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走れない獣


視点がコロコロ変わるので注意です。


 後になって思ったのは、なぜ学園に向かって歩かなかったか、ということです。学園には高い塔がいくつもあって、それを目印に歩けば、どんな方向音痴でも辿り着けるでしょう。


「みんなどこー……」


 それに気付けなかった私は、どんどん学園から離れていっているということも知らず、がむしゃらに王都の網のような道を歩き回っていました。

 さっきまでは夕焼け色だった空が、だんだんと夜の色に染まり、周りの家々は明かりを灯し始める。


「スズー……」

『…………』


 頼みの綱のスズテカトルは、先程からなぜか話を聞いてくれません。


「動かないほうが、よかったのかなぁ……」


 後悔したところで、既に遅し。どの道を通って来たのかも、もうわからないのです。

 きゅるる、と情けない音で鳴るお腹を押さえながら、私はまだ行っていないはずの道を歩き始めた。





 一方、アイラルがいないと気付いたミナ達は慌てて噴水広場まで戻っていた。三人で辺りを捜すも、アイラルの姿はない。


「アイラルの声、聞こえないか?」


 ミナが問うも、リスルもディオールも首を横に振る。二人とも不安そうに俯き、リスルにいたっては今にも泣き出しそうな顔をしている。


「まわりがワーッてうるさいの……」

「アイの声がわからない」


 獣人は人間よりも優れた聴力を持つが、この時間、仕事を終えた人々で街が賑わい始める中では、アイラルの声だけを聞き取ることは難しい。

 

「アイ……いないぃ……っ」


 遂にリスルが泣き出した。

 姉をなだめようとして自身もつられて泣きそうになっているディオール。そんな二人を見て、ミナは唇を噛んだ。

 そして。


「俺が捜してくるから、こっから動くなよ。変なのが来たり、怖くなったら、あそこの店に入っとけ」


 涙目でこちらを見上げる二人の頭をくしゃ、と撫でると地面を蹴った。

 人の波の中に消えていくミナを背中を見送りながら、リスルとディオールは顔を見合わせた。


「……ミナ、はやーい」

「走るの苦手って言ってたのに……」





 仕事で街に出ていたウィンディは、広場から駆け出ていく赤毛を偶然見つけて、驚いた。


「ミナ?」


 学園で研究がしたいと言って今年の夏も実家に戻らなかった弟が、なぜ街にいるの?

 いや、それよりも。


「ミナ! あなたなんで走ってるの!」


 さぁっと血の気の引く音を聞いて、弟を追いかけて駆け出した。

 ミナはウィンディに気付いているのかいないのか、スピードを緩める様子はなく、人混みを縫うように走っていく。いや、獣人の聴力なら気付いているはずだ。

 焦りを押し殺してさらにスピードを上げる。チーターの獣人同士の追いかけっこに、街の人々はぎょっとして道を開けた。

 

「ミナ! 止まりなさい!」


 何度か名前を呼んだ頃、先を行くミナのスピードが次第に落ち始めた。やがて路地の壁に寄りかかるようにして座り込む。


 ——ウィンディ、ミナを走らせてはいけないよ。


 ミナが生まれてすぐの頃から、父に何度も言って聞かされた言葉だ。あの頃はその言葉の意味がわからなかった。チーターの獣人である私は身体を動かすことが大好きで、それはミナも同じなのだと思っていたからだ。

 父も母もしつこいくらいにミナを走らせるなと言っていた。けれど、ミナが歩けるようになり、一緒に遊ぶことが出来るようになって、家の中だけで遊ぶのが運動好きの私にはつまらなくなった。だから両親の言いつけを破って、ミナを家の外に連れて出た。

 ミナと街中を走り回って遊んだのは、その時一回だけだ。


「……何、ねーちゃん」


 立てた膝に頭を乗せて項垂れる弟の隣にウィンディは腰を下ろす。ミナの背中は大きく上下していた。


「何、じゃないわよ。走ったらこうなるってわかってるのに、なんで全力疾走なんてしてるのよ」


 あの日のことは忘れられない。

 追いかけっこをして、ミナが鬼になった。ふと後ろを走る足音が消えて、振り返った時には。


「……っ、死にたいの?」


 倒れて動かない小さな弟。幸い街の人が医師を呼んでくれて、大事には至らなかったが、苦しそうに息をするミナの姿は今でもウィンディのトラウマだ。

 父は怒って母は泣いていた。

 ミナは心臓の病なのだと言われた。

 知らなかったとは言えなかった。だってあれだけ言い聞かされていた。走らせてはいけない弟を連れ出したのは、他でもないこの私だ。

 だから誓った。もう二度とミナを苦しませない。走らせない。


「……どうして、わかってくれないの」


 なのに、どうして走るの。苦しいのはあなたなのよ。


「アイ、ラルが……迷子。リスルと、ディオールが不安がってるから……っ、ねーちゃん、捜して」


 俯いたままのミナが整わない呼吸の中で言う。

 アイラルが迷子? もう暗くなるというのに。路地が入り組んで人通りの少ない地区には治安が悪い場所も存在する。すぐに捜しに行かなければ。

 ……だが、ウィンディは動けなかった。ここにミナを置いて行くわけにはいかない。

 どうして今日に限って単独で出て来ちゃったのかしら!


「あー、もう! あなたの魔法石貸しなさい! 騎士団から誰か呼ぶわ!」


 

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