そして平穏へと帰る
簡潔に言うと、私やミナ先輩、ウィンディさんを襲ったのは、一般に研究所と言われている国立の研究機関だったということでした。
魔法の研究を主に行っている研究所は、闘技大会のグリフォン騒動で私の魔法のことを知り、今回の誘拐事件にいたったそうです。
「それにしても、なんで誘拐なんてしたんでしょうね。正面から正々堂々来ればいいのに」
「そんな簡単には行かないって……」
私の問いかけに答えたのは、隣のベッドに転がっているミナ先輩である。ちなみに私は自分のベッドに正座をしている状態だ。
誘拐事件から一週間ほど経ってなんとか雷の魔力が外れた私は、歩けるようになって擦りむいた頰と膝のガーゼも取れたのだけど、時折ふらつくので医務室から出してもらえない。ミナ先輩も回復したものの、お医者様に外出禁止令をきつく言い渡されている。まだ歩き回ると息が切れるみたいだ。
それにしても、ミナ先輩が元気になって本当に良かったー。心臓の病気だったなんて、知らなかったから。知っていたら、あの時絶対に走らせなかったよ。
「簡単に行かないって、なんでですか?」
もっとも、ミナ先輩は私に病気のことを隠していたようだったけど。
「アイラルが思ってるほど、研究所の執念は甘くないってこと。全部ねーちゃんから聞いた話だけど……カオン、いるだろ?」
「……? はい」
まだミナ先輩は本調子ではなさそう。声に覇気がない、というか。
「今は人間に化けてるみたいだけど、カオンの手、犬の手だろ」
「はい。とっても肉球でした」
「とても肉球って何。あれって普通はあり得なくて、だからカオンは騎士団に来てすぐに、研究所に目をつけられた」
ああ、そういえば。ウィンディさんもカオン君は八方都市から来たと言っていたっけ。
……八方都市ってどんなところなんだろう。私、四方都市は知ってても、八方都市は八つあるってこと以外、名前もわからないや。
「騎士団に来る前にも色々あったらしいけど、俺もよく知らないし長くなるから省略。それで、カオンは騎士団所属ってことになってて、研究所はそれが気に入らなかったんだと思う」
ミナ先輩は一度大きく息を吐く。
「……気に入らなかった?」
うう、理解力がなくて申し訳ないです。いや、七歳にはちょっと難しい話だよ、うん。
「カオンが騎士団所属になったら、研究所は騎士団の許可がないと、カオンに会えなくなる。そうしたら欲しい情報もなかなか手に入れられなくなるだろ?」
つまり、いつでも研究や情報収集ができるように、カオン君を研究所の保護下に置いておきたかったと。
スズテカトルと飛んでみてわかったんだけど、騎士団と研究所って結構遠いんだよね。お城を囲むように、騎士団と研究所と学園が三角を描く配置。あの距離を研究の依頼のたびに行き来するのは、確かにキツイかもしれないけど。それでも、ずっと研究所の保護下っていうのは、わがままじゃないかなぁ? ミナ先輩の話を聞く限りでは、カオン君を王都に連れてきたのは騎士団なんだし。
「それで、研究所は諦めた……んですよね?」
ミナ先輩は首を横に振る。
う、嫌な予感がする。
「カオンが話を聞きたいっていう名目で研究所に行って、帰ってこなくなった。あの時は、ねーちゃんもすげー慌ててたな」
「誘拐、ですか……?」
頷いて肯定される。
研究所め、前科があったのか! それもあのカオン君を!
「で、その時の研究所の言い訳が、カオンは騎士団に送り返した、うちにいるはずがない、ってやつ」
「うわぁ……。あ、ミナ先輩、水なら私が、ってうわっ!」
ベッドから降りた拍子に膝がカクンッとなって、バランスを崩した私はミナ先輩のベッドにダイブする。
鼻が、いひゃい……。ちょっとミナ先輩! 何笑ってるんですか!
「すぐにカオンは騎士団が助け出したけどさ」
水を渡してからも、ミナ先輩は思い出して笑っている。
「アイー!」
「アイ、いる?」
そこへやって来たのは、我が愛しの姉兄。
私の姿を見つけたお姉ちゃんは駆けてきて勢いよくベッドに飛び乗った。お兄ちゃんはお姉ちゃんが開けっ放しにしたドアをきちんと閉めてからベッドに腰掛ける。
「もう元気になった?」
そう言って、少し前まで動かせなかった私の膝をやさしく撫でてくれるお兄ちゃん。あなたは天使ですか。
「うん。もう歩けるから大丈夫だよ」
「そっかー、よかった! アイが歩けなくなったら、一緒に遊べないもんね!」
お姉ちゃんは私の髪を三つ編みにして遊んでいる。この前覚えたんだって。
ちなみに、なぜ愛しの姉兄がここ、騎士団にいるのかと言いますとね。私が騎士団の医務室に運ばれた日に、お姉ちゃんとお兄ちゃんはすぐに学園から駆けつけてくれて、その時に副団長さん達……特にサラさんに「どうせ夏休暇でしょー? 泊まっていけばいいのにー」と言われたそうで。それからずっと騎士団にお泊まりをしているのです。
「それで。リスルとディオールは何しに来たんだ?」
私の頭にめちゃくちゃな三つ編みが完成した頃、ミナ先輩がベッドを降りつつ言った。そして先輩が窓を開けるとセミの大合唱が響いてくる。
「そうだった! 外に遊びに行こうと思ってたんだ!」
お姉ちゃんの手が私の腕をがっしりと捕まえる。
「お、お姉ちゃん? 私はまだ外に出るの禁止で……」
「ばれなきゃヘーキ!」
え、それからのこと? 私がお姉ちゃんの力にかなうわけがないじゃん。
お兄ちゃん? お兄ちゃんは触らぬ神に祟りなしって感じで、私たちの後を追いかけてきたよ。
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「…………では、全員賛成ということだな?」
アイラルが医務室を抜け出した頃、騎士団の会議室では、騎士団長ジェイ・ブレイズが席に座る四人を見渡して言った。
「……条件が、守られるのならば」
庭園から子ども達の賑やかな声が聞こえてくる。
ジェイは一つ頷くと、それとは対照的に重い空気が漂う会議室を後にした。
「あと、三年……」
それはあまりに短く、そして……長い。
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