もふもふもふもふ
連れて来られたのは、学園の調理室の前。
なんでこんなところに……いや、その前に、しんどい! 寮から調理室がある校舎までダッシュはしんどいから! サラさんの魔法で姿を偽っているだけでカオン君は獣人、私は人間なんだからさぁ。
「アイラルちゃんはここで待っててね」
しかもカオン君、私を残して調理室に入っていっちゃうしー。
ばくばく言っている心臓を鎮めようと壁に背中を預けて座る。あれ、なんか今日、体育座りばっかりしてるな。
「ルーグ! それはこっち!」
「うるさい、分かってるし!」
あ、お姉ちゃんとルーグ君もいるんだ。なんか喧嘩してるけど、中で何が行われているんだろう……。
磨りガラスになっている、ドアの窓から、そっと中の様子を伺ってみる。
んー? 人影がいち、にー……。
その中の一人がドアのほうへ向かって来たので、慌てて離れる。
「アイ!」
「お姉ちゃん!」
出て来たのはお姉ちゃんだった。でもその格好が……その。
ピンクのエプロンをしているのは、まだ理解できる。三角巾も許容の範囲内。でもその下に羊の着ぐるみ?を着ている理由が私には分からない。本物の耳と着ぐるみの耳が二つずつで、なんだか奇妙なことになっている。
でも。
「お姉ちゃん、かわいいーっ!」
私にはそんなのどうでもよかった。お姉ちゃんかわいい、かわいすぎるー!
見てよこれ、着ぐるみ! 腕も足も白いモコモコに包まれてるし、その先には蹄までちゃんと付いている。叫ぶなと言うほうが無茶でしょう。
「アイ、おいでー」
お姉ちゃんが蹄付きの手で、ちょいちょい、と手招きする。
もふもふに飛び付きたい衝動をぐっと堪えて、調理室の中に入ると、びっくり。
「アイラル、おかえり」
お兄ちゃんもお姉ちゃんとお揃いの羊の着ぐるみ。角付き。
「おかえり」
ルーグ君はグレーの狼の着ぐるみ。
「おかえりなさい」
「アイラルちゃん、おかえりー!」
シトロンちゃんとカオン君までもが、それぞれ黒猫と犬の着ぐるみを着ていたからだ。
「へ、あ……誰が作ったの?」
かわいいと叫ぶのを通り越して、びっくりし過ぎて、そう聞くのが精一杯だった。
「俺がそういうの得意な友達に頼んで作らせた」
手を上げたのは、なんと闘技大会ぶりのミナ先輩。……うん、調理室に入った時からなんでミナ先輩がいるんだろうとは思ってたんだけど、着ぐるみのインパクトが強くて後回しになってました。なんでいるんですかミナ先輩。
それと後回しになっていたと言えば、これ。
「すごいケーキだけど……」
調理室の机の上にドンと存在を主張する大きなホールケーキ。イチゴがたくさん乗っていて美味しそう。少し形が歪だけど……。
みんなが顔を見合わせて笑う。ミナ先輩はニヤリ。
「こいつらが作った。調理室を使うのに初等生だけじゃ許可出ないから、俺は付き添い」
お姉ちゃんが椅子を引っ張ってきて、その上に立った。
「えっへん。それじゃあ、これからアイおかえりなさいのパーティーを始めます!」
高らかに宣言したお姉ちゃんに、みんなが拍手を送る中、私はポカーンと口を開けてしまった。
「ケーキ切ろうぜ!」
「あっ、僕もやりたい!」
「はいはい。危ないから俺がやる」
ミナ先輩がナイフを取って、着ぐるみ軍団がぶーぶー文句を言っているあたりで、やっとハッと我に返った。
私のためのパーティー?
「はい、アイには一番大きいイチゴのやつ」
「あ、ありがとう。お兄ちゃ……ぷっ」
「何笑ってるの」
「だっ、だって」
お兄ちゃん、羊の着ぐるみ着て真顔! 着ぐるみ着てるのに平常運転なんだもん!
笑いが爆笑に変わる私の頬っぺたを、お兄ちゃんはぐにーっと引っ張る。ご、ごめんなしゃい。もう笑いましぇん。
「でも、なんでみんな着ぐるみなの?」
「リスルが考えたんだ。アイがもふもふ?が好きだから、みんなでもふもふになろうって。気に入らなかった?」
「気に入った! みんなかわいい!」
よかった、とお兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。え、何。お兄ちゃんの貴重なデレ?
「アフツァーさん、座って。食べましょ」
黒猫のシトロンちゃんが自分の隣に椅子を置く。
みんなでパーティー。なんだかくすぐったい。
異世界に来て、幸せだと感じる機会は何度もあった。だけど今回は格別。私は今、友達の中にいて、みんなでテーブルを囲んでいて、笑っている。普通のことだと言う人もいるかもしれない。それでも私にとっては幸せなことなのです。ずっとその普通のことに憧れてきたのです。
「みんな、ありがとう」
甘くて美味しくて、ちょっと歪なこのケーキの味を、私はきっと忘れない。
ほのぼのターンでした。
次回もほのぼのもふもふさせる予定。
ありがとうございました。




