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叫びの森


「あっ、副団長!」


 パタパタと駆け寄ってくる狐の獣人。アシュレイは食堂に向かっていた足を止めた。


「俺南門の警備にあたってて、今帰って来たんスけど! なんか、えっとなんだっけ! アイ、アイリ……違う!」

「落ち着け」

「そうだ、アイラル! あの子を乗せたグリフォンが南門から街の外へ出るのを見たんスよ!」


 狐の獣人の尻尾は興奮してバッサバッサと振り回されている。

 騎士の護衛も付けずにアイラル・アフツァーが学園の外どころか街の外へ出ていった。それもこんな時間に。

 狐の獣人は今年騎士団に入団したばかりで、任される仕事といえば最も人の通りの少ない南門の警備ばかり。今日も何も起こらず、帰還しようとしたところでグリフォンを見つけた。これは初めての出動もあり得るかもしれない、と期待してアシュレイに報告した……のだが。

 

「南門とは考えたね、アイラルちゃん。まあ、グリフォンがいるなら大丈夫じゃないかな」

「へ……? 追いかけないんスか!? ちょっ、副団長!?」


 ひらひらと手を振って食堂に入っていく上司を、狐の獣人は間抜けな顔で見送った。







 昼ですら薄暗いアージャーティの森は夜になるとさらに不気味な雰囲気が漂わせていた。

 今私達を照らすのは満月の光だけ。街の明かりはここまで届かないし、月に雲がかかれば何も見えなくなるだろう。だからそこの雲、お願いだから動かないで。


「何も聞こえないわね。やっぱり叫び声が聞こえるなんて嘘だったのよ」


 しばらく森の近くをうろうろしてみたが、噂の叫び声は聞こえてこない。シトロンちゃんはホッとしたように言っていた。


「遠くて聞こえないだけかも知れねーだろ! なあ、アイラル、入ってみようぜ!」

「それはダメ。それだけはダメ」


 森の中を覗き込んでいるルーグ君。諦める気はないらしい。

 

『我には何が面白くてこんな場所に来るのか、全くわからぬな』


 スズテカトルは今、羊の石には戻らず待機中だ。なんでって、理由はもちろん、何か出てきた時にスズテカトルがいれば勝てそうだから。

 私は不機嫌なスズテカトルの横っ腹に寄りかかる。すぐさま唸られたが、出会って一年、それも慣れたものである。それにスズテカトルのライオンの毛並みは、見かけに反して案外ふわふわしているのだ。私はきっとこの毛並みをもふるために、スズテカトルと契約したんだ、うん。


「スズテカトルにも、何も聞こえない?」


 背中を撫でると、気色悪い、と払われた。


『……もしや、お前も聞こえていなかったのか?』


 それから、ものすごく馬鹿にされてるような気がする顔で、じっと見られた。

 あ、そうそう、スズテカトルの私に対する二人称が貴様と小娘からお前になりました。若干の好感度アップ! やったー!

 じゃなくて。


「何のこと? うん、何も聞こえない……けど」


 虫の声と、ルーグ君とシトロンちゃんが口げんかしている声の他には、特に何も聞こえないはずだ。


『聞こえぬのなら、よい』

「……え、何それ、怖いんだけど!」


 からかってるだけだよね、そうだよね?

 ぎゅっと背中にしがみつくと、一度こっちを見てからスッと目を逸らされた。何、今の何! そういう恐怖が増すようなことするの、やーめーてーよー!

 スズテカトルは私を振り落として立ち上がる。

 

『我は行くところができた。それに、お前らも迎えが来たようだぞ』

「迎え?」


 そのままスズテカトルは翼を羽ばたかせ、アージャーティの森の上を飛んで行った。

 それに気づいてルーグ君とシトロンちゃんが戻ってくる。


「グリフォン、どこ行ったんだ?」


 ふたりとも不安げだ。それもそうだ。スズテカトルがいなければ、学園の寮まで戻れない。

 沈黙が訪れる。

 ふと、街の方から赤い光が近づいてくるのに、シトロンちゃんが気づいた。それもひとつやふたつではない。


「何、あれ? も、もしかして、叫び声の……? でも、でもっ、叫び声なんて……」


 シトロンちゃんは後ずさって私の後ろに隠れる。

 図ったかのように、あたりが暗くなる。あれだけ動くなと願った雲がこのタイミングで動いて、月を隠したのだ。

 近づいてくる赤い光以外、ルーグ君の姿もシトロンちゃんの姿もまるで見えない。


「あ、いらる……おまっ、肩……!」


 狼の獣人で夜目のきくルーグ君が切羽詰まった声で言う。

 か、肩!? 肩に何!? ギギギギ…と音のしそうなほどゆっくりゆっくり振り返って肩に意識を集中すると、いつからあったのか、私の肩には、誰かの手。鋭く尖った爪が肩に食い込んで————


「よおチビ、無断でこんなとこまで来るとは、いい度胸……おい、逃げんな!」


「でたーーー!!」

「きゃあああ!」

「うわああああっ!」


 パニックの一言である。

 私たちは逃げた。三人とも散り散りの方向へ。

 だが、真っ暗闇の中をめちゃくちゃに走ったらどうなるか。

 答えは、そう、転ぶだ。


「わあっ!?」


 顔面から突っ込んだ先は、幸いにも草むらだった。


「チビ、俺だ」

「来るなっ、こっち来るな!」


 すぐ近くで低い声がして、私は手当たりしだいに草を千切っては投げつけた。


「うわっ、ぺっ、草投げんな。俺だ、ジルだ、ってんだろ!」


 ジル、さん? 

 私は振り上げていた手を下ろす。

 月を隠していた雲が晴れて、銀色の猫の獣人……草まみれになったジルさんが浮かび上がった。

 その向こうには、騎士団の制服を着た人たちと馬が五組ほど。


「副団長! 残り二人見つけました!」

「おー、こっちも捕獲したー」


 騎士団の人たちは、赤い光を放つランプのようものを持っていた。馬も首から同じく赤く光る石をさげている。

 なるほど、光っていたのって、明かり代わりのただの魔力石……。

 フッと脱力する。よかった、叫び声のお化けじゃなかった。


「でも……なんで、ジルさんがここにいる痛っ!」

「どこかのチビが護衛も付けずに学園を出たからだっ! アシュとサラは行く気ねーし、おっさんは鳥目だし、俺の部隊しか来るやつがいなかったんだ!」


 ごめんなさいごめんなさい! もうしませんから、げんこつグリグリするのやめてください!





 ジルさんの話によると、南門の上を飛んだ時に警備の人に見られていたらしい。


「もっと優しく声をかけなかった、ジルが悪い」

「怖がらせるのはよくないと思うなぁ」


 私たちは馬に乗せてもらって、騎士団まで帰ってきた。騎士団の応接室で、学園からお迎えが来るまで、みっちりこってりお説教中……のはずなのですが。


「シトロンなんか膝擦りむいてるぞ」

「アイラルちゃんとルーグ君だって、両手に怪我してるよぉ?」


 ジルさんの尻尾がイライラと床を叩く。

 正座したジルさんの前に並んで立つのは、いじめっ子の顔をしたアシュさんとサラさん。帰ってきた私たちに、ジルさんの部隊から逃げた時にできた擦り傷があると二人が気づいた途端、お説教を受けることになったのはジルさんでした。


「じゃあお前らが行けばよかっただろ! 俺は別に怖がらせようと思ったわけじゃねぇ、音立てずに歩くのは俺の癖なんだよ! お前らいつも猫ちゃんってからかってくるじゃねぇか!」


 そ、そうですよ。ちょっと驚いただけで、こっちが勝手に勘違いしただけだし、転んだのも自業自得ですし。

 ねぇ?とシトロンちゃんとルーグ君に目で訴えかけるも、シトロンちゃんはアシュさんの登場で不機嫌マックス。ルーグ君はこの状況に飽きたようで欠伸をしていました。

 ジルさんを解放できるのは私しかいない……!

 

「あの、ジルさんは悪く……」

「はいはーい、三人ともー。私が学園まで送っていってあげるねぇ。アシュちゃん後はよろしくー」


 あ、だめだ。ここで強制退場です。

 ごめんなさい、ジルさん……! 

 私の背中を押すサラさんの向こうで、応接室の扉がパタンと閉じた。


 馬車に乗せて送ってもらうのもこれで何度目だろう。

 あれ? 乗せてもらう、といえば……スズテカトルはどこまで行ったんだろう?



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