絶対絶命でした
ミナ先輩が地面を蹴った。
普段のミナ先輩からは想像もできないほど怒りに染まった目が私の横を通り過ぎ、振り上げた爪が男に突き立てられる————より先に男が懐から何かを取り出した。
バチィッ!
「がっ……!」
吹き飛ばされたのは……ミナ先輩!?
男に振り下ろされていたはずの腕を押さえてうずくまる。
「せっ、先輩に何したの!」
男の持つ拳ほどの大きさの石から、バチバチと黄色い火花が散って……違う、火花じゃない。あれは雷の魔力だ。雷の魔力が男の周りにバリアのようなものを張っている。
「何もしていないさ。そのチーターが勝手に突っ込んできただけだろう?」
石が砕ける。同時に雷の魔力も消えた。
欠片になって地面に落ちた石は、すでに黒いただの石になっていた。
おそらく、カオン君のペンダントや私の増幅の石のように、魔力を封じ込めた石だったのだろう。
「やはりこのサイズになると一度しか使えない、か。だが十分だな。誰か、チーターを押さえておけ」
白衣が二人がかりでミナ先輩を押さえつける。謎の不調に加えて雷の魔法を正面から受けたミナ先輩は、それを振り払うことができない。
「さあ、行こうか。お嬢ちゃん。ちょっとお話するだけだから」
男が新たな石を持って近づいてくる。
「い、嫌だ……」
何が目的か知らないけど、あんた達なんかについて行ってたまるか!
雷の魔力がバチバチと飛ぶ石が迫り、恐怖で逃げ出してしまいたくなる。じわ、と目の端に涙が浮かんだのがわかった。
だけど、だけど。
「あんた達の目的は私なんでしょう!? ミナ先輩を放して!」
ミナ先輩を傷つけたこの人達を赦せなかった。
増幅の石を握って、風の魔力を両手に集める。イメージするのは鷲。シトロンちゃんの風の鷲だ。
両手を上げると風が渦を巻いて、私の頭上に風の鷲が現れた。未だ止んでくれない頭痛がひどくなった気がするけど、よし、できた!
「ほう、契約召喚の使い手で、さらに稀少な風属性ときたか。……だが、それはチーターの魔力石で誤魔化しただけの未完成品だ」
「え……っ」
男が手を振ると雷の魔力が獅子の姿を型どった。繊細な、鬣の一本一本まで精巧に作られた雷の獅子。この獅子に比べれば、私の鷲はまるで子供が作った粘土細工。かろうじて鷲の形を保っている、といったレベルで。
獅子は身を低くして唸る。唸り声まで本物のようだ。
「魔法はこうやって使うんだよ、お嬢ちゃん。食われたくなければ、来てくれるかな」
獅子は今にも飛びかかってきそうだ。それに鬣から放たれる雷が、私のすぐ近くまで飛んでくる。
「嫌だ、行かない……!」
力任せに風の鷲を放った。
が、跳躍した獅子にあっさりと叩き落とされ、消滅する。
「面倒だ」
「っあ!」
男が指を鳴らすと、膝に鋭い痛みが走る。立っていられなくなって、尻餅をついた。
足が……!
両膝に輪のような黄色い魔力がまとわりついていた。
足が震えて、立てない。
男のが私の腕を掴んで、私は無理やり立ち上がらせられる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「触るな! 放して!」
振り払おうにも、両手首を掴まれ、足が動かなければどうしようもない。
「アイ、ラル……!」
ミナ先輩の声が聞こえた。そして、私は男に引きずられて——
「ミナ! アイラルちゃん!」
ハッと私は顔を上げる。
割れた窓の向こうにウィンディさんの姿を見つけた。
「これを!」
ウィンディさんが私に何かを投げる。
それは弧を描いて私のもとへ飛んできた。陽の光で鉄色の目が輝く。
「こ、の!」
勢いよく倒れ込み、頰と膝を擦りむく。男が私を突き飛ばしたのだ。
だが、飛んでくる石の羊を見て、何をすべきなのか即座に理解した。
「スズテカトル・グライフ・ノヴィ・ヴルーヘルッ!」
石の羊を男が掴むより先に、声を張り上げる。
いっ、言えた! 間違えなかった!
男の手を触れる直前だった石の羊から緑の光が溢れる。
『……なんだ、覚えているではないか。小娘よ』
緑色の目の、石の羊が落ちる。そして、ゆっくりと降り立つ、グリフォン。
「なっ! あのガキ、やりやがった!」
「契約召喚だ!」
白衣達がじりじりと後ずさる。私を突き飛ばした男も舌打ちをして、グリフォン——スズテカトルから距離を取ろうと後ろに下がる。
『呼び出されたからには、主人の命令に従おう。さあ、小娘、こやつらをどうしてほしい?』
グワッとスズテカトルが嘴を開けば、それだけで勝負は決まったも同然だった。
「アイラルちゃん!」
騎士団の人達によって白衣達が捕縛される中を駆けてくるのは、アシュさん!
あの時、スズテカトルが現れたのとほぼ同時に、ウィンディさんが機転を利かせてミナ先輩の魔力石で応援を要請してくれていた。
「アシュさん! ミナ先輩が……っ」
「うん、分かってる。すぐに騎士団に運ぼう。病院より騎士団の医師のほうが早く治療に当たれる。ウィンディちゃんもだいぶ取り乱してるし……」
アシュさんの視線の先には、ミナ先輩を抱き締めるようにして泣いているウィンディさんと、そのウィンディさんにもたれかかるミナ先輩。ミナ先輩の手の甲から手首にかけての切り傷からは、赤い、血が見えていた。
二人の方へ走っていったアシュさんを追おうにも、まだ足が言うことを聞いてくれない。黄色い魔力がまだ消えてくれないのだ。
うんうん唸ってどうにか前に進もうとする。
『……見苦しい』
「うるさいなっ、スズテカトル! 足が動かな、うあっ!?」
首のうしろに冷たいものが当たったかと思うと、私の身体は宙を舞っていた。
『しっかり掴まっておけ。落ちても知らぬぞ』
そして着地した場所は、スズテカトルの背中の上。またがるというよりしがみつく私を乗せたスズテカトルは、のっしのっしとミナ先輩のもとへ歩いていった。
「ねーちゃん、大丈夫、だって……」
「倒れといてよくそんなこと言えるわね! それにその手、どうしたの!」
ウィンディさんは私が近づいてきたのにも気づかないほど興奮している。それはもう、尻尾の毛が逆立つくらいに。
ミナ先輩は……よかった、話せるくらいには落ち着いている。
「アイラルちゃん。アイラルちゃんのグリフォンで、ミナを騎士団まで運んでもらえるかな。アイラルちゃんも怪我してるし、診てもらったほうがいい」
スズテカトルは「なぜ我が……」と唸っていたが、スズテカトルの言葉が聞こえないアシュさんは問答無用でミナ先輩をスズテカトルの背中に乗せた。
「俺たちもすぐ追いかけるから!」
アシュさん達の声が遠くなるのを、足が動かない状態で初めての飛行を余儀なくされた私は、必死でミナ先輩の腰に掴まりながら聞いていた。




