二年目突入です
「アフツァーさん? 急がないと次の授業に遅れるわ」
「ごめん、シトロンちゃん。すぐ行く!」
アイラルです。
時が流れるのは早いもので、私が王都にやって来て早一年。私たちは八歳になりました。
この学園のシステムは、学年相当の実力があれば進級できるというものですが、嬉しいことに誰も留年することなく、次の学年になることができました。
あの事件以来、研究所は何もしてこない。あの時の所長は解任されたのだと聞く。
ただ私は学園からの外出はなるべく控えるように言われ、外出時には必ず騎士団の人が護衛に付くようになった。
うん、毎回違う人だから、ちょっと気まずい。
「ところでアフツァーさん。春の闘技大会、中止になったみたいよ」
「ええっ! また!?」
去年の秋の闘技大会も開催が直前に迫って、中止が発表された。あの時の全校生徒の落ち込みようといったら、それはもう。
それなのに、今回も中止?
「理由はわからないけど、もう決まったみたい」
それからの今日の話題はと言えば、闘技大会中止のことばかり。クラスの男の子達は本気で悔しがっていた。スズテカトルの騒動があって、去年の春の闘技大会も途中で中止。まだ試合に出たことのない子もいるからだ。
「でも代わりに、叫びの森で実習があるんだぜ。知ってたか?」
寮への帰り道、やはり闘技大会の話をしていた私とシトロンちゃんをルーグ君が走って追いかけてきた。
「もー、その名前は余計に怖くなるからやめてって言ったのにー」
「へへっ」
叫びの森というのは、王都の西側に広がる小さな森のことだ。もちろん本当に叫びの森という名前なわけではない。
正式な名前はアージャーティの森。
この森には、アージャーティという名の女神が住む泉がある、という伝説があるのだ。
叫びの森と呼ばれるようになったのは最近で、なんでも満月の夜になると叫び声が聞こえてくるとかこないとか。
とにかく、子どもたちが面白がって叫びの森と呼んでいるのだ。もとから木々が生い茂って薄暗いせいもあって、ちょっとした心霊スポットのような扱いになってしまっている。女神の住む森なのに……。
「叫び声が聞こえるなんて嘘に決まってるじゃない」
シトロンちゃんがツンとそっぽを向いて歩いていく。ルーグ君の尻尾がボッと膨らんだ。
「なんだとぉ? お前、怖いんだろ! 怖いから嘘なんて言うんだ!」
「嘘よ。リュコス君だって自分で聞いたわけじゃないでしょ」
あわわわわ。二人ともなんで睨み合ってるの!
「じゃあ今日試しに行こうぜ。今日は満月だからな!」
「ええ、わかったわ。どうせ何も聞こえないと思うけど」
シトロンちゃん、優等生モードはどこへ行ったの。
「アイラル!」
「アフツァーさん!」
同時に名前を呼ばれて飛び上がる。
二人とも、二人とも目がギラギラしてるから! 叫びの森よりも、今の二人のほうが怖いから!
「晩ご飯の後に集合な。アイラルのグリフォンで飛んでいったら、すぐに着くだろ」
「え、ちょっ、ちょっと待って。スズに乗るの? というか私も行くの?」
これまた同時に頷かれる。聞いてない!
私はホラーが苦手だ。心霊映像特集なんてものを見た後には、ひとりでお風呂に入れなくなるくらいには。
じゃあ後でな!と先に走っていくルーグ君の背中を呆然と見送った。
「シトロンちゃんー……シトロンちゃん?」
あれ。シトロンちゃん、どうしたの。お顔が真っ青……。
「アフツァーさん!」
「ひゃい!」
「……ど、どうしよう。私、怖い話とかすごい苦手、なんだ、けど」
しばし沈黙。気まずそうに視線を逸らすシトロンちゃん。
え、ええええーーー!?
「苦手なのに、なんで肝だめしの約束なんてしちゃうの! ルーグ君本気だよ! 本気でアージャーティの森まで行くつもりだよ!」
シトロンちゃんは、むぐ、と言葉に詰まる。
「だって、怖いなんて言いたくないもの……」
あ、かわいい。
ほっぺたを膨らませて拗ねる仕草だけで、許せた。
どうも私は、いつも大人っぽく見られがちなシトロンちゃんの、年相応な表情や動作に弱いようです。
その結果、私はいろいろと策略を練ることとなった。
出発は街の人通りが少なくなる時間を待ってから。
夜間の外出は高学年でもなかなか認められない。それに私は現在、普通にお出かけするにも騎士団の護衛が付く状態だ。まずはどうやって学園を抜け出すか。そして、スズテカトルの背中に乗って行ったら、それはそれは目立つだろうから、なるべく目立たないようなルートはないか。
「寮の裏の壁で一ヶ所だけ低くなってるとこがあるから、そこから一旦外に出る。そこからスズテカトルに乗って、大回りになるけど南の門のほうへ飛ぼう。一回街の外まで行っちゃえば、簡単には見つからないと思うよ」
これが私の考えた計画。
暗くなって、寮の裏に集まった二人に伝えると。
「私も行くの?とか言ってたくせに、ノリノリじゃねーか、アイラル」
頭の後ろで手を組んだルーグ君にニヤニヤされた。
「苦渋の決断の末、なんだからね」
「くじゅ……?」
本当は一瞬で決めたけどね! シトロンちゃんの可愛さに負けたけどね!
メンバーは増やさず、ルーグ君、シトロンちゃん、それから私の三人だけだ。大人数にしてばれるのが怖かったから誘わなかった。
「ここだよ」
学園を囲う壁で一ヶ所だけ低いところがあると気づいたのは、プキを捜していた時だったっけ。
学園に来てすぐの頃は寝る時には部屋に帰ってきていたプキも、今では野生に帰ったと言うと変だけれど、気が向いた時に姿を見せるくらい。それでも見るたびにお腹がぽんぽこりんになってるから、いろんなところでご飯をもらっていると見た。
まずルーグ君が軽々と壁を越える。灰色の尻尾が壁の向こうへ消えた。
「うぬ、ぬぬぬー……!」
「アフツァーさん頑張って」
獣人には簡単に越えられる壁も、私達人間にすればなかなかの障害物だ。
私はシトロンちゃんに押し上げてもらって、シトロンちゃんを私が引っ張り、なんとか学園の外へ出られた。
「スズテカトル・グライフ……えっと」
『……ノヴィ・ヴルーヘル』
「そう、スズテカトル・グライフ・ノヴィ・ヴルーヘル」
それからすぐさま、スズテカトルを召喚、私を含め三人が乗ったらテイクオフ!
街の人に見つからないように、スズテカトルは一気に高度を上げる。街の明かりが米粒ほどに見える高さまでやって来て、ほっと一息。
「すっげ、グリフォン! 飛んでるぜ!」
「きゃっ! リュコス君動かないで!」
『喧しい……』
スズテカトルは始終不満顔だったけど。
気持ち的には新章突入……の前段階くらい。
ここまで長編の連載が初めてなので、ストーリーや台詞に矛盾が生じてないか怖いです。




