私、無事でいられるのでしょうか
「ええ!? お姉ちゃんがシトロンちゃんのペア!?」
「うん!」
アイラルです。びっくりです。驚愕です。
「でも、カオン君がお姉ちゃんと組むって……」
てっきり私はそれで決まったのかと……。
いよいよ闘技大会の開幕は明日に迫って来た。今日の学園は各自明日に向けて最終調整、というわけでお休み。
のんびりできる今日はお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に朝ご飯です。
学園に入ってから、忙しくてなかなか三人で集まれることがなかったからね。久しぶりの、両手にもふもふだよー。
「カオンは僕と出るって。カオンがリスルを誘ってるところにたまたまシトロンって子が来て、なんかそういう話になったみたい」
パンを頬張りながら、お兄ちゃんが言う。僕はどっちでもいい、だって。
私は良くないよー!
だってお姉ちゃんとシトロンちゃんのペアだよ? そんなのと闘ったら命がいくつあっても足りないよ!
お姉ちゃんは抜群の運動神経を発揮して、獣人闘技学部ではトップを争う成績なんだそうな。それでシトロンちゃんには、あの鷲の魔法があるんだよ? ものすごく恐ろしいペアな気がするのは私だけなの?
「アイはルーグと出るんでしょー? あたし負けないよ!」
「う、うん……。あっ、でも! まだ対戦表の張り出しされてないし! お姉ちゃんと闘うとは限らないし……」
だけど、神様は時に残酷なようで。
「寮のホールに張り出ししてあったよ。アイとリスル、一回戦で当たってた。よかったね」
なんでだぁ! そんな奇跡は今求めていません!
あの鷲に対抗する術なんて、私持ってないよー。
「だけどアイには有利な形式だったろ」
「形式?」
形式とは、一体なんのことでしょう。
あ、お兄ちゃん、ため息つくな。ちょっと説明中寝てただけだよ。
「闘技大会には三つの形式があって、ランダムにどの形式になるか決まる。一つは、先生の魔法で闘技場の形を変える形式。二つ目は天候を変えられる。最後がアイが出る形式で、邪魔者として闘技場に魔獣が放たれる」
ぽかーん、である。
そんな大掛かりなことを行うとは、さすが王都の学園。天候を変えられるなんて、まさにファンタジーの世界だ。
「えーっ! それじゃあアイが有利! 魔法で魔獣と仲良くなれるもん!」
「だから僕、そう言ってるよ?」
お姉ちゃんは反則だーと机に伸びる。
いや、でも、そう言われますけどね。
「私は魔法がばれちゃだめだから使えないよ」
だから私もお姉ちゃんと同じ条件。むしろ唯一得意な魔法を禁止されて、どうしよう、だよ。
魔獣が放たれる、ってことは、その魔獣を避けながらの闘いになるってわけだよね。
……私、大丈夫なのかなぁ? 今の私は、確実にルーグ君のお荷物になると思うのです。
「アイラル。ここにいた」
「あ、ルーグ君。ごめん、もうすぐ食べ終わるよ」
背後にルーグ君登場。
ゆっくり食べている場合じゃなかった。これからルーグ君と最後の練習をするんだった。
残っていたパンとジャムを一気に詰め込んで席を立った。お姉ちゃん、お兄ちゃん、お先に失礼します!
「俺たちの試合、昼からだったな」
練習場所を探して歩きながらルーグ君が言った。どこも既に練習で使われていて、空いている場所を探すのはなかなかに大変だ。
「それならどんな魔獣が出てくるのか、午前の試合で見れるね」
「去年のは風竜だったな。試合の相手に気を取られてたら急に上から襲ってきて、あれは結構怖かった」
「風、竜?」
ドラゴンのことだと、思っていいのでしょうか?
「ドラゴンなんているの!?」
ルーグ君は軽い口調で答える。
「いるぞ。ネーテリアの周りにはいないけど、八方都市のほうにはうじゃうじゃいる。……って常識だろ?」
私の中では常識じゃなかったんですよー!
もしかしてイベールの近くにもいたんでしょうか……ドラゴン。農場の向こうの森にはうじゃうじゃいたんでしょうか……ドラゴン。
サァ……と血の気が引く。
「アイラル……お前、どんなドラゴン想像してる?」
「え? ドラゴンって言ったら、空飛んで、火を吐いて、人を踏み潰しちゃうくらい大きくて」
「ぶっ」
ルーグ君が吹き出す。
な、何? 私、何かおかしいこと言った? だってそうでしょ。ドラゴンと言われて大抵の人が想像する姿は、今私が言った姿のはずだ。
「いつの時代のドラゴンだよ。人を踏み潰すなんて……ぶはっ! そんなのがうじゃうじゃいたら……っ」
そんなに笑わなくてもいいじゃんー。自然と顔に熱が集まる。
「昔はそんなのもいたらしいけど、今のドラゴンは騎士団の馬と同じくらいだぞ。お、あそこ空いてる」
やっと笑いがおさまったルーグ君が中庭の隅を指差す。日陰でちょっと寒そうだけど、この際どこでもいいや。
場所は確保できたが、私は練習よりもドラゴンの話のほうが気になる。
「でもドラゴンって危険な生き物なんでしょ?」
「リウっていう黒いドラゴンは危険だけど、他のドラゴンは人を襲ったりはしないらしいぞ」
頭がよくて人が魔法を使うのを知ってるから、闇雲に攻撃したりはしないんだって。闘技大会では邪魔者になってもらわないといけないから、怒らせて攻撃的にするらしいけど。
明日の魔獣は大人しい魔獣だったらいいなぁ。
「……よし! 練習始めるぞ!」
「うん!」
ルーグ君が得意とするのは、こっちの世界では“棒刀”というようだが、日本の薙刀のような武器だ。長い柄の先に反った刃が付いていて、ルーグ君はこれを軽々と振り回す。
私がいた世界では、七歳の子供に薙刀なんて持たせたらモンスターなペアレントさん達が押しかけて来そうですけど……ここでは何も言われないんですね。
「ルーグ君行くよー」
私が放った風をルーグ君が斬る。これが私達の練習だ。
本当はルーグ君対私で模擬戦をしたいところ。でも私じゃルーグ君の相手にならないからね。
風の魔法は意識しない限り無色で、目には見えない。私も目を見えない風を放ったのだけど、ルーグ君は見事、三つのうちの二つを真っ二つに斬った。
風じゃなくて風に巻き込まれた土や芝生を見るんだ、とルーグ君は言った。でもそれ、相当動体視力が良くないと無理だよ?
「アイー、避けてー」
お姉ちゃん?と後ろから聞こえてきた声に振り返——る途中で風の鷲が目の前を通り過ぎていった。逃げ遅れた金髪の先が犠牲になる。
「し、しししし、シトロンちゃん……っ!?」
「力加減を間違えたわ、ごめんなさい」
もし当たってたら、闘技大会に出る前に重傷だったからね!?
けれど周囲を見回してみると、こういうことはかなりの頻度で起こっているようだ。中庭の中央あたりでは高校生くらいの先輩が、怒鳴りながら魔法のぶつけ合いをしている。そしてその流れ弾が他のペアの練習を邪魔して状況はさらに悪化。炎と雷がぶつかり合うその下では、熊と鹿の獣人が互いに鋭い蹴りを繰り出す。
「すごー……」
「アイラル、アイラル。ここにいたら巻き込まれるから違うところ行くぞ」
圧倒的ファンタジーに夢中になっていた私の腕をルーグ君が引く。
あー、もうちょっと見てたいのにー。
ありがとうございました。




