こんなことになるって、誰が想像できた?
シトロンちゃんを抱えた私は、襲い来るであろう衝撃にギュッと目を瞑る。
ごめんね、お父さん、お母さん。卒業して農場に帰るって約束したのに。
お姉ちゃん、お兄ちゃん。こんなことになっちゃってごめん。
でもシトロンちゃんは私の大事な友達なんだよ。前世では得られなかった、同級生で女の子の友達なんだ。こんなことをしてまで守りたい友達に出会えたんだよ。
「アイ!」
お姉ちゃんとお兄ちゃんの声。
「ね、ちゃん……にぃ、ちゃん……っ」
だけど、やっぱり、死にたくない。
光が、弾けた。
いつまでもやって来ない衝撃を不思議に思って、恐る恐る目を開けた。
一面、緑の光。
キラキラ輝く緑色の光に包まれていた。いや、私の身体が輝いているのか。髪の毛の一本一本までもが光の粉を発している。
「……シトロンちゃん?」
抱きしめていたはずのシトロンちゃんがいない。
周りを見る。やっぱりいない。
私だけ、死んだとか……?
ここは天国で、シトロンちゃんは助かったのだろうか。
もしそうなら……よかった。私、無駄死にはしてない。
『余計なことをしてくれたな、人間の子よ』
「っ!?」
鼓膜がビリビリ震えるような声が緑の世界に響いた。シトロンちゃん……の声じゃない。誰だ、姿が見えない。
もしかして神様ですか。一度目に死んだ時は、下っ端の小鳥しか来てくれませんでしたが、今回は神様直々にお迎えに来てくださったのでしょうか。
『何とか応えろ。喰い殺されたいのか』
喰い……!?
「はっ、はい! なんでしょうっ!」
死んでさらに殺されるとか勘弁してください。それに喰い殺すなんて、この世界の神様、なんてバイオレンス。
『……まあよい。そろそろこの光を鎮めよ。眩しくて敵わぬ』
「え。鎮めよ、と申されましても……」
『早くしろ』
「う、あ、はい……」
この光、私が発生させてるの? 確かに身体が光ってるけど、意識してやってるわけじゃ……いや、なんとかしなければ喰い殺される……!
し、鎮まれ!
魔力のコントロールと同じ要領で光を押し込めようと意識する。
『ふん、早くそうすればよいものを』
「はぁっ、はあ……はぁ……」
するとなんとも呆気なく、緑色の光は収束したのだった。まだ相変わらず視界は緑一色だったけど。
でも、なんか、ものすごく疲れた。ぺしゃっと地面にへたり込む。体力を根こそぎ持っていかれたみたい。このまま横になりたい。今なら丸一日眠れる気がする。
『我を捕らえておいて、この程度で音を上げるか』
その眠気もすぐに覚めることになるのだが。
光が収まった緑の中に悠然と立つ、グリフォンと目が合ってしまったからだ。
もう一度言おう。グリフォンだ。グリフォンがいた。
「はああああ!?」
叫んでしまった私は正常だと思う。
無理も無いでしょう。先程まで闘技場で暴れていたグリフォンが目の前にいたのだから。
『五月蝿い、小娘』
「しかも、喋ってるし……」
聞こえていた声は、このグリフォンのものだった。言葉を発する度に、鷲の嘴がぐわっと開く。
何、ここは天国じゃないの? 私は死んだんじゃないの?
なんでグリフォンが一緒なのー!?
「そ、そうか、夢か。夢を見てるんだ」
グリフォンに襲われて奇跡的に命は助かったけど、衝撃で吹っ飛ばされて頭打ったとかだよ、きっと。
『夢であれば、我とて嬉しかったのだがな』
ヒクッと喉が鳴る。
『ここは小娘、貴様が作った異空間。貴様と契約を結ぶまで出られぬ、忌々しき檻よ』
グリフォンが喉の奥で唸った。私を睨み付ける鉄色の目が、赤い怒りの色を帯びる。
「け、いやく?」
『そのために我を閉じ込めたのだろう』
「いやいやいや! 契約なんてするつもりなかったし、そもそも私、異空間なんて作れないから!」
目の前にいるのがあの暴れていたグリフォンだということも忘れて、必死に弁解した。いやぁ、人間、パニックになると恐怖もどこかへ吹き飛ぶものですね。
するとグリフォンは翼をたたむと、緑の地面に伏せた。長い溜め息の音が聞こえる。
『無意識に異空間を作ったと? 手違いだったと言うのか? ……だが契約を結ばぬ限り、我も貴様も出られぬ』
赤みを帯びていた目は、もとの鉄色に戻っていた。
「……契約って、どういったものなんですか?」
襲ってくるつもりはなさそうなので、質問をする。
組んだ前脚の上に顎を乗せているグリフォンが不貞ているように見えて、怖さが薄れてきていた。
『貴様が我の名を呼べば、その場へ駆け付けねばならぬ』
それは面倒くさい。さっきまでの怒り様がわかる気がする。
『そして常にこの空間に縛られる』
「うっ……」
無意識だったとは言え、私はかなり非情なことをしてしまったのではないか。こんな一面緑の空間に閉じ込められるなんて、私には耐えられない。気が狂いそうだ。
「ごめんなさい……」
素直に謝る。これは喰い殺されても仕方がない。喰い殺されたくはないけど。喰い殺されてもおかしくないことを、私はした。
『己の非を認めることが出来る、か。そういう人間は嫌いではないぞ』
ゴロゴロと雷のような音。それがグリフォンが笑っている音だと気付くのに、少し時間がかかった。
なんだろう。このグリフォン、短期間で機嫌がころころ変わり過ぎじゃないか。さっきまで喰い殺すとか言ってたんだけどな。
『それにあの場所は好かぬ。怒りに任せて暴れてみたところで、やはり出られなかったしな。鉄の檻と契約の檻、どちらにしろ檻の中なら、我はこちらを選ぶ』
あの場所? 怒り? 鉄の檻? いろいろ疑問が残ったが、それより、それはつまり私と契約を結ぼうということ?
『空間を繋ぐ媒体は……その妙な首飾りでよいな。小娘、貴様の名は?』
「……アイラル・アフツァー」
気は進まないけれど、ここから出られないのなら仕方がない。なんだかよくわからないけど、グリフォンももう暴れる気はないようだし。
結ぼう、契約。
グリフォンが立ち上がり、大きな翼をゆっくりと広げた。
『我が名は、スズテカトル・グライフ・ノヴィ・ヴルーヘル。我の力が必要な時には呼ぶがよい』
「え、いや、ちょっと待っ……! スズ……なんだって!?」
光の世界が内側から割れた。
スズテカトル・グライフ・ノヴィ・ヴルーヘルです。男の子です。




