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異変


 白衣の人が来た方向には、やはり階段があった。

 堂々と歩いていく二人の後ろに隠れて階段を上りきると、そこはようやく明かりがある場所だった。

 今まで歩いてきた石造りの暗い廊下から一変して、白い壁、床には絨毯までしいてある。

 騎士団とよく似ている、と思った。


「ねぇ、ミナ。私、ここに見覚えがある気がするんだけど……」

「偶然。俺も」


 ウィンディさんが顔を引きつらせて言って、ミナ先輩も同意する。


「知ってる場所なんですか?」


 騎士団じゃないよね? 騎士団も壁は白いけど、もっと装飾がキラキラしてて、絨毯は真っ赤だもんね。


「ええ、ちょっとね……」


 言葉を濁すウィンディさん。


「私が先に行って、様子を見てくるわ。足音は聞こえないけど、もし誰かが来たら隠れるのよ」


 ……いったい、ここはどこなのだろう。もとから無きに等しかったウィンディさんの緊張感が、ここに来て完全に消えた。

 危ない場所ではないってこと?

 ウィンディさんの背中を見送って、ミナ先輩とふたり、上ってきたばかりの階段に身を潜めた。


「アイラル、目は平気? まだ痛い?」

「だいぶ痛くなくなりました。頭はまだ痛いけど……」


 それも目が覚めた時ほどではない。

 そう伝えるとミナ先輩は、よかったと言って頭を撫でてくれた。


「そういえば、ミナ先輩とウィンディさんも私みたいに不意打ちで捕まったんですか?」

「……なんで、そう思うの?」

「チーターなら走ったら逃げられたんじゃないかなって」


 なんてったって、二人は世界最速の動物の獣人。犯人と鉢合わせたからといって、全力で走れば逃げられると思う。

 ミナ先輩を見上げると、頭をぐしゃぐしゃと撫で回された。

 なにー? 嬉しいけど髪がー!


 そんな時だった。

 ミナ先輩が撫でる手を止め、廊下の向こうに視線を向けた。耳がピクピク動いている。


「一人、二人来る。一旦下りよう」


 音を立てないように、暗い階下へと引き返す。

 しかし、あろうことか二人分の足音も階段を下りてくるではないか。

 魔法で明かりも付けられず薄暗い中で、私はミナ先輩の服の裾をぎゅっと握った。


「おい、誰かいるのか?」


 見つかった……!

 足音の主、やはり白衣の男達、が持っていた灯りで私達を照らした————瞬間、私の身体は宙に浮いていた。


「うわっ! お、おい!」

「子供が逃げたぞ! くそっ、見えない!」


 ミナ先輩が私を抱え上げ、階段を一気に駆け上がったのだ。

 不意を疲れた白衣の男達は持っていた灯りを落としてパニックになっている。


「羊はねーちゃんに任せて、外に逃げるぞ。落ちるなよ」


 階段を上りきったミナ先輩は、廊下をものすごいスピードで走り始める。私はミナ先輩の脇に抱えられるかたちでしがみ付いている。

 ミナ先輩は迷うことなく廊下を突き進む。まるで来たことがあるみたいに。

 運搬中は喋らない。喋れない。口を開けば確実に舌を噛む。うっ、酔いそう。

 だが一度だけ声を出した時があった。


「ミナ先輩……?」


 何度目かの角を曲がって、たぶんあれが玄関の扉だ、という大きな扉を見つけた。もうすぐ出られるというところで、ミナ先輩が急に減速したのだ。

 後ろには追いかけてくる男達の声が迫っている。

 

「……くそっ」

「え、ちょっと、ミナ先輩!? え!?」


 ミナ先輩は何を思ったのか、玄関ではなく廊下の窓に向かって風の魔法を放った。

 ガシャン!

 割った! 窓割った!

 何してるんですか!と抗議するより早く、私を抱えたまま、ミナ先輩は割った窓から外へ飛び出した。

 

 外へ飛び出したところでグラッとミナ先輩の身体が傾いた。倒れそうになった身体はかろうじて壁に寄りかかる。


「先輩!? ミナ先輩!」


 私は突然の異変に、身をよじって抱えられていた体勢から抜け出した。

 追っ手の声が迫ってくる中、ミナ先輩は座り込んでしまう。


「ごめ、もうちょっと……っ、だったのにっ」


 胸を押さえたミナ先輩は切れ切れに言う。

 何? ミナ先輩、どうしたの?


 状況は飲み込めなかったが、とにかくここにいては見つかると、私はとっさにミナ先輩の腕の下に身体を滑り込ませた。

 見つからないところに隠れないと! 向こうの木の陰に……! んー! 重い!

 

「ミナ先輩、頑張って……っ」


 耳元でハッ、ハッ、と荒い息が聞こえる。そして時折痛みを堪えるような声も。

 私の力じゃ、この体格差じゃ、ミナ先輩を運ぶのは……いや、それでも何とか!


「見つけたぞ!」


 だが非情にも一歩目を踏み出す前に響いた大声によって、私はビクッと肩を跳ねさせた。


 追ってきていた白衣の人達が、どたどたと玄関のほうから走ってきた。ミナ先輩が割った窓の向こうにも数人が立っている。

 その中には獣人の姿もあったが、今ははしゃげる余裕はなかった。

 ぐったりと脱力するミナ先輩の重みに耐えきれなくなって、私も地面に倒れこむ。


 ————捕まる。


「子どものほうは慎重に扱え。……ん?」


 男の一人が指示を出す途中で何かに気づいて動きを止めた。私はその間にミナ先輩の下から這い出る。


「こいつ、魔力石の。おい、なんでこいつが子供と一緒にいるんだ」

「たまたま居合わせたから、と聞いていますが……。所長、知り合いですか?」


 私達に逃げる術はないと判断されたようで、所長?と呼ばれた男も他の人達も、特に力づくで捕まえようとはしてこなかった。

 私を慎重に扱え、とも言っていたし、やっぱり目的は私で——。

 いや、それよりも今はミナ先輩だ。胸を押さえるミナ先輩の表情は苦痛に歪んでいる。何が起きたのかはわからないが、このまま放っておいて治るような症状だとは思えなかった。

 病院。この世界に生まれて、まだ病院には行ったことがなかったが、王都にはそれらしき施設はあるだろう。

 この人達の目的は私だ。だからミナ先輩を。


「あのっ、ミナ先輩を」

「こいつは騎士団サマのとこのゲシュウィントの弟だ。知ってるだろ、前に“王の子”の件でごたごたがあった時のチーター。あいつの弟だよ」


 男は私の言葉を遮ると鼻で笑った。

 こいつ……!

 頭にカッと血が上った。

 思わず立ち上がりかけた私の腕を誰かが掴んで制止する。

 

「……っ、だまれ……」


 ミナ先輩だ。

 苦しげな息の中、男を睨む。


「……代々騎士団の隊長格を輩出してきたゲシュウィント家で、ひとり騎士団への道を閉ざされた」

「黙れ……!」


「かわいそうな、走れない獣だよ」


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