金の羊、鉄色の瞳
「ん……」
「アフツァーさん? 兄さん! アフツァーさんが目を覚ましたわ!」
「ああ、すぐに行く!」
うーん……。大きな声、うるさいなぁ。まだ眠い……あとちょっとだけ……。
「アフツァーさん!」
「ぐふっ……!」
誰かに抱きつかれて強制起床。
今の声は…………シトロンちゃん?
「アフツァーさん……目が覚めてよかった。なんであんなことしたのよ!」
さらに、ぎゅーぎゅー強く抱きしめられる。ちょ、さすがに、痛い! 苦しい、声出ない!
シトロンちゃんの背中をぺしぺし叩くと、ようやく解放されました。
「あれ? ここ、騎士団?」
ベッドに寝かされていたらしい身体を起こして見たのは、寮の自分の部屋ではなかった。真っ白なシーツのベッドと薬の匂いから、ここは騎士団の医務室だろうと考える。
「あの時、アフツァーさん、気を失っちゃったから、最初は学園の保健室にいたんだけど。一日経っても目を覚まさなかったから騎士団に……」
「ちょっと待って! 一日? 私、丸一日も寝てたの?」
「丸一日、というか、今日で三日目よ」
…………。……三日!?
え、三日って、三日間も私は眠り続けていたの?
「おはよう、アイラルちゃん。気分は悪くない?」
と、そこへ。ドアを開けて、アシュさんが入ってきた。
グラスに入った水を渡してくれたので、一口だけ飲む。冷たい水が喉を通って落ちていく感覚。美味しい。
「アシュさん、私三日も寝てたんですか」
「うん、でもその割りには元気そうだね。あ、水欲しかったらまたとって来るから、遠慮しないで」
そうなのだ。三日寝ていたにしては身体が軽いし、起き上がっていても辛くない。寧ろ、ぐっすり寝て元気いっぱい、といった感じだ。
けれど念のため、今日はこのままベッドに居るように、と言ってアシュさんは執務室に帰っていった。
ベッドに横になった私の隣で、シトロンちゃんが、あの時闘技場で起こった不思議な出来事を話してくれた。
「アフツァーさんと一緒にグリフォンに襲われた時、緑色の光で一瞬周りが見えなくなったの。私は眩しくて目を閉じて……目を開けたら、アフツァーさんが倒れていたのよ」
シトロンちゃんを抱きしめていたはずの私だけが、いつの間にか倒れていたのだという。
「それから、グリフォンが消えたの。緑の光で目を閉じた一瞬で、あのグリフォンが消えていたのよ。誰も消えたところを見ていないと言っているわ」
シトロンちゃんは興奮気味に語っているが、私には心当たりがあった。というか心当たりしかなかった。
緑の光は、自覚はないけど私が作ったという契約の檻。グリフォンが消えたのは私と契約して、あの空間に残ったからだ。
だけど、光で周りが見えなくなったのは一瞬? 私はそこそこの時間、あそこにいたはずだ。
グリフォンなら何か知っているだろうか。
「あ、あれ? シトロンちゃん、私の羊は?」
「羊?」
「石の羊。私がいつも持ってる」
首に下げていた石の羊がなくなっている。ミナ先輩のペンダントはあるのに!
「ああ、これね。紐が切れちゃったみたいなの」
シトロンちゃんが取り出した石の羊は、確かにお母さんに付けてもらった革紐が切れてしまっていた。
うあー、ショック。やっぱり試合に付けて出るべきじゃなかったかな。
今度のお休みにでも、街に同じような紐を買いに行ってみようか。
「ん……?」
石の羊を手のひらに乗せた時、違和感を覚えた。
「シトロンちゃん、これ本当に私の羊?」
「え? 倒れたアフツァーさんの近くに落ちていたのよ?」
「でもこれ……」
シトロンちゃんにも羊を見せる。シトロンちゃんは首を傾げていたが、しばらくして違和感の正体に気づいたようだ。
緑色だったはずの羊の目が、鉄色に変わっていた。
「もしかして……」
緑の世界で契約を交わしたグリフォンを思い出す。あいつの目は鉄色をしていた。そしてあいつは、空間を繋ぐ媒体は首飾りでいいな、的なことを言っていた。
「スズ……なんとか。この中にいるの?」
『スズテカトル・グライフ・ノヴィ・ヴルーヘルだ』
すぐさま返事がした。そうそう、スズテカ……なんだっけ。
「誰と話してるの?」
「え、シトロンちゃんには聞こえないんだ?」
動物と会話する魔法と同じで、グリフォンの声は私にしか聞こえていないらしい。
ますますわけが分からなくなる。私は魔法を使っていないのにグリフォンと会話できている。
……考えても分からないや。グリフォンから聞き出せばいいか。私より今の状況を理解してそうだし。
それと、この鼓膜がビリビリする声、どうにかならないのかな。せめてもう少し音量を落とすとか。
「えーと、話すと長くなるんだけどね?」
あの瞬間、私が異空間を作ってグリフォンを閉じ込めたこと。
そしてグリフォンと契約をしたこと。
石の羊は空間を繋ぐための媒体になったのだということ。
少ない語彙を総動員して、今に至る経緯を説明したのだが。
「それでその羊の中からグリフォンの声が聞こえるのね」
結果、シトロンちゃんの理解力の素晴らしさを再認識した、とだけ言っておこう。
「ジェイさんやアシュさんに、このこと話したほうがいいよねぇ?」
「そうね。グリフォンが消えた理由がわからなくて、団長さんも兄さんも騎士団と学園を行ったり来たりして、忙しそうなの」
夜もずっと太い本を読んでいたし…と、シトロンちゃんの顔は心配そうだ。嫌っていても、お兄さんだもんね。
早くスズなんとかのことを話そう。
「スズ……もいいよね。騎士団の人達にスズ……のこと話して」
『構わんが、貴様、そろそろ我の名を覚えろ』
「……スズ」
「縮めるな」
えへ。でも、そう呼び出す機会もないだろうし、その時名前が呼べればそれでいいじゃん。毎回あの長い名前を呼ぶのは面倒だし。うん。
まだブツブツ言っているスズ入りの羊を握り締めてベッドを下りる。思い立ったが吉日だ。アシュさんに報告に行こう。
シトロンちゃんはこれから学園に戻らないといけないから、ついて来られないと言った。なんでも、私が眠っていた三日間、シトロンちゃんは学園を休んで、ずっと側にいてくれたらしい。
「じゃあね、アフツァーさん」
「うん。また学園でね、シトロンちゃん」
手を振って別れてから、ほぅ、と息をはいた。心配かけたんだなぁ。
お姉ちゃんとお兄ちゃんも、きっと心配してる。アイラルは元気だよ、と早く教えてあげたい。
「さ、行こう」




