馬車の旅は10分ほど。サッシャ君が止まるとお姉ちゃんは間髪入れず飛び降りた。一気にぴょーんと。まだ2歳にもなっていない子供のすることでしょうか。
私はもちろんお母さんの抱っこで降ろしてもらう。
お兄ちゃんは……あ、お兄ちゃんも飛び降りるのね。
街中を馬車で走るのは禁止なんだってー。だからサッシャ君は街の外で待機。サッシャ君ならほっといてもきっと大丈夫なんだよね。
「おっかいものー」
ひとりでさっさと街に入って行こうとするお姉ちゃんを捕まえて、さあ、お買い物開始です!
馬車の中で得た情報によると、今日のお買い物の目的は冬の間の食料調達。これは冬はお父さんの野菜が収穫出来なくなるからで、毎年冬になる前にこうやってまとめ買いに来るんだとか。
あと、私達が大きくなったから新しい服も買ってくれるって。
私を抱っこして、お姉ちゃん達を見張りながら、お母さんは街の大通りを進んでいきます。
レンガの建物に石畳の道。等間隔で立っているのはガス灯?
昔のヨーロッパに来たような気分になるね。
すれ違う人は獣人だったり、人間だったり、人間のほうが気持ち多めではあるけど、この世界は完全に獣人と人間が共存しているようです。
……だからお父さんとお母さんが結婚してるわけだけどね。
「まずはお野菜を買うわよ。……ディオール? ちゃんとついて来てるわね?」
「ん!」
「リスルは?」
「はーい!」
大きめの建物に入って、お母さんが点呼をとっていると、誰かがやって来た。
「ナターシャ! 元気なお子さん達だね」
お母さんに手を振る茶髪の女性。
「リラじゃないの。おかげさまで。うるさいくらいよ」
彼女の頭の耳に私はもう釘付け。ピンと立った灰色の三角耳、後ろではボリュームたっぷりの尻尾が揺れている。
これは……!
「おおあみっ!」
「まあ賢いお嬢ちゃん。こんにちは、狼おばちゃんのリラだよ。お名前は?」
「あいりゃる、でしゅ!」
狼! ふわふわな草食動物とはまた違った魅力が……。実は私、ワイルドな肉食動物も大好きです。だからとりあえず尻尾に飛びつかせてください。
お姉ちゃんお兄ちゃんが自己紹介をしている間、私の視線はずっとリラさんの尻尾に注がれていた。
モゾモゾするとお母さんは私を下ろしてくれた。
「ほらルーグも隠れてないでご挨拶」
わーい尻尾! ……って、え?
「……るーぐ」
顔だけ見せた茶髪の男の子。その茶色い髪の毛の間から狼の耳がしっかりとのぞいていました。
標的、リラさんから男の子に変更!
「しっぽ!」
あ。
アイラル・アフツァー、初めてはっきりとした発音で話せた言葉は「しっぽ」でした。
「わ……っ、さわるな……!」
「しっぽ!」
逃げる尻尾を捕まえようと手を伸ばす。
よたよたながら走ることが出来るようになったのもこの日だったと、数年後、お母さんに笑われることになるとは。
狼っ子あらわる。
ありがとうございます。